タグ:京田辺市 ( 2 ) タグの人気記事

京田辺市の愛宕灯籠

少し前にマツコの知らない世界で緑茶か抹茶の特集をしていて、その時のプレゼンターが、京田辺市のお茶屋さんでした。
彼曰く、京都でもっとも質の高いお茶を出すのが京田辺とのこと。へー。
それが本当かどうかは別として、京田辺も茶の里だったんですね。知らなかった。
20年くらい前に同志社大学ができて、受験して、遅刻して駅から長い坂道をダッシュして、落ちた、という印象しかありませんでした。

そんな京田辺市にも愛宕灯籠はあったのだ。
今のところ3基、JR片町線から西に1基、東に2基。

c0072352_19325021.jpg
387_京田辺市多々羅西平川原

c0072352_19322395.jpg
405_京田辺市草内宮ノ後

c0072352_19320768.jpg
482_京田辺市草内中垣内


東西をつなぐといえば西国街道や東海道に気を奪われますが、ここに微妙な茶の道ルートがあったことが、京田辺市観光協会の記述によっても察せられます。

河内・大和方面から普賢寺川沿いの道を経て、奈島宇治田原に出る主要な渡しであり、草内と対岸の十六を結んでいた。 また、府道・国道の性格をもっており、市内に最後まであった渡し。昭和39年4月に山城大橋ができたため、50余年の歴史を閉じた。

ということで、川の東の茶畑(和束、宇治田原)と、西の山の向こうの大阪河内(交野、四条畷)は、さりげなくつながっていたのですね。

茶といえば千利休ですが、千利休がいたのは堺であって、利休が立てた茶は、きっとこの茶の道ルート、ティー・ロードを通ったことでしょう(←それとも全部京下りだったんですかね?)。




[PR]
by fdvegi | 2018-07-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

松井山手の愛宕灯籠

出町柳の近くに「幸神社」という神社があって、「さいわいじんじゃ」や「ゆきじんじゃ」ではなく、「さいのかみのやしろ」と読みます。実は、昔の道祖神(さいのかみ)を祀っているのだそうです。

大昔、平安期の京都は出雲族という人々の勢力域で、出雲路橋も出雲○○町も出雲井於神社(いずもいのへじんじゃ)も雲ヶ畑も、その出雲ピープルの名残だとする、京都出雲説(仮)があります。

今の上御霊神社の裏辺りに上出雲寺なる中心地があったそうで、幸神社はそうした出雲ピープル圏の南限にあたるので道祖神がある、ということになります。なるほど、なんとなくつじつまが合う。

ちなみに、幸神社の近くにある枡形商店街には出雲屋なる豆腐屋があります。
真偽や関係のほどはどうなんでしょうね。

さて、京田辺市の松井天神社も「てんじんしゃ」とは読まず、「あまつかみのやしろ」と読むようです。北野天満宮で有名な菅原道真を祀る「天神さん」ではありません。

恐ろしく密やかな場所というか、正面からは地元民しか行けません。
単純に道が細すぎるからですが、その締め出し感がいかんともしがたくしめやかなのです(裏からは車で行けます)。
木々が覆いしげる境内は何とも言えず薄暗い。

それでいて、灯籠探しの一行(一家)は、狭い境内で氷鬼を楽しみました。
鬼ごっこの一種で、鬼にタッチされると万歳するように両腕をまっすぐ上げ、左右の手のひらどうしをあわせて固まるというものです。凍るということでしょう。
走って逃げる娘にタッチすると律儀なまでにピタッと立ち止まり、ミュンと体を伸ばして固まります。丸こいお腹と上気した顔の丸さが強調され、超かわいいのです。

c0072352_23285284.jpg
332_京田辺市松井向山


リニアの駅を作っているのでしょうか、神社の裏手のすぐ近くのところを猛烈な勢いで工事していました。第二京阪から京奈和道へ入る時、左カーブを走っていると山の向こうにふうっと大きなクレーンたちが現れ、妻はそれをキリンと呼んで面白がっています。
10年後はどういう風景になっているんでしょうね。
娘は氷鬼のこと覚えてるかな。





[PR]
by fdvegi | 2018-02-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)