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太秦の愛宕灯籠、さらに追加

太古の昔、それこそ松室の月読神社辺りが繁栄していたころでしょうか、秦氏が本拠地としていたらしい太秦
いや、太秦が繁栄するより前に、むしろ月読神社があったのでしょうか。
よくわかりません、本当に。

とにかくそんな太秦に愛宕灯籠を再発見。
これまたインスタグラムのお地蔵さんハンターに教えていただきました。
線路沿いの123_は見つけてあって、ちょうどの通りの南側にあります。
最初からもう少し探しておけばよかったんですが、まぁいいや。

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620_右京区海正寺町


車僧影堂という、市内屈指の謎めきポイントの入り口辺りに立っています。
この写真の左手奥に進むと車僧影堂というのが出てきます。
四文字熟語のように見えますが、正しくは「車僧(くるまそう)」と「影堂(えいどう)」の二語で構成されています。
車僧というお坊さんの像(人形)をお祀りするお堂、ということです。

太秦も謎ですが、この車僧さんも並々ならぬ謎のようで、実在はされたようです。鎌倉時代。
車僧というのはニックネームで、本名は深山正虎(しんざん・しょうこ)、九州生まれだそうです。

福岡の箱崎で師匠の下で修業した後、どういうわけか(師匠が東福寺の10世になったのについてきた?)京都の嵯峨野へやって来て、海正寺というのを建て、いつも壊れた車に乗っていたそうな。
だからニックネームが「車僧」。
しかも、当時700年前の話ばっかりするから「七百歳」というニックネームもあるそうな。はぁ?
いや、もうかなり意味不明です。

そして恐ろしいことに、「車僧」という題の能があるというのです。
車僧さんが嵯峨野の地で天狗を相手に神通力決戦を行い、打ち勝ってしまうという話。
その相手の天狗が、なななんと、太郎坊、そう、愛宕の大天狗なわけです。

ええー。うわぁ。
なんてこった。
愛宕だ。
こんなにも直接に愛宕と嵯峨野(太秦含む)が共演するなんて!

なんかもう登場人物(エピソード)が多すぎてようようまとめきれませんが、その物的証拠(?)が620_愛宕灯籠というわけです。
これはもう一見の価値しかありません。




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by fdvegi | 2018-08-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

西京極の愛宕灯籠、また追加です

旧山陰通は愛宕スポットということで断続的に愛宕灯籠を見つけてまいりましたが、またあった。
集積地、西京極
これまたインスタグラムの知り合いに教えていただきました。

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622_右京区西京極東町


これは古いですね。
お隣の家の人に尋ねてみたんですが、よくご存じありませんでした。
とにかく昔からあると。

しかしこうして見てみると、最初から当たり前だったのかもしれませんが、京都市内南寄りで紹介した307_も旧山陰通というカテゴリーになるのですね。
綱敷行衛天満宮をはじめとして、確かに味わい深い一帯なので、もうちょっと出てきてもいいような気がします。




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by fdvegi | 2018-07-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

桂川沿い(東岸)に愛宕灯籠を追加

嵯峨野に区分しようかとも迷いましたが、桂川沿いにしました。
その方が、なんか、純度が高いような気がします。
というか、我ながらうまい分類をしたなと今になってしみじみと。

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446_右京区嵯峨高田町


さて、ここまで堂々と「この神社の名前です」風のものは例がないです。
というより、ここまで型にはまっていると、この神社が愛宕神社でないことの方が不思議なほどで、じゃあ何なんだと問えば、「三宮神社」なわけです。

ここで登場するのが、知る人ぞ知る不思議、京都市内の桂川周りに「三ノ宮神社」や「三宮神社」がやたらと多いという事実。

正確に数えていませんが(できませんが)、少なくともこれだけあって

 三ノ宮神社  西京区大枝中山町(大枝
 三ノ宮神社  西京区樫原杉原町(物集女
 三ノ宮神社  西京区桂徳大寺町(
 三宮神社   西京区川島玉頭町(
 三宮神社   西京区御陵鴫谷
 三宮神社   右京区嵯峨野高田町(今回)
 松尾三宮社  右京区西京極北浦町(西京極
 衣手神社(旧三宮神社) 右京区西京極東衣手町(桂川沿い
 三ノ宮神社  南区吉祥院三ノ宮町(吉祥院

この9か所中7か所で、ごくごく近隣に愛宕灯籠が発見されています。中には境内にある場合も。
残り2か所うち1か所もエリアとしては愛宕灯籠があります。
ということは、これはもう極めて大胆な仮説というか、もはや荒唐無稽な妄言だとは思うのですが、ずばり三宮神社愛宕説。
愛宕が桂川に乗って嵐山の奥の方から流れてきたんじゃなかろうか。南へ南へ広がっていきます。

