タグ:滋賀県 ( 4 ) タグの人気記事

大津市南船路の愛宕灯籠と湖西のまとめ

南船路という場所があること自体が不思議じゃないでしょうか。
北側に隣接するのは北船路で、南北に「船の道」がある、と。
大きな湖があるし、実際、漁港もあるので船がたくさんあるのはわかるとしても、それにしたって「船路」なんて名前にするほどでしょううか。
同じことばっかり言ってますが、不思議です。

見取り図は、湖西一帯のものにしました。
上から、荒川3、木戸6、南船路1、和邇5+1です。
こうしてみると、なるほど西近江路に沿って点在しているのがわかりますが、和邇だけが群を抜いて水辺で、それ以外は水から離れているというか、気分的に山に沿っているという気がします。
意外と、全然違う文化圏なのかもしれません。

c0072352_17505641.png

南船路で見つかったのは一つだけです。
いくつかあると、そのうち一つ二つで「愛宕」を確認できなくても類推認定できますが、一つだけだとそうもいきません。
特に、この近辺には「秋葉灯籠」もちらほらと立っているので注意が必要です。
幸いにも、うっすらと「愛」が確認できます。

c0072352_17513078.jpg



c0072352_17524404.jpg


232_大津市南船路


目次へ




[PR]
by fdvegi | 2017-09-16 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

大津市荒川の愛宕灯籠

滋賀県大津市の木戸から、西近江路に沿ってさらに北上するとあるのが荒川というところです。
ただし、木戸市民センターや木戸小学校が、この荒川の領内と思しき一帯にあります。
ということは、荒川自体が木戸の一部なのでしょうか。ものすごくよくわかりません。
ネット検索だけしている分には全然情報も拾えないし、とりあえず謎を謎として受け入れておこうと思います。

c0072352_17352787.png

ちなみに、愛宕灯籠のあり方は木戸のそれとは異なっています。
信仰のあり方が違うというのは、精神面が全然違っているということでしょうから、やはり根本的には違う地域というのが正しいような気がします。
町村合併とか行政的な都合で、こういう蚕食気味の配置になっているんじゃないかな。
それはそれで不思議というか、どうしてわざわざ? という気がしますが、行政的には行政的な都合も色々あるんでしょうね。
昔のことを知っている人がいる内に何かの形で残してほしいものです。

c0072352_17234839.jpg
231_大津市荒川

c0072352_17234842.jpg
230_大津市荒川

c0072352_17234876.jpg
229_大津市荒川


次は、西近江路を少し南に戻ります。




[PR]
by fdvegi | 2017-09-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

大津市木戸の愛宕灯籠

またまた滋賀県湖西地方です。大津市木戸。
和邇よりも少し北にあって、西近江路という旧街道でここもつながっています。
相撲の行司の始祖だという志賀清林の出身地でもあり、清林パークという、密かに趣向の凝らされた大きな公園もあります。

お話し好きなおじさんに色々教えてもらったところ、昔は辺り一帯全部が茅葺屋根の家だったそうで、毎日、隣近所の葺き替え作業の手伝いだったそう。そして町内に一つ愛宕さんがある、と。こういう時の「町内」をどういう風に解釈すればいいのかは戸惑うところですが、町村合併なんかで木戸一町になったけど、それ以前は複数の小さな町たちでエリアとしての木戸を形成していたのでしょうね。

c0072352_01554895.png

なるほど、さほど大きくもない木戸エリアで灯籠は6基もあり、数は限られてはいますが今でも立派な茅葺屋根もあり、比良山系に沿うような集落ですので見事な石垣も残っています。集落の精神的支柱をなしていると思われる樹下神社はいかんともしがたい懐深さを感じさせ、一エリアの鎮守でありながら、湖西全体のランドマークでありソウル・アイコンである白髭神社にも引けを取らない静かな押しの強さを感じさせます。全体的に素敵郷愁エリア間違いなし。

ウィキペディアによると、上述の志賀清林さんは奈良時代に近江国から朝廷に出仕し、相撲の技四十八手と礼法と「突く・殴る・蹴る」の三手の禁じ手を制定する事を聖武天皇に奏上したといいますから、そんな人物を輩出する木戸という土地もまた、元々ただの湖畔の田舎というわけではなかったのでしょう。
謎深き湖西です。

c0072352_01572957.jpg
224_大津市木戸

c0072352_01572754.jpg
225_大津市木戸

c0072352_01572874.jpg
223_大津市木戸

c0072352_01572860.jpg
226_大津市木戸

c0072352_01572887.jpg
227_大津市木戸

c0072352_01572856.jpg
228_大津市木戸


お札箱併設の灯籠は各地に多いですが、ここでは、お札箱が祠というか神殿扱いされ、その神殿の奉灯として愛宕灯籠がセットされているという、かなり独自色の強いミニ愛宕が形成されていました。

西近江路でつながっているとはいえ、和邇での愛宕灯籠とのあり方とは根本的に違っています。この違いは一体何なんだろう。
そして、比叡山すら越えて右京区の愛宕山へ行っていた、その動力の源泉は何だったのだろう。
箱は南面しているものが2つありましたが、灯籠は6基すべて西を向いています。


目次へ



[PR]
by fdvegi | 2017-09-11 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

大津市和邇北浜の愛宕灯籠

このまま京都の西寄りへシフトしていくのも芸がないので、変わり種(?)を。

滋賀県大津市の湖西地方、住みたい街ナンバーワンの和邇です。ワニと読みます。
琵琶湖にもクロコダイルのワニがいたのか、いや、因幡の白兎に出てくるワニとの関係があるのでは、ということは、奈良のワニ氏の分家さんか、などと古代史愛好家にはたまらない情報発信地となっています。たぶん。

c0072352_09082968.png

ちなみに、和邇の南側は小野です。我々にとっては小野宮惟喬親王でもはやなじみ深い、あの小野です。
老いさらばえた小野小町の木像が市原にある言いましたが、あの小野家の超有名な太祖、奈良平城京の超高級官僚であった小野妹子が活躍した土地ともいわれています。
妹子の息子、小野毛人(えみし)の墓は京都市内の上高野にあるんです、これがまた。
閑話休題。


c0072352_08541451.jpg
113_滋賀県大津市和邇北浜

c0072352_08541516.jpg
109_滋賀県大津市和邇北浜

c0072352_08541460.jpg
112_滋賀県大津市和邇北浜

c0072352_08541426.jpg
111_滋賀県大津市和邇北浜

c0072352_08541308.jpg
110_滋賀県大津市和邇北浜

c0072352_08541490.jpg
108_滋賀県大津市和邇中浜


琵琶湖岸の地域とはいえ愛宕灯籠があるとすれば山寄りかなと思っていたら、意外や意外、がっつり水際でした。
113_はおそらく愛宕灯籠業界でもっとも水辺の存在でしょう。背景の水色はすでに琵琶湖です。
この辺りは今でも漁港がある、いわば港町・漁師町でもあり、水上安全の信仰と山の火伏信仰が、どういう経緯をたどったか、融合していったのかもしれません。ロマン以外の何物でもありません。





[PR]
by fdvegi | 2017-09-03 00:30 | 京都在住 | Comments(0)