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桂川沿い(東岸)に愛宕灯籠を追加

嵯峨野に区分しようかとも迷いましたが、桂川沿いにしました。
その方が、なんか、純度が高いような気がします。
というか、我ながらうまい分類をしたなと今になってしみじみと。

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446_右京区嵯峨高田町


さて、ここまで堂々と「この神社の名前です」風のものは例がないです。
というより、ここまで型にはまっていると、この神社が愛宕神社でないことの方が不思議なほどで、じゃあ何なんだと問えば、「三宮神社」なわけです。

ここで登場するのが、知る人ぞ知る不思議、京都市内の桂川周りに「三ノ宮神社」や「三宮神社」がやたらと多いという事実。

正確に数えていませんが(できませんが)、少なくともこれだけあって

 三ノ宮神社  西京区大枝中山町(大枝
 三ノ宮神社  西京区樫原杉原町(物集女
 三ノ宮神社  西京区桂徳大寺町(
 三宮神社   西京区川島玉頭町(
 三宮神社   西京区御陵鴫谷
 三宮神社   右京区嵯峨野高田町(今回)
 松尾三宮社  右京区西京極北浦町(西京極
 衣手神社(旧三宮神社) 右京区西京極東衣手町(桂川沿い
 三ノ宮神社  南区吉祥院三ノ宮町(吉祥院

この9か所中7か所で、ごくごく近隣に愛宕灯籠が発見されています。中には境内にある場合も。
残り2か所うち1か所もエリアとしては愛宕灯籠があります。
ということは、これはもう極めて大胆な仮説というか、もはや荒唐無稽な妄言だとは思うのですが、ずばり三宮神社愛宕説。
愛宕が桂川に乗って嵐山の奥の方から流れてきたんじゃなかろうか。南へ南へ広がっていきます。

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総じて、先日の和束町なんかの話もあって、愛宕の根っこって、思っているよりはるかに深くて広いんじゃないかって気が近頃しています。


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おまけ:西京区御陵鴫谷の三宮神社の境内の微妙な石灯籠





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by fdvegi | 2018-07-06 00:30 | 京都在住 | Comments(2)

宕陰地区の愛宕灯籠

愛宕神社に最も近い愛宕灯籠ではないかと思います。356_。
この仕事(じゃないけど)をするまで知らなかったのですが、この辺りを宕陰(とういん)地区というのです。
まんま、愛宕山の陰ということで、過去には愛宕神社への参拝者の宿坊などもあったという。
素敵なサイトマップが用意されていますので、ぜひご覧ください。

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356_右京区嵯峨樒原宮ノ上町


実際行ってみても、なんかこう、圧倒されます。
その名も樒原(しきみがはら)ですからね、名前からして尋常でない印象を受けていました。
かっこいいです。
そして、灯籠じゃないけど見つかったのが357_。
本当に、これのミニチュアが欲しい。
家に置いておきたいし、チャームにして持ち歩きたいです。

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357_右京区嵯峨樒原高見町


樒原と一緒に宕陰を構成するのが隣接する腰畑(こしはた)です。
建物、石垣、屋根、いずれも隣接する異世界という感じでした。
そして、腰畑で見つかったのが355_です。
微妙なんですけどね、、とりあえずアップしましょう。
だって宕陰なんですよ。

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355_右京区嵯峨腰畑中ノ町


きっと覚えてないでしょうけど、天気のいい日に娘を連れていけたのが嬉しかったです。

四所神社で木陰の犬にびびり(散歩中の飼い犬です)、犬もびびって吠えられ、慌てふためいてド派手にこけ、湿った土でドロドロになったという極めて不幸な一幕ではありましたが、宕陰地区に行ったことがあるというのがいつか大きな財産になると、父はけっこう本気でそう思っています。





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by fdvegi | 2018-03-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

