タグ:愛宕灯籠 ( 98 ) タグの人気記事

上賀茂でも愛宕灯籠を追加

当初ないないと思っていた上賀茂
ここぞという場所でやっと見つかったのは、当然というか、上賀茂神社の北側でした。
鞍馬市原辺りの流れを汲む場所でした。
が、なんと上賀茂神社の南でも出てきました。
正直びっくり。

ひとつは竹鼻地蔵尊というお地蔵さんおお堂の中に立っておりました。
お地蔵さんということで、これもやはりインスタグラムで京都市内の地蔵マスターに教えてもらいました。
京都市内はほんと、その人にお任せしたほうが効率的なんではないだろうか。

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625_北区上賀茂蝉ケ垣内町


もう一つは、竹鼻地蔵尊から少し北。
うわ。
こんな大々的にあったんですか!という感じ。
上賀茂神社のご威光の濃い一帯、いわゆる社家界隈では存在しえないような気がしていました。

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624_北区上賀茂向梅町


ところがどっこい、寄進者として刻んである名前は、下鴨神社の宮司さんと同じ苗字なのです。
どういう関係があるかはもちろん知りませんが、下鴨と上賀茂の関係で、かつ上賀茂の社家界隈ですからね、やっぱり関係者でいらっしゃるのではないでしょうか。
賀茂社と愛宕、この深淵なる、大物たちの交友図。

それともただの下衆の勘繰りか。




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by fdvegi | 2018-08-08 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

太秦の愛宕灯籠、さらに追加

太古の昔、それこそ松室の月読神社辺りが繁栄していたころでしょうか、秦氏が本拠地としていたらしい太秦
いや、太秦が繁栄するより前に、むしろ月読神社があったのでしょうか。
よくわかりません、本当に。

とにかくそんな太秦に愛宕灯籠を再発見。
これまたインスタグラムのお地蔵さんハンターに教えていただきました。
線路沿いの123_は見つけてあって、ちょうどの通りの南側にあります。
最初からもう少し探しておけばよかったんですが、まぁいいや。

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620_右京区海正寺町


車僧影堂という、市内屈指の謎めきポイントの入り口辺りに立っています。
この写真の左手奥に進むと車僧影堂というのが出てきます。
四文字熟語のように見えますが、正しくは「車僧(くるまそう)」と「影堂(えいどう)」の二語で構成されています。
車僧というお坊さんの像(人形)をお祀りするお堂、ということです。

太秦も謎ですが、この車僧さんも並々ならぬ謎のようで、実在はされたようです。鎌倉時代。
車僧というのはニックネームで、本名は深山正虎(しんざん・しょうこ)、九州生まれだそうです。

福岡の箱崎で師匠の下で修業した後、どういうわけか(師匠が東福寺の10世になったのについてきた?)京都の嵯峨野へやって来て、海正寺というのを建て、いつも壊れた車に乗っていたそうな。
だからニックネームが「車僧」。
しかも、当時700年前の話ばっかりするから「七百歳」というニックネームもあるそうな。はぁ?
いや、もうかなり意味不明です。

そして恐ろしいことに、「車僧」という題の能があるというのです。
車僧さんが嵯峨野の地で天狗を相手に神通力決戦を行い、打ち勝ってしまうという話。
その相手の天狗が、なななんと、太郎坊、そう、愛宕の大天狗なわけです。

ええー。うわぁ。
なんてこった。
愛宕だ。
こんなにも直接に愛宕と嵯峨野(太秦含む)が共演するなんて!

なんかもう登場人物(エピソード)が多すぎてようようまとめきれませんが、その物的証拠(?)が620_愛宕灯籠というわけです。
これはもう一見の価値しかありません。




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by fdvegi | 2018-08-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

西京極の愛宕灯籠、また追加です

旧山陰通は愛宕スポットということで断続的に愛宕灯籠を見つけてまいりましたが、またあった。
集積地、西京極
これまたインスタグラムの知り合いに教えていただきました。

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622_右京区西京極東町


これは古いですね。
お隣の家の人に尋ねてみたんですが、よくご存じありませんでした。
とにかく昔からあると。

しかしこうして見てみると、最初から当たり前だったのかもしれませんが、京都市内南寄りで紹介した307_も旧山陰通というカテゴリーになるのですね。
綱敷行衛天満宮をはじめとして、確かに味わい深い一帯なので、もうちょっと出てきてもいいような気がします。




