京田辺市の愛宕灯籠

少し前にマツコの知らない世界で緑茶か抹茶の特集をしていて、その時のプレゼンターが、京田辺市のお茶屋さんでした。
彼曰く、京都でもっとも質の高いお茶を出すのが京田辺とのこと。へー。
それが本当かどうかは別として、京田辺も茶の里だったんですね。知らなかった。
20年くらい前に同志社大学ができて、受験して、遅刻して駅から長い坂道をダッシュして、落ちた、という印象しかありませんでした。

そんな京田辺市にも愛宕灯籠はあったのだ。
今のところ3基、JR片町線から西に1基、東に2基。

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387_京田辺市多々羅西平川原

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405_京田辺市草内宮ノ後

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482_京田辺市草内中垣内


東西をつなぐといえば西国街道や東海道に気を奪われますが、ここに微妙な茶の道ルートがあったことが、京田辺市観光協会の記述によっても察せられます。

河内・大和方面から普賢寺川沿いの道を経て、奈島宇治田原に出る主要な渡しであり、草内と対岸の十六を結んでいた。 また、府道・国道の性格をもっており、市内に最後まであった渡し。昭和39年4月に山城大橋ができたため、50余年の歴史を閉じた。

ということで、川の東の茶畑(和束、宇治田原)と、西の山の向こうの大阪河内(交野、四条畷)は、さりげなくつながっていたのですね。

茶といえば千利休ですが、千利休がいたのは堺であって、利休が立てた茶は、きっとこの茶の道ルート、ティー・ロードを通ったことでしょう(←それとも全部京下りだったんですかね?)。




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by fdvegi | 2018-07-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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