京都市内 街の近くの愛宕灯籠

京都市内に集中して見つかっている愛宕灯籠ですが、市内中心部には全く見つかっておらず、かなり大きな一帯が愛宕空白地帯となっています。
長らくその空白地帯の最西端となっているのが妙心寺道の中京区061_でした。
が、その妙心寺道のほぼ延長上で、やや東側に踏み込んでいるのが上京区の306_です。
玉房稲荷大明神という稲荷神社の中にその細い身をすっと隠すように佇んでいます。
お稲荷さんに愛宕灯籠は珍しい気がしますが、この玉房稲荷というところは五ノ社天満宮という天神さんの跡地だそうで、なるほど天神さん周りには間々見かけるような気がします。

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306_上京区近衛町


もう一つは西院駅のすぐ近く。
気持ち的にはこちらの方がなお町に近い気がします。
その名も西院坤町(さいいん ひつじさるちょう)。
ここは「街」という意識の元に踏み込むと天地がひっくり返るといっては大げさかもしれませんが、ちょっとした郊外よりも断然はるかに濃密な旧態感に覆い尽くされていて、思わずおののくほどでした。
そして、小さな通りの小さな角に鉄柵で保護され端然とたたずむ祠が一つ。
144_は左に大日如来、右に愛宕大権現の石灯籠を従えているのでした。

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144_右京区西院坤町


同じ町内にはまた別の祠があり、住吉大神宮と書かれた石灯籠が備わっていました。
もはやしびれるくらいに濃い。そんな坤町内。


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おまけ





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by fdvegi | 2018-02-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

右京区京北地域の愛宕灯籠

これまで基本的に愛宕山の東側で捜索をしてきました。
西側は亀岡市で、そこはすでに「私たちの身近にある石造物を訪ねて」でカバーされています。203基。

ぼくが主に亀岡以東で見つけたのが約300基で、つまり、愛宕山から南に向かって扇状地状に愛宕灯籠が分布し、分布地域が上(北)にも拡大している様子(ただし時系列は不明)が確かにわかってきたわけですが、今回、愛宕山から真北の地点にも灯籠が見つかりました。
旧京北町です。現在は右京区の京北地域。


旧京北町は2005年3月に京都市と合併しました。

その旧京北町も、もとは旧々北桑田郡内の5つの町村(旧々周山町←もともとは村、旧々細野村、旧々宇津村、旧々黒田村、旧々山国村、旧々弓削村)が合併してできた行政単位でした。

今回見つけた3基は、旧々北桑田郡の中の旧々周山町の2基と旧々弓削村の1基です。

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304_右京区京北周山町

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330_右京区京北周山町

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329_右京区京北伊崎町


何の気なしに旧京北町といいましたが、それが正しいのか、それとも旧々北桑田郡というべきなのか、とにかくこの地域は全域が基本的に山林です。それも広大な山林。

どう広大かというと、京北といえば、神護寺や高山寺で有名な高雄(すごい左上)のさらに奥なのですが、イメージ的に高雄の反対側にあるのが三千院で有名な大原(すごい右上)で、大原のさらに奥に行ったところに花脊というところがあります。
この京北(右京区)と花脊(左京区)が道でつながっているのです。つまり、山林で隣り合っているわけです。

わかるでしょうか。ミッキーマウスの、向かって左側の耳が【高雄・愛宕山】で、右側の耳が【大原・比叡山】です。

ミッキーマウスの両耳が隣り合うことはあり得ないし、片耳から片耳へ行くには、ミッキーの額や眉毛や、さらには目といった人物の主要部分を経なくてはいけないはずなのに、実は耳は外延部を取り込んで一体化し、ちゃっかりと耳と耳とで隣り合っていた、という話です。
何だかちょっと哲学的な響きになってきましたね。

とにかく、わずかに3基とはいえ、愛宕山の北側それも真北にも灯籠はありました。
右京と左京にまたがる広大な山林の中にはきっとまだまだあるのでしょう。うまく見つけられる気はしませんが。

これまで「扇状地的な広がりとその拡大」を想定してきましたが、視野を最初から「放射線状の広がり」に広げる必要があるようです。

ミッションは果て知らず。




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by fdvegi | 2017-12-11 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

