タグ:愛宕灯籠 ( 9 ) タグの人気記事

北白川の愛宕灯籠

北白川。近所なわりに妙にごちゃごちゃしていて謎深い印象があるこのあたり。
エリアのすぐ南隣には銀閣寺や哲学の道がありますが、まったくもって一線を画しています。
道もいまいちスムースにはつながっていません。なんだか徹底されています。

灯籠は有名な志賀越道に沿って残っていました。
志賀越道に沿ってはいるけど、このあたりに至るまでの(荒神口からの)志賀越道には、大きなお地蔵さんはあるのに灯籠は何も見つからないわけで、いやはや不思議というか何というか。
白川通という幹線道路に面した状態で立派に残っていることも驚きですが、北白川天神宮という(個人的に)市内屈指の謎というか混沌スポットに、「愛宕」の文字がほぼほぼ消えかけながらもグッと黙して立ち佇んでいる様子には、言い知れぬ凄味すら漂います。


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116_左京区北白川下池田町

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115_左京区北白川下池田町

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114_左京区北白川下別当町

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058_左京区北白川東小倉町

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131_左京区北白川下池田町


131_はかなり微妙かなとは思いつつ、お札入れもあるのは珍しいなと念のため。

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by fdvegi | 2017-08-18 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

岩倉の愛宕灯籠

岩倉といえば実相院。
と相場が決まっていますが、意外と、愛宕灯籠は実相院の周りにはありません。実相院から東側の長谷町に密集しています。

東に長谷八幡宮という神社があるのでの影響かもしれませんが、それよりむしろ、瓢箪崩れ山の山ふところに灯籠がある、という印象が強いです。一乗寺や市原との共通性を感じます。
お札箱も必ずセットされていて、やはり、山に近い→木に近い→林業関係者が多い地域では、愛宕が単なる常夜灯としてだけでなく、より原型に近い、火伏の信仰として息づいていたということでしょうか(静原は林業の郷ではないのだろうか)。

なお、このエリアのお札箱には愛宕灯籠業界でもっとも雄大で優美な飾りがついています。
その威容には、思わず信心というか畏怖の念を抱かずにおれません。そして何より、地域の人々の継続的な営みに頭が下がります。



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133_左京区岩倉長谷町

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030_左京区岩倉長谷町

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031_左京区岩倉長谷町

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033_左京区岩倉中町

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034_左京区岩倉下在地町

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032_左京区岩倉長谷町

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095_左京区岩倉花園町

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096_左京区岩倉花園町

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035_左京区岩倉三宅町

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132_左京区上高野三宅町

最後の132‗は三宅八幡宮の中です。
お札箱がないので岩倉ではなく上高野エリアに入れるべきかとも思います。
あるいは、そもそも愛宕灯籠ではないのかもしれません。
が、この佇まい、境内のいかなる文脈にもなじみません。
だからつい愛宕灯籠であって欲しいなと願いを込めてしまいます。

ただ、この三宅八幡宮自体がもともとは近くにある伊多太神社の摂社だったという説もあり、であれば、ここらの地域全体が伊多太神社の境内だったということになって、それだけ大きな神社であれば別の神社由来の灯籠が境内に置かれることは許さないかなぁ、やっぱり違うのかなぁ、とも思ってみたり。
大人しい顔して謎の多い上高野、元は高野、大昔の小野郷です。

ちなみに、三宅八幡宮の「三」をひっぱり出してきて、「三宮神社」と関連付けるという荒業もできなくはない、のかもしれません。
愛宕灯籠と三宮神社はとかく相性がよいのですが、それはまた別の機会に。


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by fdvegi | 2017-08-17 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

市原・二ノ瀬の愛宕灯篭

市原は、賀茂川を上流へ上流へと上がって行くといつの間にたどり着く、最終的に獲得する距離や高度に比してお得感の高いランニングコースです。
と同時に、
・美人で有名な小野小町の老いた姿が残されていたり、
・クリーンセンター沿いのバイパスから一本地元に入れば(下りれば)、まんま江戸的な景観が残っている
という地味に歴史深い場所でもあって、ここも訪ねてみると面白いです。

さらに、市原には川島織物セルコン社がありまして、一説では、日本の緞帳で大型のもののほとんどはここの工場で作られているそうです。
テキスタイル(織物)の学校も併設していて、スウェーデン人の友人が留学して通っていた、という話を20年位前に聞かせてくれたんですが、その頃は京都に住んでいなかったし織物に興味もなかったしで、本当にさっぱり意味が分かりませんでした。
北欧から左京区の山の中へ織物留学に来るわけですから、すごい引力です。

