大枝の愛宕灯籠

大枝と書いて「おおえ」と読みます。
昔は「おおい」と呼んでいて、それが京都と亀岡の間の「老ノ坂」になったという説もあります。

そして、鬼で有名な大江山も実はここじゃないか、少なくも、ここも「オオエヤマ」で、鬼のような悪党が山中に潜んでは、夜な夜な京の都を脅かしていたのだろう、といわれています。
なるほど、距離感的にはこちらの方が非常にすっきりしますね。酒呑童子の首塚もあるし。

さて、そんな大枝の旧山陰街道沿いで見つかりました。もう少し西へ進めば沓掛(くつかけ)です。
沓掛も住所的には大枝なので、ひっくるめて大枝カテゴリーにしてしまうのもアリなんでしょうけれど、沓掛はすでに大原野と一体にしています。

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445_西京区大枝中山町


そして、この445_、見るからに太い。独自色が強いので何とかしたいなぁと思っていたところ、歩いて3歩くらいのところに別の灯籠が見つかりました。
ものすごく立派な、いかにもな神社の灯籠です。
明らかに愛宕灯籠とは異なるもので、南に向かっています。
北面する側に「奉灯」と書いてあるので、南側に神社の類があるという事でしょう。

近くには大枝神社や児子神社という、有名じゃないにしろ格式高い神社がありますが、いずれも灯籠よりは北側・山寄りです。
南にそんなのあったかな、と思って地図上を探してみると、国道9号線を越えて向こう側に大枝稲荷神社というのがありました。おおー。

国道9号線にぶった切られてすっかり別エリア扱いでいましたが、元々ここは南北に分断された地域ではなかったのですよ。きっと。
むしろ、南北の道をメインに、それに沿って形成された集落だったんではないでしょうか。目と鼻の先に別の神社の灯籠を置くということは、文化圏というか精神圏としても南北の道を境に分かれていたとも考えられますね。

そこに団子を串刺しにするように旧山陰街道が通っていた。
そして、445_の愛宕灯籠はといえば、旧山陰街道には面しておらず、南北の小道に面しています。
沓掛の009_が山陰街道に面しているのとは明らかに異なります(444_は平成3年と真新しい部類なので考え方が別と思いましょう)。

そういうわけで南側の集落をダメ元で捜索してみたところ、なんと出てきました。
豪快に掘り返し尽くされた感のある洛西ニュータウンのギリギリ外縁に奇跡のように古い一帯があって、愛宕灯籠も残っていたのです。

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449_西京区大枝東長町


うむ、東を向いています。
土地って変わるのですね。




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by fdvegi | 2018-04-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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