嵯峨の愛宕灯籠も追加

既にたくさんある嵯峨ですが、まだありました。堂々たる一基を見落としてました。
森嘉という有名な豆腐屋さんの隣です。


朝一で写真を撮りに行き、ついでに豆腐を買って帰って朝ごはんにしようとしたら、意外とまだ開いてませんでした。嵯峨野の朝は静かです。
ぼくは厚揚げが好きです。


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314_右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町

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315_右京区嵯峨釈迦堂門前南中院町


315_は愛宕の文字が見当たりませんが、愛宕神社の御旅所のすぐ隣なので一応。




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by fdvegi | 2017-11-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

太秦の愛宕灯籠、追加

ここが本当に太秦なのか、実はかなり微妙なのですが。


福王子という、いかにも福々しい名前の神社に一基見つかりました。
朗らかなお名前に反して、ここの交差点が渋滞で有名というか、信号により絶対に自然渋滞する宿命の五叉路なのですが、その信号を待っていたら目の前にありました。

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305_右京区鳴滝本町

それと、嵯峨とは分離して別建てにしました。
嵯峨と太秦の土地としての連続性(の予兆・雰囲気)は無視できないのですが、かといってしっかりと見出すこともできず、ちょっとやきもきします。
誰か教えてください。




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by fdvegi | 2017-11-29 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

西京極の愛宕灯籠、追加しました

西京極といえば旧山陰街道、という前提で紹介しておりましたが、その山陰街道と七条通りがぶつかる地点に残っていました。一基。
ちゃんと探せよと、自分で自分に毒づきたくなります。


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308_右京区西京極西川町


それにしても、この周辺は道がとにかくニュアンス含みといいますか、十字に造成された道路の間を、細道が常に斜めに、かつ途中でガクッと曲がったりしながら走っています。
逆に言うと、網目状の交通網を作るために、元あった道たちを無視・蹂躙しまくったということなのでしょう。
その一筋一筋を丁寧にたどってみたいです。




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by fdvegi | 2017-11-28 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

桂川沿い(東岸)の愛宕灯籠

四条通と五条通(国道9号)に挟まれた、嵯峨・太秦と西京極の中間地帯です。
カテゴライズしようがないというのが正直なところ。


いずれも桂川沿いであることを考えると、川が線(例:街道)になって、嵯峨野の密集ディープな愛宕熱が伝わってきたという事かもしれません。
どちらも神社の中にありますが、元からそこにあったという風には見えず、そういう意味でも実態のつかみがたい一帯です。

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145_右京区梅津東溝口町

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146_右京区西京極東衣手町


灯籠探しで初めて行ったし、灯籠探しをしなければ未来永劫行く機会はなかっただろうと思われ、何だか不思議な気分です。

そこが過去に港だったからなのか、それとも別の理由でなのかも掴めていませんが、146_のある衣手神社付近のわずかな一帯に漂う濃密な空気感、栄華の名残、活況の痕跡は、市内でもわりと出色なのではないでしょうか。突き抜けるような好天だったこともあり、しびれました。
しかも、146_、どう考えても片方は破損していて、ここに仮置きされてるか、ここに置かれるという処分をされてます。謎だ。

145_は梅津大神宮です。「大神宮」の基準がまったく謎。




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by fdvegi | 2017-09-09 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

嵯峨・太秦の愛宕灯籠

嵯峨もまた、吉祥院のように広いです。
というか、どこからどこまでが嵯峨とか嵯峨野と呼ばれる場所なのか、ここもよくわかりません。
市内の西側は、東側に比べてエリアあたりの基本的な面積が大きいのかもしれません。何かと歴史的な影響があるのでしょう。


ウィキペディアによると、吉祥院は菅原道真の曽祖父・土師古人が、平安遷都に際して天皇からもらった土地だそう。嵯峨はそれよりも古くて、太秦を根拠としていた秦氏によって開発が進められていて、平安遷都後には天皇や皇族たちの遊猟や行楽の地だったとのこと。
でもって、土師と秦という2つの家の間にも何かしら縁があるようで、いやはや、やんごとなき華麗なるネットワークが渦巻いていたようです。

