二ノ瀬の愛宕灯籠?

※鞍馬の調査(8/28)により、二ノ瀬の灯籠がいずれも「愛宕灯籠」ではない可能性が浮上してきました。なのでタイトルに「?」を追加しています※

二ノ瀬です。京都でも、それがどこなのか明確に知っている人は少ないんではないでしょうか。
何となく聞いたことはある。あの辺かなって気はする。だけど全然自信ない。
そんなところで、まだ平均点高めなのではなかろうかと。


鞍馬・貴船へ行く間にある最後の駅で、市原と鞍馬・貴船の間にある小さな集落なのですが、最近トンネルができたので今後は車で通ることすら稀になっていくのだろうと思われます。トンネルにその名が残る、という展開をリアルタイムで目にしているのかもしれません。

ただ、ウィキペディアによると、惟喬親王が雲ケ畑にある市ノ瀬(≒一ノ瀬)の次に暮らした場所なので二ノ瀬というとのこと。歴史の深さはシャレにならないレベルです。9世紀とか、そういう話ですから。

静原や八瀬と同様にかなり限定可能な集落です。その中に5基見つかっており、探せばもう1つ2つはありそうな雰囲気もありますが、とりあえず5つは確定。同じく手つかずとはいえ、どことなく瀟洒感のある静原とは完全に一線を画した "朽ち" 感を味わいに、今のうちに訪ねておきたい場所だと思います。


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188_左京区鞍馬二ノ瀬町

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094_左京区鞍馬二ノ瀬町

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187_左京区鞍馬二ノ瀬町

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186_左京区鞍馬二ノ瀬町

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185_左京区鞍馬二ノ瀬町

いずれも木製。石製はひとつもありません。
ここよりさらに山奥である鞍馬にも木製があるようなので二ノ瀬限定の奇習というわけではないのだとは思いますが、はて、石がなかったからなのか、重たすぎたりして都合が悪かったのか。それとも、木でないといけない何か理由があるのか。
惟喬親王には、えぇ、隠棲の身にあって周辺の杣人(流れの林業従事者)に木工技術を伝授し、結果、お椀やお盆などの加工・製造が日本各地に伝わったとの伝説があり、一部では「木地師の祖」とも呼ばわれているようではありますが。。。




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by fdvegi | 2017-08-22 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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