城陽南側の木津川周りの愛宕灯籠

城陽市内を少し南に下って、木津川沿いです。
木津川沿いに神社があって、その神社に灯籠もあります。
いつの段階かに神社へ移されたんではないでしょうか。

川にそって集落が作られ、川に乗って文化が伝わったのでしょう。
川自体は、愛宕山のある北西に向かって、愛宕山からは遠くなる南東から流れていくことを考えると、「上り」の船便が出されていたんですかね。
そもそも、ここらが京下りの文化なのか、古都奈良上りの文化なのか、気になるところでもあります。

旧枇杷庄村(論文より)
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365_城陽市枇杷庄

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366_城陽市枇杷庄


旧水主村(論文より)
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367_城陽市水主

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368_城陽市水主


富野荘
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364_城陽市富野


奈島
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371_城陽市奈島

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372_城陽市奈島


奈島の372_は賀茂神社の鳥居のすぐ足元にあります。
奈良に加茂神社があるのは存じていましたが、こんなところにもあるのですね。
賀茂族恐るべし。

それに何より、この灯籠のすぐ近くに「城陽」という酒蔵があります。
京都の酒といえば、伏見とその他、あとは日本海側、くらいのイメージしか持っていなかったので驚き半分で飲んでみましたが、ひゃあ、おいしい!
ぼくは伏見よりも断然好きです。

なお、ここでも旧枇杷庄村と旧水主村の分は山本論文でカバーされています。




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by fdvegi | 2018-05-13 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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