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by fdvegi | 2018-07-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

松室の愛宕灯籠

有名な嵐山ではない。
松尾大社は聞いたことはあるけど松尾っていう場所にはイメージが湧かない。
その松尾ですらなく、と松尾の間の地。
それが松室。

月読神社という、かなり歴史が深そうな神社の近くに石灯籠が立っていて、それはけっこう早い段階で見つけていたのですが、当時は愛宕灯籠とは思えず放っておりました。

それから一年ほど経ち、インスタグラムで明確な愛宕灯籠を教えてもらったところ松尾の近くで、探しに行ってみたところ、それが621_でした。所在地松室。

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621_西京区松室北河原町

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623_西京区松室山添町


あれれ、なんか見覚えあるぞ、という形で昔の写真を探したのが623_。
同じ松室だし。
相変わらず愛宕の文字はないものの、一集落一対の法則といい、同じ形といい、やはり愛宕灯籠認定です。
お札箱設置またはお札を置いておくための溝、これってたぶん結構なヒントなんでしょうね。




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by fdvegi | 2018-07-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

京田辺市の愛宕灯籠

少し前にマツコの知らない世界で緑茶か抹茶の特集をしていて、その時のプレゼンターが、京田辺市のお茶屋さんでした。
彼曰く、京都でもっとも質の高いお茶を出すのが京田辺とのこと。へー。
それが本当かどうかは別として、京田辺も茶の里だったんですね。知らなかった。
20年くらい前に同志社大学ができて、受験して、遅刻して駅から長い坂道をダッシュして、落ちた、という印象しかありませんでした。

そんな京田辺市にも愛宕灯籠はあったのだ。
今のところ3基、JR片町線から西に1基、東に2基。

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387_京田辺市多々羅西平川原

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405_京田辺市草内宮ノ後

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482_京田辺市草内中垣内


東西をつなぐといえば西国街道や東海道に気を奪われますが、ここに微妙な茶の道ルートがあったことが、京田辺市観光協会の記述によっても察せられます。

河内・大和方面から普賢寺川沿いの道を経て、奈島宇治田原に出る主要な渡しであり、草内と対岸の十六を結んでいた。 また、府道・国道の性格をもっており、市内に最後まであった渡し。昭和39年4月に山城大橋ができたため、50余年の歴史を閉じた。

ということで、川の東の茶畑(和束、宇治田原)と、西の山の向こうの大阪河内(交野、四条畷)は、さりげなくつながっていたのですね。

茶といえば千利休ですが、千利休がいたのは堺であって、利休が立てた茶は、きっとこの茶の道ルート、ティー・ロードを通ったことでしょう(←それとも全部京下りだったんですかね?)。




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by fdvegi | 2018-07-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

宇治田原町の愛宕灯籠、大発見

宇治田原町自身が、広報誌で、町内に愛宕灯籠が2基あると書いていたと思っていたのですが、この度もう一度読んでみたら「記録されている」のが2基ということでした。

なるほど。

というわけで、記録されていない愛宕灯籠を3基発見。
新たに記録にしてもらえるだろうか。


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473_宇治田原町奥山田

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602_宇治田原町湯屋谷

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603_宇治田原町湯屋谷

603_は、ちなみに、向かいの家のおばさんに確認済です。

記録されていないのは何故なのか、なんてことも詮索すると、それはそれで面白いです、きっと。
知らずにいることは知らないからではなく、知らずにいるための努力を払い続けるという営みだ、という話もありますので。
いずれ別の機会で触れたいと思っております。




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by fdvegi | 2018-07-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

桂川沿い(東岸)に愛宕灯籠を追加

嵯峨野に区分しようかとも迷いましたが、桂川沿いにしました。
その方が、なんか、純度が高いような気がします。
というか、我ながらうまい分類をしたなと今になってしみじみと。

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446_右京区嵯峨高田町


さて、ここまで堂々と「この神社の名前です」風のものは例がないです。
というより、ここまで型にはまっていると、この神社が愛宕神社でないことの方が不思議なほどで、じゃあ何なんだと問えば、「三宮神社」なわけです。