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総じて、先日の和束町なんかの話もあって、愛宕の根っこって、思っているよりはるかに深くて広いんじゃないかって気が近頃しています。


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おまけ:西京区御陵鴫谷の三宮神社の境内の微妙な石灯籠





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by fdvegi | 2018-07-06 00:30 | 京都在住 | Comments(3)

宕陰地区の愛宕灯籠

愛宕神社に最も近い愛宕灯籠ではないかと思います。356_。
この仕事(じゃないけど)をするまで知らなかったのですが、この辺りを宕陰(とういん)地区というのです。
まんま、愛宕山の陰ということで、過去には愛宕神社への参拝者の宿坊などもあったという。
素敵なサイトマップが用意されていますので、ぜひご覧ください。

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356_右京区嵯峨樒原宮ノ上町


実際行ってみても、なんかこう、圧倒されます。
その名も樒原(しきみがはら)ですからね、名前からして尋常でない印象を受けていました。
かっこいいです。
そして、灯籠じゃないけど見つかったのが357_。
本当に、これのミニチュアが欲しい。
家に置いておきたいし、チャームにして持ち歩きたいです。

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357_右京区嵯峨樒原高見町


樒原と一緒に宕陰を構成するのが隣接する腰畑(こしはた)です。
建物、石垣、屋根、いずれも隣接する異世界という感じでした。
そして、腰畑で見つかったのが355_です。
微妙なんですけどね、、とりあえずアップしましょう。
だって宕陰なんですよ。

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355_右京区嵯峨腰畑中ノ町


きっと覚えてないでしょうけど、天気のいい日に娘を連れていけたのが嬉しかったです。

四所神社で木陰の犬にびびり(散歩中の飼い犬です)、犬もびびって吠えられ、慌てふためいてド派手にこけ、湿った土でドロドロになったという極めて不幸な一幕ではありましたが、宕陰地区に行ったことがあるというのがいつか大きな財産になると、父はけっこう本気でそう思っています。





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by fdvegi | 2018-03-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

京都市内 街の近くの愛宕灯籠

京都市内に集中して見つかっている愛宕灯籠ですが、市内中心部には全く見つかっておらず、かなり大きな一帯が愛宕空白地帯となっています。
長らくその空白地帯の最西端となっているのが妙心寺道の中京区061_でした。
が、その妙心寺道のほぼ延長上で、やや東側に踏み込んでいるのが上京区の306_です。
玉房稲荷大明神という稲荷神社の中にその細い身をすっと隠すように佇んでいます。
お稲荷さんに愛宕灯籠は珍しい気がしますが、この玉房稲荷というところは五ノ社天満宮という天神さんの跡地だそうで、なるほど天神さん周りには間々見かけるような気がします。

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306_上京区近衛町


もう一つは西院駅のすぐ近く。
気持ち的にはこちらの方がなお町に近い気がします。
その名も西院坤町(さいいん ひつじさるちょう)。
ここは「街」という意識の元に踏み込むと天地がひっくり返るといっては大げさかもしれませんが、ちょっとした郊外よりも断然はるかに濃密な旧態感に覆い尽くされていて、思わずおののくほどでした。
そして、小さな通りの小さな角に鉄柵で保護され端然とたたずむ祠が一つ。
144_は左に大日如来、右に愛宕大権現の石灯籠を従えているのでした。

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144_右京区西院坤町


同じ町内にはまた別の祠があり、住吉大神宮と書かれた石灯籠が備わっていました。
もはやしびれるくらいに濃い。そんな坤町内。


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おまけ





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by fdvegi | 2018-02-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

右京区京北地域の愛宕灯籠

これまで基本的に愛宕山の東側で捜索をしてきました。
西側は亀岡市で、そこはすでに「私たちの身近にある石造物を訪ねて」でカバーされています。203基。

ぼくが主に亀岡以東で見つけたのが約300基で、つまり、愛宕山から南に向かって扇状地状に愛宕灯籠が分布し、分布地域が上(北)にも拡大している様子(ただし時系列は不明)が確かにわかってきたわけですが、今回、愛宕山から真北の地点にも灯籠が見つかりました。
旧京北町です。現在は右京区の京北地域。


旧京北町は2005年3月に京都市と合併しました。

その旧京北町も、もとは旧々北桑田郡内の5つの町村(旧々周山町←もともとは村、旧々細野村、旧々宇津村、旧々黒田村、旧々山国村、旧々弓削村)が合併してできた行政単位でした。

