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高槻市樫田地区の愛宕灯籠

基本的に高槻駅前くらいしか知らない高槻経験者にとっては原という地域ですらその存在が驚愕でしたが、さらにその奥地がありました。
田能(たのう)・中畑・二料(にりょう)・出灰(いずりは)・杉生(すぎお)の5つの集落で構成される樫田(かしだ)地区です。

昔は亀岡だったようです。さもありなんと思う一方で、亀岡と言われても亀岡でもないような、もうどこでもなく樫田でしかない、そういう場所なのでしょう。


原(高槻)から行く場合、左右を採石場に囲まれて白んだ悲壮感の溢れるグネグネ道を蛇行に蛇行を重ねて行くことになるので、本当にもう、この世の果てに入っていくような不穏な胸騒ぎすら起こります(←初めてだったし)。

その割に、たどり着いた田能の集落は、高槻市のHPが言うような「今もなお清らかな水と空気の中で美味しい野菜や米、椎茸などが栽培され、四季の彩が美しいところ」を思わせる、穏やかな場所でした。
正直、不思議に魅力的です。住んでるわけじゃないし。

亀岡からのルートは過日の台風の影響で通行止めらしく、冬を越えて春になったら、いずれ一度挑戦してみたいです。

5つのうち、杉生を除く4集落を調べてきました。杉生は時間が足りなかった。無念。
で、2基発見。すごい発見、我ながら。田能と二料です。

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336_高槻市田能

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337_高槻市二料



中畑は妙音寺という寺の境内にそれっぽいのがあったのですが「愛宕」の文字はなく、話を聞こうにも人もいませんでした。
出灰にいたっては、これは一体全体集落と呼べるものなのかすら覚束ないまま、運転に気を取られている内に抜けてしまった感があります(驚いたことに、クロネコの普通のトラックが走ってました。プロです)。

あと、確証のないのが一つと、いかにも番犬らしい番犬に吠えたてられて近づけなかったのが一つ。
春になったらまた行きたい。晩秋の夢のようなひと時でした。

なお、中畑のさらに東側はいきなり京都市西京区で、その先は小塩山や金蔵寺を越えて向日市につながっているようです。
灯籠が中畑や出灰という比較的東側にはなく、西側の田能と二料にあることを考えると、樫田地区の愛宕灯籠たちは、この地点からさらに東方へ広がることはなかったのだと思われます。

さらに、昔は地区自体が亀岡領内だったことを踏まえると、亀岡発の大阪・高槻行きの途上でもないのかもしれず、というか、いったんそう考えるとむしろその方が自然に思えてきます(亀岡の南の果て)。

いやしかし、そうなると原に愛宕分社があるのが謎ですね。んー。どうなんでしょう。
昔は今の車道よりも合理的な山道(人道)があったのだろうか。ロマンです。

いずれにしても、杉生は調べないわけにいきません。うん。




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by fdvegi | 2017-12-23 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

高槻の愛宕灯籠、追加

高槻のええとこを紹介するブログで紹介されていた愛宕神社の分社を見に行ってきました。


原というところ。市街地から出発して延々北上します。
えらい山の上まで住宅街があるな、と思っていたら、いきなり田園風景が広がるという異次元感でした。
東西(左右)を山に挟まれ、中央に芥川という川が流れ、川を中心に結構広い平地が田畑になり、左右の山肌に沿うようにギュッと人家があるという、巨大なハーフパイプのような里です。
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335_高槻市原

東側の集落にありました。愛宕神社にある灯籠なので愛宕灯籠ということでギリギリセーフでしょう。
小さな集落全体といっていいのだろうか、その辺りが島本町の追加で言及した本山寺や神峰山寺(かぶさんじ)への西側の登山口になっていて、田舎らしいとろけるような眺めでありながら、内側に入ると何とも言えない妙な張り詰め感のようなものを感じます。

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370_高槻市原

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334_高槻市原


上述のええとこブログのコメントで言及されていた、もう一つの愛宕分社を求めて西側の集落にも行ってきました。370_です。
これだとは思いますが、いかんせん確証はありません。柵で囲われているのです。
柵の隙間から覗くことはできましたが、さすがに色々控えておきました。

片方があれだけオープンなのに対して、こちらはクローズド。東西の集落ごとの性格を反映しているのでしょうか。それとも他に理由があるのでしょうか。気になります。

そして、334_は疑いようもなく愛宕灯籠です。西側。
「愛宕山御寶前」という見たことのない銘が刻まれていました。
おそらく移設だとは思うのですが、風吹き抜ける田畑と緑雄々しい神峰山を見渡す眼前の眺めには、なるほど、これこそ宝、とうなるにふさわしい爽快感がありました。


さらに、当ブログで情報提供を受けた真上(まかみ)のもう一つ。
市街地にありました。ネットサーフィンをし倒していたら紹介しているブログもありました(名前がよくわからない)。皆さん色々よくご存知ですね。
市街地中心部のほんのごく周縁部分に、前近代です、みたいな風景がポツンと残っていること自体が驚愕でした。バリバリの住宅街に包囲されています。