ここで登場するのが、知る人ぞ知る不思議、京都市内の桂川周りに「三ノ宮神社」や「三宮神社」がやたらと多いという事実。

正確に数えていませんが(できませんが)、少なくともこれだけあって

 三ノ宮神社  西京区大枝中山町(大枝
 三ノ宮神社  西京区樫原杉原町(物集女
 三ノ宮神社  西京区桂徳大寺町(
 三宮神社   西京区川島玉頭町(
 三宮神社   西京区御陵鴫谷
 三宮神社   右京区嵯峨野高田町(今回)
 松尾三宮社  右京区西京極北浦町(西京極
 衣手神社(旧三宮神社) 右京区西京極東衣手町(桂川沿い
 三ノ宮神社  南区吉祥院三ノ宮町(吉祥院

この9か所中7か所で、ごくごく近隣に愛宕灯籠が発見されています。中には境内にある場合も。
残り2か所うち1か所もエリアとしては愛宕灯籠があります。
ということは、これはもう極めて大胆な仮説というか、もはや荒唐無稽な妄言だとは思うのですが、ずばり三宮神社愛宕説。
愛宕が桂川に乗って嵐山の奥の方から流れてきたんじゃなかろうか。南へ南へ広がっていきます。

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総じて、先日の和束町なんかの話もあって、愛宕の根っこって、思っているよりはるかに深くて広いんじゃないかって気が近頃しています。


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おまけ:西京区御陵鴫谷の三宮神社の境内の微妙な石灯籠





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by fdvegi | 2018-07-06 00:30 | 京都在住 | Comments(3)

高島市朽木の愛宕灯籠だろうか、これは

これも愛宕灯籠という確認はされていません。
ただ、わざわざ土地を割かれている感じがいかんともしがたく愛宕かな、と。
葛川は脱したものの、安曇川沿いは安曇川沿いだし。
いや、うん、我ながら無理はありますが。

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557_高島市朽木古川


車がビュンビュン走る沿道でして、誰にお尋ねすればよいやらわかりません。
誰か教えてください。




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by fdvegi | 2018-07-03 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

大津市葛川の愛宕灯籠かな、追加

葛川とはいえさすがにこれは違うかなー、とは思いますが、お札箱。一応。
集落の出口と入り口、二つしかないと言っていい外部との連絡口に立っています。
そして、558_の方は、このすぐ北というか、坂の上が地蔵院ですので、地蔵院の足もとにある感じです。
地蔵といえば、愛宕神社は勝軍地蔵ですので、縁があるよね、と。
それと、この中村町の少し南の坂下町には愛宕神社と書かれた祠もあります(ただし、そう明記された灯籠はない)。
なので、安曇川沿い(葛川地区)一般に愛宕信仰があるのかな、と。

というわけで、合わせ技で効果(←そんなのないけど)による掲載決定です。

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558_大津市葛川木戸口町

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559_大津市葛川木戸口町


ところで、559_の背後はシャガという花だと思います。
綾部市が群生地として有名になりましたが、杉林を間伐したところ、日当たりが良くなった場所で自生したシャガが年々増えたそう。
これに倣うと、管理不足・人手不足で結果的に木が減った林間にもシャガは増えるわけで、今後、日本中の山間部の谷あいがシャガに埋め尽くされやしないかと、ちょっと不吉な気持ちが走ります。閑話休題。


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おまけ:坂下町の愛宕祠






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by fdvegi | 2018-06-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

市原の愛宕灯籠、追加

市原の里にもまだありました。
前々から見つかってはいたのですが、さすがにこれは愛宕じゃないよね、と見切っていたのです。
何となく雰囲気が怖くて、電話から写真データごと削除していました。
インスタグラムを介して情報提供をしてもらったのをきっかけに再度撮りに行ってきました。

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585_左京区静市市原町


方々あちこちで色々な愛宕ものを見た結果、久々にこれを見ると完全なる愛宕でした。
そもそもすぐ近くの45_によく似ているし。
おまけに目の前を歩いていた年配のご婦人に、5月頭くらいにお札をかえてもらったばかりという話まで聞くことができました。
なんか、経験値上がったなー。




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by fdvegi | 2018-06-28 00:30 | 京都在住 | Comments(0)