ま、愛宕灯籠は、それよりずっと時代が下って、せいぜい江戸時代の話ですけどね。
愛宕山の登山口ともいえる裾野部分なだけあって、数も多いし、彫られているのも「愛宕神社」「愛宕大権現」ではなく、「愛宕山」というのが多いですね。

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159_右京区嵯峨亀山町

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158_右京区嵯峨二尊院門前神長町

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128_右京区嵯峨大覚寺門前井頭町

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129_右京区嵯峨大覚寺門前井頭町

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049_右京区嵯峨大覚寺門前六道町

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130_右京区嵯峨大覚寺門前宮ノ下町

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048_右京区山越中町

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050_右京区嵯峨甲塚町

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057_右京区嵯峨天龍寺角倉町

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127_右京区嵯峨中山町

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055_右京区嵯峨中山町

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056_右京区嵯峨北堀町

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054_右京区嵯峨五島町

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053_右京区嵯峨朝日町

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126_右京区嵯峨明星町

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052_右京区嵯峨朝日町

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051_右京区嵯峨野宮ノ元町


一休み。ここから太秦。太秦映画村で有名なうずまさです。
上述の通り、太古の昔は秦氏が治めていたそうで、秦氏が太い商売をしていたから太秦という説もあるようです。

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125_右京区太秦石垣町

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124_右京区太秦桂木町

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123_右京区太秦辻ヶ丘町



051_から056_にかけての捜索に妻と娘が付き合ってくれたのが、個人的には思い出深いです。
車で走っているといきなり古めかしい一帯になって、けれどファミレスがあって、普段はめったと行かないのに何となく入ってスパゲッティのお子様ランチを食べ、口の周りを赤くして、酷暑の中で灯籠を探し終えた後、ミニストップで命からがらソフトクリームを食べました。楽しかったなぁ。




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by fdvegi | 2017-09-08 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

西京極の愛宕灯籠

西京極競技場で有名な西京極です。
競技場の南と北とに、ぎゅっと時間を凝縮したようなエリアが残っていて、今回はその南側。


実はわりと早い段階で灯籠自体は見つかっていたんですが、なかなか腰が上がらずにおりました。
というのも、これまで灯籠の分布を一定のエリア(面)ごとに区分するという作業をしてきました。
鴨川以東・左京区ではそれが可能かつ有効な方法だったと思うのですが、桂川周辺まで来るとちょっと難しくなってきます。
恐らくですが、ここらの灯籠は面で分布していると同時に、むしろそれより強固に、線でつながっています。
線というのは道路・旧街道のことで、例えば、ここ西京極南側は旧山陰道の系譜になるでしょう。

西京極という意味では北側にも灯籠があるのに、今回のように南側でしか紹介をしづらいのは、そのためです。
異なる二つの文脈を一つにまとめて紹介するというのをどうすれば自然か、というか出来るのか、難しいな、という風にじくじく考えておりました。
結論として無理なので、やっぱり分けて紹介させていただきます。

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149_右京区西京極河原町

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150_右京区西京極東側町

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152_右京区西京極東側町

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151_右京区西京極徳大寺団子田町

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154_右京区西京極中町

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154_右京区西京極中町


今回紹介した灯籠のうちほとんどは「旧街道を歩こう」的なブログなどで取り上げられています。
かろうじて152_で、愛宕灯籠に特化しているこのブログ(の愛宕企画)の面目躍如というところでしょう。
こういうのを見つけた時の高揚感がたまりません。

高揚といいますと、見取り図には名前が出ていませんが、154_からまっすぐ北には松尾三宮社という神社があります。といより、三宮社の参道の延長上に154_がある感じです。
出ました、三宮。





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by fdvegi | 2017-09-05 00:30 | 京都在住 | Comments(0)