物集女に愛宕灯籠を追加

嵐山から松尾神社を経由して桂へと至る南北の一帯に、仮に一続きの意味や一体感があると仮定すれば、その背骨の少なくとも一部になっているのが物集女街道ということになります。

物集女の愛宕灯籠としてくくったのは、山陰街道や西国街道という東西のラインへのアンチテーゼとして、南北ラインを示したいという愛宕的野心だったのでしょう。

なるほど、若き日の(1年以内だけど)その野心は、今もなお正鵠を射ているのではないかと思います。愛宕山のすぐ裾野には保津川→桂川という大きな水が流れており、平地に至って嵯峨野太秦へと東進するのが主流だったとしても、そのまま川を伝って南下するものがないのは、それはそれで不自然だと思うのです。

桂辺りでは山陰街道ラインと、吉祥院辺りでは西国街道ラインとぶつかってその印象が飲み込まれてしまうものの、松尾や上桂の辺りで見つかる灯籠は、まさに愛宕直通南北ラインのあり様を示しているのだと思います。

というわけで、今回、追加で見つかったのが448_。074_のすぐそばでした。
074_も夏の盛りは茂みに抗えませんでしたが、今回はどうにか姿の一部をとらえられました。

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448_西京区山田葉室町

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074_西京区松尾上ノ山町(再掲)




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by fdvegi | 2018-04-19 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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