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久世の愛宕灯籠、追加

ここも久世なのか、というところに倉掛神社という神社があって、その境内に、土を盛って作ったミニ愛宕山が形成されていました。
その頂に灯籠。
まさに愛宕灯籠。


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422_南区久世東土川


久世から向日へ抜けていく西国街道からは少し外れており、そういう意味では、向日の389_と似たような位置取りになっています。

ただ、このままドスンと南に突き抜けると、桂川にぶつかるところにも1基確認されていますので、南北の線でいうと、西側の西国街道ラインと、桂川を挟んだ鳥羽街道ラインの間の、中間ラインが形成されているのかもしれません。
もう1基か2基くらい見つけたいところです。

両街道にはやはり物心両面での流通路の意味合いがある一方、その間の一帯は田畑であったはずで、穀倉に端を発すると思われる倉掛神社は象徴的です。

愛宕灯籠が、(ここでも)、土着的な土壌への溶け込もうとしている様子が、読み取れるのではないかと思います。




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by fdvegi | 2018-03-05 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

鳥羽街道沿いの愛宕灯籠

市内南寄りで紹介した羅城門が平安京の南の玄関口というのは有名な話ですが、その羅城門から南へ向けて敷設された幹線道路が鳥羽街道です。

その頃はまだ別の名前の別の道のようですが、豊臣秀吉とか江戸時代とか、そういう固有名詞が登場する頃に、鴨川に次に桂川に沿って大阪方面へ向かう街道として整備されたようです。
古い道ですね。


平安後期の羅城門付近は、南の正門とか玄関口とかいう威勢のいい体面とは裏腹に、結構荒れていたそうです。というか、南の方は基本的に荒れていたらしいです。

門前には浮浪者やら乱暴狼藉を働く者がたむろしていたほか、門の中にさえ鬼の類が神出鬼没に現れたという記録が残っているようです。そういう連中がどこから湧いて出たかは定かではないですが、せっかく道があるならその道を通って北上してきたとしても不思議ではなく、(旧)鳥羽街道は鬼の通り道だったのかもしれません。

時代が下ってなお鬼や悪党どもが闊歩していたかはわかりませんが、例えば月のない夜の桂川は広大な闇に閉ざされていたに違いなく、ともすれば大いに荒みかねない街道筋を、灯籠の明かりが静かに慰撫していたのでしょう。

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328_南区上鳥羽八王神町

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311_伏見区中島御所ノ内町

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312_伏見区中島樋ノ上町

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316_伏見区下鳥羽前田町

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317_伏見区下鳥羽前田町

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318_伏見区下鳥羽北三町

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319_伏見区下鳥羽南町前町

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313_伏見区横大路草津町


線ではなく面での愛宕灯籠マッピングを標榜しているこの愛宕灯籠企画ですが、ここはもう鳥羽街道とする以外に方法がありませんでした。ご容赦あれ。




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by fdvegi | 2017-12-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

京都市内南寄りの愛宕灯籠

けっこう早い段階で見つけていたのに、長らく放置状態になっておりました。ようやく日の目を見ることに。
京都市内南寄りの愛宕灯籠。


南区や伏見区のことを考えるとこの表現はかなり微妙なのですが、羅城門を南限とする平安京の街区を想定していただけると幸いです。

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307_下京区西七条北東野町

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134_下京区七条御所ノ内本町

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179_南区唐橋羅城門町



179_は、まさにその羅城門跡のすぐそば、矢取地蔵です。鳥羽街道の北端でもあります。

134_は若一神社。貴重な下京区です。といっても、吉祥院の果てという整理の方がふさわしいのかもしれません。

307_は正真正銘の下京区という感じがします。七条通りと八条通の間で、古めかしい一帯なのに見つからないな、と思っていたら、綱敷行衛天満宮という神社の中にありました。

この勢いで、やはり小さな寺社仏閣関係をつぶしていけば、あといくつかは見つかるのでしょうか。

とりあえず、市内北寄りで言及した「愛宕砂漠」の南限が、ここということになります。




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by fdvegi | 2017-12-25 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

久世周辺の愛宕灯籠

桂駅から少し南下し、桂川に沿って東に寄ったエリアです。
桂川の向こうは吉祥院です。


国道171号線と東海道新幹線が並行して南北を貫いており、感覚的には、生活の息吹なんてあり得ない場所だと思っていました。
が、ここでもだいぶ驚きました。いざ行ってみると、生活感がありありとしています。すごい。

