醍醐寺周辺の愛宕灯籠

市内の北側に住んでいるとあまり馴染みがなく、南というと一気に平等院鳳凰堂まで意識が飛んでしまうのですが、その格たるや、星の数ほどある京都の寺社仏閣の中でも最有力の部類に入るのではないでしょうか、醍醐寺。

なんといっても時の天皇陛下の庇護を受け、時の征夷大将軍・太閤秀吉の庇護を受けています。ハンパないです。

ウィキペディアによると、しかし、元々は修験者の霊場だったようで、その点は愛宕神社と同じですね。さぞや山深いところだったのでしょう。

c0072352_22433112.jpg
420_伏見区醍醐御陵西裏町

c0072352_22433801.jpg
421_伏見区醍醐東大路町

c0072352_22435255.jpg
426_伏見区醍醐落保町

c0072352_22440105.jpg
415_伏見区日野不動講町


その周辺にも愛宕灯籠がありました。4基。
南北に奈良街道という旧道が走っているので、醍醐寺がどうのというより、そちらの影響ではないかという気がします。
これでもかというほどびっしり宅地開発されている中にあって、ギリギリ古い一隅が残っているのが驚きなのか、修験の道場があったくらいの山深い一帯が完璧なまでに宅地開発されていることの方が驚きなのか、もはやわからなくなってきます。

それにしても、この山科から小栗栖・醍醐にかけての一帯が、遠目に見ると「盆地の中の宇宙」という感じがして面白いです。

愛宕灯籠はやはり愛宕山のある京都から(北西角から)入り込んできたのか、それとも、意外と滋賀から(北東角から)東海道に乗ってやってきたのか、はたまた、なぜか古都を経由して奈良から(南から)来たのか、引き続き興味深いです。




[PR]
by fdvegi | 2018-02-16 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
<< 修学院の愛宕灯籠、追加 京都市内 街の近くの愛宕灯籠 >>