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338_高槻市真上


ただし、「愛宕」の文字はありません。
情報提供と上述のブログにもある通り、過去にあった愛宕社の奉灯だったのかもしれませんが、わかりません。
いずれにしても、突然ポツンと石灯籠が残っている脈絡不明さが心地よく、引き続き末永く、その文脈不明感で静かな住宅街に謎めく深みを与えてもらいたいと思います。




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by fdvegi | 2017-12-21 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

高槻市・島本町の愛宕灯籠

京都を脱して大阪へやってきました。高槻市です。
大阪にまであるのか!という驚きが走る一方で、すぐ隣は京都だし、山の向こうは亀岡ですので、言われてみればさもありなん、なのかもしれません。


面白いのは島本町で、島本町自体のことはよくわからないのですが、その愛宕灯籠の位置です。
淀川の堤防のすぐ下にあります。

高槻や島本や山崎で「歴史」というキーワードを使えば、間髪入れずに「西国街道(山崎街道)」が返ってくるのが相場です。
しかし、意外や、近辺の西国街道上には愛宕灯籠は見つかっていません。

一方で、淀川沿いにはある。しかも「高浜砲台跡」といって、江戸時代の末期に、徳川幕府が大坂湾から京都に侵入する外国船に備えて淀川の左岸と右岸に砲台を設けたとされる、ごく近くの場所にある。

砲台と灯籠には直接の関係はないでしょうけど、とにかく江戸の歴史色濃い場所が島本町にあり、その島本町に愛宕灯籠が見つかったわけです。
このことは一つの重要な気付きをもたらしてくれました。歴史は道だけじゃない、川もだ。

思い返してみれば、大河ドラマでも坂本龍馬はよく船で京都伏見から大阪難波へ行っていました(帰路はどうしたんでしょう。下流から上流への船便もあったんでしょうか)。いわば川の西国街道あったのです。

ちなみに、奈良平城京の都も、その材木は琵琶湖岸の森林で切られて、木津川と大和川を通って奈良に運ばれました。奈良の近くの山から陸上を運ぶより楽だったからです。
水を侮ってはいけません。

そういうわけで、地図の右端、島本町の灯籠は京都都市部からの流れだろうと思っています。
一方、高槻の灯籠たちはというと、これも左寄りと真ん中とで別の流れを汲んでいるんじゃないかと想像しています。

地図の真ん中に並んでいるのは、上2つが成合というところと下2つが安満というところで、成合は長岡京市の山の上にある柳谷観音という神仏習合のお寺への巡礼途上です。この柳谷観音は昔大人気だったようで、今も、明治大正期の講の看板が無数に掲げられています。
もちろん柳谷観音は柳谷観音であって愛宕神社ではないですが、高槻から見れば北の山の上の寺社仏閣ということで、もう一つ先にある愛宕神社に見立てていたんではないか、つまり、気持ち的に愛宕神社の目の前の遥拝所として機能していたのではないかというのが、現代の邪推です。

安満に至っては、愛宕神社と称する小さな祠すらあります。
つまり、はるか遠いの山の上に愛宕神社があってそれはさすがに遠い。
では、ということで手が届くレベルの山の上に仮想の愛宕を設置。
さらに、日々の生活圏には我らの愛宕を設置。
そういう発想。

で、地図の左側は浦堂というところですが、地図を見るとわかるように、成合から北に続く道(真ん中)と、浦堂から北への道(左側)とは、まったく別ものなのです。地図の欄外で合流もしていません。
成合の道は柳谷観音を経て長岡京市へ行き、浦堂の道はかなり突き進んだ末に亀岡にたどり着きます。

(ちなみに、島本町から北へ続いて見切れている道(右側)も、浄土谷というところを経て、成合からの道に合流して長岡京市にたどり着きます。浄土谷にも一つ愛宕灯籠はあるので、そういう意味で、島本町の灯籠は京都市街から川経由ではなく、長岡・浄土谷の流れを汲んでいる可能性もあります。もう何でもありみたいな感じですが)

つまり、浦堂にある灯籠は、市内に203基を誇る亀岡の直系ということになるのではないかと。


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245_三島郡島本町高浜

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248_高槻市成合東の町

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249_高槻市成合中の町

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246_高槻市安満北の町

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247_高槻市安満中の町

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253_高槻市浦堂本町

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252_高槻市真上町

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251_高槻市殿町

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250_高槻市大手町


251_は、西国街道の芥川宿の出入り口です。なので、亀岡直径とはまた別の流れを汲んでいると思われます。

250_は、キリシタン大名高山右近が有名な高槻城のものすごい城下です。大手町というくらいだし。

色んな流派が流れ込んで混然一体の愛宕灯籠絵巻を成す町、高槻。
侮れない。ものすごい面白い。




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by fdvegi | 2017-10-15 00:30 | 京都在住 | Comments(3)