有名な西国街道が通っている場所ですから、交通の要衝だったのですね。
橋のたもとには今も(元は)川魚料理屋(だったと思しき店)が残っていて、興味をそそられます。
渡し船を待つ人が近くに宿をとって、腹ごしらえをしたり、何かお楽しみを見つけたり、そういう場所でもあったのかもしれません。

新幹線の線路と大きな国道に挟まれた一帯にいたっては、ほとんどデッドスペース的な先入観的がありましたが、ここにも、南北垂直の線路・道路作りの横暴を暴くような、南西から北東に抜ける旧街道の痕跡が残っていました。
大きな農家が軒を連ねていたのだと思います。

京都郊外は、昔から近郊農業によってわりと裕福だったという話を聞いたことがあり、話自体は長岡京市を例に出してのものではありましたが、久世周辺もそうであって何ら不思議はありません。

面白い場所です。

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170_西京区牛ケ瀬青柳町

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171_西京区牛ケ瀬弥生町

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174_南区久世上久世町

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173_南区久世上久世町

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172_南区久世上久世町

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176_南区久世川原町

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175_南区久世殿城町

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180_南区久世上久世町


180_が愛宕灯籠だったと主張する理由は正直ないんですが、元は灯籠だったのではないかと思われる石柱の上に、後になって街灯が設置されている様子が、土地に灯籠の系譜が息づいているようで面白いです。


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by fdvegi | 2017-09-22 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

吉祥院の愛宕灯籠

吉祥院。京都市内の南の方の西側です。
南の方の東側は、伏見稲荷神社や坂本竜馬で有名な伏見です。
吉祥院にも、学問の神様で有名な菅原道真をまつった吉祥院天満宮という神社があります。受験生のマストスポット北野天満宮よりも前から建っている由緒正しき「天神さん」です。
でも知らなかった。太くて直線な道路をトラックが走りまくる荒涼とした土地、とばかり思っていました。


が、いざ行ってみると、趣深い黒塀屋敷の名残が随所随所に残っています。
しっとりとした情緒。
西京極に山陰街道が通っていたように、吉祥院には西国街道が通っていたのです。
一方、西京極では山陰街道上に灯籠が立っていたのに対し、吉祥院では西国街道上にはあまり見つかっていません。むしろ、西国街道に沿って拡大・発展したのであろう集落内にぽこぽこと建てられています。

そう思わざるを得ないくらいエリア内に散在しているし、そもそも吉祥院と呼ばれるエリア自体がかなり広いです。
昔から広かったのか、最近の行政区画で広くなったのかは不明ながら、京都市内でこれだけ広いエリアって珍しいんじゃないでしょうか。
東側と西側で何かと由来が違うのかもしれません。
同じ西側でも、豊岡-京都間をつないだ山陰街道と、大阪-京都間をつないだ西国街道の規模感の違いにもよるのでしょう。


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135_南区吉祥院中河原西屋敷町

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142_南区吉祥院車道町

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143_南区吉祥院石原西ノ開町

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140_南区吉祥院西ノ内町

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136_南区吉祥院石原開町

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137_南区吉祥院石原町

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138_南区吉祥院石原町

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139_南区吉祥院石原町

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141_南区吉祥院里ノ内町

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178_南区吉祥院政所町

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177_南区吉祥院高畑町

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181_南区吉祥院三ノ宮町


けっこう多く見つかってはいるものの、まだまだ無数にある、そう確信せずにはいられないエリアです。
微妙な遠さでなかなか行けないんですよね。歯がゆい。

140_は愛宕に関係なく、もうちょっと有名になってもいいと思うのです。
こんなデコ長の灯籠見たことない。福禄寿を彷彿とさせます。

そして、181_は、形はそのものズバリながら、神社の境内の中だし、(狛犬みたいに)2基で対になっているし、やっぱり愛宕灯籠ではないのかなと思っていたのですが、その後、桂離宮近くの春日神社というところに愛宕灯籠が(奉灯みたいに)対になっているのを見つけたのです。

「狛犬みたい」と「奉灯みたい」の違いは、神社本殿からの距離の違いです。狛犬の方が本殿に近く、奉灯の方が遠い。遠いってことは、その神社の影響外の可能性が高まるわけで、狛犬みたいに対になっている181_は、やっぱり神社のための灯籠であって愛宕灯籠ではない、という論拠となります。

でも、奉灯よりはぎりぎり外側にあるしなー。
そして、何を隠そうこの神社が、これまた住所の通り、三ノ宮神社なのです。うひゃあ。





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by fdvegi | 2017-09-07 00:30 | 京都在住 | Comments(0)