そして、そんな京都が世界に誇る立派な企業である川島セルコンですが、不思議と、京都マラソンなどの京都挙げてのイベントにスポンサーとして入っているイメージがありません。だいたいいつも京セラや島津やワコールです。
街ではなく鄙・市原にある技術集団としての矜持のようなものを、そんなところに感じます。

ここでもお札箱が必ずあります。
そして箱には立派な装飾もなされていて、その点、岩倉に通じています。


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042_左京区静市市原町

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043_左京区静市市原町

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044_左京区静市市原町

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045_左京区静市市原町

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046_左京区静市市原町

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093_左京区静市野中町

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094_左京区鞍馬二ノ瀬町

045_が灯籠かといわれると微妙というか、これが何なのか正直よくわかりません。でも「愛宕」ではあるし、何より、その迫力が圧倒的です。

094_は非常に貴重な木製の灯籠です。二ノ瀬駅前。ここでしか見たことがありません。きっと昔は他にもあったんでしょうが、石灯籠に比べて壊れやすく残らなかったのでしょう。



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by fdvegi | 2017-08-16 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

静原の愛宕灯籠

八瀬と同じく、静原もエリアが非常に限定しやすく、かつ総数が判明しています。9基。
ただし、ここは詳細な場所もしっかりわかってしまっているので、お好きな方はまずは静原の里マップも、ぼくの見取り図も使わずに探し始めるのがいいと思います。
古風な町並みは驚くほど手付かずな感じで、ある意味、有名な美山よりもはるかに「千と千尋」的、タイムスリッパブルな空間です。町歩きだけでもかなり楽しめるし、道に迷ってもそうそう広くはないので、導入に好適です。

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020_左京区静市静原町

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021_左京区静市静原町

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022_左京区静市静原町

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023_左京区静市静原町

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024_左京区静市静原町

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025_左京区静市静原町

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026_左京区静市静原町

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027_左京区静市静原町

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028_左京区静市静原町

というわけで、住所はすべて同じでしたね。
山に沿った集落なので、お札箱がないのが個人的には意外な感じです。
しかし、逆にお札箱がないこと起点に考えると、集落の雰囲気が、一乗寺や八瀬や市原や岩倉とは一線を画してモダンな感じに思えてきます。
ぜひ、目視確認、体感してみていただきたい。

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by fdvegi | 2017-08-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

八瀬の愛宕灯籠

八瀬です。
一乗寺に続いてここもランニングのコースで、今日は調子がいい、という時に一乗寺から上高野を抜けてここまでやって来ます。農道をかねる八瀬天満宮の参道は、お日様のスポットライトを浴びながらまっすぐに山に迫っていく感じが一種荘厳で、気持ち良いです。
平日に走りに行くと、近所の保育園児が散歩に来ていて、石段をよちよち登ったりしています。白いトレーナーは地域のテーマカラーでしょうか。
灯籠については、八瀬の集落全体で8基あるということが本に書いてあって、宝探しゲーム的には、そういう風に限定しやすいエリアで総数が示されている状態が一番楽しいです。全部で3回通いました。
そして、ここもまたお札箱が必ずセットで立っています。



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018_左京区八瀬秋元町

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017_左京区八瀬近衛町

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016_左京区八瀬近衛町

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019_左京区八瀬秋元町

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039_左京区八瀬近衛町

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040_左京区八瀬秋元町

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099_左京区八瀬秋元町

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098_左京区八瀬近衛町

ちなみに、写真の下の通し番号の順番がバラバラなことには何の意味もないです。

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by fdvegi | 2017-08-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

一乗寺の愛宕灯籠

一乗寺は山ふところという言葉そのままのような場所です。
毎週のランニングコースですが、灯籠探しを始めたことで、いかに古い町並みの残る場所かということがわかりました。石垣、白壁、黒い塀。あまりも普通すぎて気が付きませんでした。貴重なんですね。静かでいいところです。

灯籠もまだまだ眠っていそうだし、どんどん見つけ出したいところなのですが、いざ走りだすと脇目を振る余裕がありません。なかなかの葛藤です。
ちなみに、修学院エリアと隣り合ってはいますが、このエリアの灯籠には必ずお札を納める箱がセットされています。音羽川という環境的な分岐線に加えて、このお札箱の有無を、エリアを分ける目印にしています。