今回見つけた3基は、旧々北桑田郡の中の旧々周山町の2基と旧々弓削村の1基です。

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304_右京区京北周山町

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330_右京区京北周山町

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329_右京区京北伊崎町


何の気なしに旧京北町といいましたが、それが正しいのか、それとも旧々北桑田郡というべきなのか、とにかくこの地域は全域が基本的に山林です。それも広大な山林。

どう広大かというと、京北といえば、神護寺や高山寺で有名な高雄(すごい左上)のさらに奥なのですが、イメージ的に高雄の反対側にあるのが三千院で有名な大原(すごい右上)で、大原のさらに奥に行ったところに花脊というところがあります。
この京北(右京区)と花脊(左京区)が道でつながっているのです。つまり、山林で隣り合っているわけです。

わかるでしょうか。ミッキーマウスの、向かって左側の耳が【高雄・愛宕山】で、右側の耳が【大原・比叡山】です。

ミッキーマウスの両耳が隣り合うことはあり得ないし、片耳から片耳へ行くには、ミッキーの額や眉毛や、さらには目といった人物の主要部分を経なくてはいけないはずなのに、実は耳は外延部を取り込んで一体化し、ちゃっかりと耳と耳とで隣り合っていた、という話です。
何だかちょっと哲学的な響きになってきましたね。

とにかく、わずかに3基とはいえ、愛宕山の北側それも真北にも灯籠はありました。
右京と左京にまたがる広大な山林の中にはきっとまだまだあるのでしょう。うまく見つけられる気はしませんが。

これまで「扇状地的な広がりとその拡大」を想定してきましたが、視野を最初から「放射線状の広がり」に広げる必要があるようです。

ミッションは果て知らず。




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by fdvegi | 2017-12-11 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

嵯峨の愛宕灯籠も追加

既にたくさんある嵯峨ですが、まだありました。堂々たる一基を見落としてました。
森嘉という有名な豆腐屋さんの隣です。


朝一で写真を撮りに行き、ついでに豆腐を買って帰って朝ごはんにしようとしたら、意外とまだ開いてませんでした。嵯峨野の朝は静かです。
ぼくは厚揚げが好きです。


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314_右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町

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315_右京区嵯峨釈迦堂門前南中院町


315_は愛宕の文字が見当たりませんが、愛宕神社の御旅所のすぐ隣なので一応。




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by fdvegi | 2017-11-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

太秦の愛宕灯籠、追加

ここが本当に太秦なのか、実はかなり微妙なのですが。


福王子という、いかにも福々しい名前の神社に一基見つかりました。
朗らかなお名前に反して、ここの交差点が渋滞で有名というか、信号により絶対に自然渋滞する宿命の五叉路なのですが、その信号を待っていたら目の前にありました。

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305_右京区鳴滝本町

それと、嵯峨とは分離して別建てにしました。
嵯峨と太秦の土地としての連続性(の予兆・雰囲気)は無視できないのですが、かといってしっかりと見出すこともできず、ちょっとやきもきします。
誰か教えてください。




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by fdvegi | 2017-11-29 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

西京極の愛宕灯籠、追加しました

西京極といえば旧山陰街道、という前提で紹介しておりましたが、その山陰街道と七条通りがぶつかる地点に残っていました。一基。
ちゃんと探せよと、自分で自分に毒づきたくなります。


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308_右京区西京極西川町


それにしても、この周辺は道がとにかくニュアンス含みといいますか、十字に造成された道路の間を、細道が常に斜めに、かつ途中でガクッと曲がったりしながら走っています。
逆に言うと、網目状の交通網を作るために、元あった道たちを無視・蹂躙しまくったということなのでしょう。
その一筋一筋を丁寧にたどってみたいです。




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by fdvegi | 2017-11-28 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

桂川沿い(東岸)の愛宕灯籠

四条通と五条通(国道9号)に挟まれた、嵯峨・太秦と西京極の中間地帯です。
カテゴライズしようがないというのが正直なところ。


いずれも桂川沿いであることを考えると、川が線(例:街道)になって、嵯峨野の密集ディープな愛宕熱が伝わってきたという事かもしれません。
どちらも神社の中にありますが、元からそこにあったという風には見えず、そういう意味でも実態のつかみがたい一帯です。

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145_右京区梅津東溝口町

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146_右京区西京極東衣手町


灯籠探しで初めて行ったし、灯籠探しをしなければ未来永劫行く機会はなかっただろうと思われ、何だか不思議な気分です。

そこが過去に港だったからなのか、それとも別の理由でなのかも掴めていませんが、146_のある衣手神社付近のわずかな一帯に漂う濃密な空気感、栄華の名残、活況の痕跡は、市内でもわりと出色なのではないでしょうか。突き抜けるような好天だったこともあり、しびれました。
しかも、146_、どう考えても片方は破損していて、ここに仮置きされてるか、ここに置かれるという処分をされてます。謎だ。

145_は梅津大神宮です。「大神宮」の基準がまったく謎。




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by fdvegi | 2017-09-09 00:30 | 京都在住 | Comments(0)