南丹市園部周辺の愛宕灯籠

どうしてこういう行政区画をしてしまったのか、南丹市。
北は茅葺屋根の集落で有名な美山から、南は先日亡くなった野中広務で有名な園部町まで、どう考えても全然違う文化圏を含んでいます。

南丹市がきれいな観光ガイドを出していて、地図もついていますので、ぜひご覧ください。力作だと思います。

さて、山陰街道をウィキペディアで見てみます。

京の七口の一つとされる丹波口を起点として、樫原を経由し老の坂を越えて丹波国に入り、亀岡、園部、三和を経て福知山に達し、夜久野を経て但馬国へと繋がっている。

丹波口は少し離れた西京極で、樫原(はたぎはら)は物集女で、老の坂は沓掛で、亀岡は「私たちの身近にある石造物を訪ねて」で、それぞれに愛宕灯籠が確認されています。
そして、今回が園部。

ありました。
それも結構ふんだんにありました。

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339_南丹市園部町埴生

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340_南丹市園部町埴生

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341_南丹市園部町埴生

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342_南丹市園部町埴生

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343_南丹市園部町南大谷

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344_南丹市園部町南大谷


「愛宕」を歴然とは確認できないものも含んではいるのですが、群生エリアでは愛宕算定しております。それが自然だと思う。うん。
時代劇が撮れるんじゃないかっていうような一帯もありました。
過去に栄え、今日の都市部から近くなく遠すぎないからか、なんか知らんけどもうタイムスリップの心持ちでした。
政治行政的に長らく有力だったことも、こういうことには影響しているのかもしれません。

いいか悪いかはとりあえずおいといて、とても面白かった。
こういうことがまだまだ続けられる国がいいと思う。




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by fdvegi | 2018-03-22 00:30 | 京都在住 | Comments(2)
Commented by 幡枝人 at 2018-03-22 17:36 x
ご無沙汰しております。
Googleマップのストリートビューで、花脊の別所にて愛宕灯籠があるのを見つけました。ぜひご確認ください!(座標:N35.1737691,E135.7833995)
ここを少し北上した八桝では、松上げの文化が残っているので、おそらく、この灯籠が、左京区最北の愛宕灯籠ではないでしょうか。いや、八桝町の手前の大布施にもあるかも…。「灯籠+お札箱」の形は、鞍馬や二ノ瀬、市原、岩倉、一乗寺の愛宕灯籠に似ているように思えます。
Commented by fdvegi at 2018-03-22 23:28 x
おぉ!すごい発見、すごい洞察をありがとうございます!
確かに、火祭りの残り火がここで灯籠に移されたのだ、くらいの迫力がストリートビューからすらうかがえます。

先日、電車で貴船に行きました。貴船口の駅から奥宮までの間に灯籠は見当たらなくて、人里としての歴史はそれほどでもないんじゃないかと考えていたんですが、この発見で別のストーリーも浮かんできますね。
つまり、松上げ→花脊別所ー鞍馬ー二ノ瀬ー市原 というのが一続きの愛宕ルートだとすると、貴船はそこから逸れるので、それで灯籠もない、という仮説です。
あたらしい発想です。ありがとうございます。

それはそうと、ご進学おめでとうございます。
(といっていいのでしょうか)
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