この「お札を納める箱」について、佛教大学の教授で「京都愛宕研究会」の会長の八木透という人が解説をしています。
近世以降、村々では愛宕講を組織して愛宕へ代参月参りを行ないました。代参者は祈祷済みの護符と樒を受けて帰村すると、まず村の氏神境内の愛宕社や愛宕灯籠などへ護符を納め、村全戸へ護符と樒を配ります。愛宕の護符は、家々では竈神である三宝荒神や台所の柱や壁に貼り、樒は竈の上などに置いて火難除けを願いました。
とのこと。要するに、
・愛宕山へのお参りは個人で行くのではなくコミュニティを代表して行く
・お参りに行ったら、行った人は一枚だけではなく大量のお札をもらって帰る
・コミュニティに戻ると、まず灯籠の箱にお札を納め、そして村中の人々にお札を配る
という事で、この箱の有無とコミュニティのあり方には連関があると思っていいのでしょう。

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004_左京区一乗寺門口町

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003_左京区一乗寺稲荷町

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100_左京区一乗寺稲荷町

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041_左京区一乗寺葉山町

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101_左京区一乗寺葉山町

101_は灯籠なきお札箱です。
全景を撮れていませんが、ここは石段の上で石段には階段も備えられています。つまり、人の出入り・立ち入りが想定されているわけで、元々は灯籠もあったのではなかろうかと推測しています。他の灯籠とお札箱のセットと同じように、左にお札箱、右に灯籠という風に。
であれば、今は葉山馬頭観音の石柱になっているその場所に、元は灯籠があったのでは、と思いは巡ります。(何の関係もない木箱だという恐れもあります)

それと、004_も100_も041_も「愛宕」の文字を確認することはできません。ただ、状況的に(?)愛宕灯籠と思わずにおれません。
そういうわけで、「愛宕」があってはじめて愛宕灯籠、とする説もある中で、ぼくとしては、それにこだわりすぎるのはどうかと思っています。長らく実用に供している内に建て替えが必要になって、その時に何らかの理由で「愛宕」」を彫らなかっただけではないのかな、と。節約かな。
・長らく実際に使っていたからいたみが激しいし、
・実際に使うからこそ僅かないたみでも安全重視で建て替えに至った
ということではないでしょうか。


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by fdvegi | 2017-08-13 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

上高野・修学院の愛宕灯籠

最初に灯籠の存在に気がついた記念として、001_のある上高野・修学院を最初に紹介したいと思います。
毎週のランニングコースでもあり、一時期、地域の歴史的なことを必死になって調べてもいました。遣隋使で有名な小野妹子の息子の毛人(えみし)の墓もこのエリアにあって、その墓碑から眺める里の風景には、平成の世にあってなお平安以前の古の趣きが漂います。

そんなある日、道の角で不意にこの灯籠に目が留まりました。
大権現? 大権現って誰? どこ? 愛宕? 愛宕って愛宕神社の愛宕? それって嵐山の方やろ。
と、ずいぶんと混乱したのを覚えています。
というのも、ここは叡山電鉄三宅八幡駅のすぐ近く、つまり左京区で、比叡山の目の前というか、ほぼほぼ比叡山のテリトリーです。
そんな場所に遥か西方の愛宕山の名前があるわけですから、ほんとに不思議です。


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001_左京区上高野木ノ下町

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006_左京区上高野植ノ町

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002_左京区修学院仏者町

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005_左京区上高野水車町

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007_左京区山端川端町

007_は、ちゃんと撮れていませんが、左側の壁は地域の自衛消防団の建物です。そして奥は川。そう、
・川のそば、橋のたもとに愛宕灯籠。
・自衛消防関係に愛宕灯籠。
という位置関係にあります。この時は、上手に使っているな!という感じでしたが、灯籠を追いかけていくにつれ、それがわりと普遍的な構図だということを知りました。特に橋のたもと。
やはり火伏の神だからでしょう。最初に川があって、その水に沿って防火の灯籠を立て、その灯籠に寄り添うように地域の消防施設を作った、という自然と宗教と社会の変遷を追えるロマンが凝縮しています。


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by fdvegi | 2017-08-12 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

愛宕灯籠の旅へ 目次

これまでに見つかっている愛宕灯籠をエリアごとの配置図とあわせてアップしていきます。
アップ済のエリア内にもまだまだ見つけられていない灯籠があるはずで、しかし、本当にあるかないかは不明なところが、また魅力です。
情報提供のほどお願いします。

妙心寺
嵯峨
向日町
長岡京市
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by fdvegi | 2017-08-11 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

愛宕灯籠の旅へ

ここ一月ばかり、愛宕灯籠を追いかけ回していた。
愛宕灯籠というのはその名の通り愛宕神社を祀る灯籠で、たいてい石でできている。
そこここの道ばたに不意に立っていて、特に規則性もないものだから普段あまり気に留まらない。
まさに路傍の石という感じで、亀岡市では「愛宕灯籠 私たちの身近にある石造物を訪ねて」という本をまとめたりもしている。

愛宕の読みはアタゴで、京都市右京区にある愛宕山と、その愛宕山にある愛宕神社を意味している。
愛宕神社は防火の神様で、京都を中心に「阿多古祀符 火迺要慎」と書かれたお札が台所に貼ってある様子は、“関西あるある”とか“台所あるある”の領域に近く、意味や由来は知らないけど気がつくと昔からあった、というくらい馴染みが深い。

そういうわけで、愛宕灯籠も基本的には防火の祈りを込めて建てられている。
分社とか摂社とか小ぶりな祠のたぐいとか、その手のものよりさらに手ごろな “わが町の愛宕”ということになる。

灯籠なので当然、火を灯す。(a) 一つ小さな火を灯すたびに、手に負えない大きな火、つまり火災への戒めを思い出すということだろう。(b) 実際、上記のお札を納める箱が隣接されている。

と同時に、町の灯りとして集落に穏やかな光をもたらす。そのため、(c) 多くの愛宕灯籠が常夜灯としての役割も果たしていた(一部は現役)。

火をつけたりする役割は村内・町内で持ち回りの当番制で、(d) 結果的にコミュニティの結束を高める装置として機能していただろう。

(e) 愛宕神社への案内板だったという説明がなされている場合もあり、愛宕街道など、実際に神社への途上ではそういう役割も負っていたのだと思う。

以上、灯籠には(a)~(e)の5つの機能があったと思われる。時代や地域によって、その組合せや役割を変えて、そこに立ち続けていたのだ、きっと。
最近では(?)、上述した亀岡市以外でも各自治体がちょいちょいと愛宕灯籠や「愛宕常夜灯」に言及していて、行政による扱い方の様子を追いかけるのも、それはそれでわりと面白い。

静原の里マップ(左京区)
文化遺産を探す(和束町)
高槻まちかど遺産(大阪府高槻市)

行政ではなく市井の人々にも、愛宕灯籠を愛宕灯籠として熱心に追いかけたり、あるいは、お地蔵さんや道しるべと一緒に歴史的なものの一つとして取り扱ったり、はたまた、散歩やサイクリングのついでに写真に収めたりする人がたくさんいて、すごい。
その情報量たるやすさまじく、確かにそこに存在していることの確認や写真で姿を見ることだけならば、そういう人たちのブログだけでほとんどカバーできてしまうかもしれない。

その中にあって、ぼくは3つのことをしたかった(現在進行形)。
・宝探し感を楽しむ(ドラゴンボール的な、あるいはオリエンテーリング的な)
・全愛宕灯籠を一つの平面上にマッピングする
・愛宕勢力圏を割出しつつ、勢力圏のでき方、文化・情報の伝わり方を見出す
(と言いながら、創建年月や設置者を記録していない。読めないのだ。これは追々大いなる課題になるんだろうな)

行政情報や一般の人たちによるブログ情報は極めて有力ながら、それでもやっぱり自分で行って探して見つけることの面白さや気持ちの良さは格別だ。灯籠をひとつ見つけるたびに本当にうれしい。
それは基本的には保証のない出会いであり、己の感覚・嗅覚の勝利でもある。そして、一つの発見するたびに、同時に、次の灯籠がふっと気配を表すような気がしてくる。なので、同じエリアへ何度も足を運んでは、次の灯籠、次の灯籠と追いかけて、本当に見つけたり(嗅覚の勝利!)。あるいは、別のエリアに思いを馳せて、ネット上を物色したり。

それはもう何だか旅するような心地だ。空間をまたぎ、時間を超える旅。
思わず「モーガン・フリーマン 時空を超えて」の名前を思い出し、吹き替えの渋いナレーションが頭の中で流れ出す。
科学って、歴史って、知見をもたらすだけのものじゃない。トランスとリフレッシュ、すなわち冒険、遠い旅。
そんな気持ちにしびれてくる。
楽しい!

以下、ぼくが実際に見つけた灯籠たちを順不同でアップしていきたい。
まだまだ見つけられていないものがあると思うので、ご存知の方にはぜひ情報提供をお願いしたい。




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by fdvegi | 2017-08-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)