夏休み

「血の絆」という映画を見に行ってきた。

タイトルは古いけど実は完成は昨年2月あたりで、製作に14年もかかったらしい。
14年は長い。いくら何でも賞味期限というものがあるだろう。

うち7年は資金不足で中断していたそうだけど、7年だってじゅうぶんに長い。
最後は文化庁に応援してもらったって言ってた。
日本-ミャンマー合作映画で、ミャンマー政府が撮影を公認した世界初の映画らしい。
ミャンマー軍事政府はどういうたくらみだったんだろう。

舞台の9割がたがミャンマーなのもあるけど、それにしたって、
現代的な日本の価値観がほとんどまったく投影されていないところがすごい。
設定は一応60年代末か70年代なんだけど、
日本での舞台は旧家の中だけで、そのせいか主人公の化粧も服装もやたらダサく、
そして大学院1年でビルマ語をほぼ完全にマスターしているところには無理がある(たぶん)。
語学をかじって打ちひしがれたことのある者にとっては、非常に感情移入は難しい。

妻を早くに亡くした日本兵が出征中にミャンマー人と結婚して子どもができ、
だけど終戦を機に帰ってきて死んでしまい、
十数年後、その日本兵の日本人の子どもが、異母弟であるその子をミャンマーまで探しに行く。
という重いといえば重く、シンプルといえばシンプルなストーリーだった。

201分。
率直に言って長い。

それもこれも、この映画が“ミャンマーの映画”ではなくて、“戦争と戦後の映画”であることの現われだし、目的だし、任務だったんだろう。
会場は観光バスでやってきた戦友会の老人団体で溢れ返っていた。
「119部隊の○○様」なんていうアナウンスはそうそう聞けるものではない。
戦争で実際にビルマに行っていた人々に違いない。
隣に座ったおばあさんは何度も涙を拭っていた。

戦争中に父親が日本語の先生をしていたというミャンマー人のおっさんがベラベラと日本語り出して驚いたことがあって、あぁ、そうかそういえば、と戦争という側面も知らないことはなかったけど、それにしたって“ロンジーといい人たち”のイメージが大半だったぼくにしてみれば、なかなか激しい現実だった。

とはいえ、厳しい戦争、きつい自然、むちゃな作戦、への怨み節はあっても、
ミャンマーの人に対してはあくまでも愛情と信頼に満ち溢れている映画なことは確かで、
そんなの深いところを知らない人の幻想かも知れないし、間違ったところもあるんだろうけれど、
それでも、そういったミャンマーの人たちにやたらと既視感を覚えて仕方ないのも、これまた事実なのでした。
結局大切なのはそういうことさ、などとも思いました。

その他、ロンジー姿の女の人は美しく、観光案内さながらのパガン案内もすばらしかった。
エーヤワディー川の流れは恒久です。
ミャンマーを愛したい人にはおすすめできる映画です。

ラストシーンはみえみえのステレオタイプですが、それでもなお胸が熱くなりました。
あぁ、ミャンマー。

行きてー。
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# by fdvegi | 2005-07-04 00:30 | 京都在住 | Comments(4)

模様替え

来るまではやたらと気になってたんだけど、
気がつくと過ぎ去っていた夏至。

英語教室を終えて建物から出る午後7時、
暗くはないけど空はどこか奇妙に陰影深くって、
2階・3階で灯っている看板をやけにくっきりと縁取っている。

そういう空を見るたびに「夏至はいつだ」「もう来たっけ」と
瞬発的な疑問にかられたけど、
そうか、もう来てたのか。
ちょうど先週だったのか。

明日から見上げる空は徐々に暗みを増していくし、
あんまり気にしてなかったけど、今日の日照時間は確実に昨日よりも短かったわけか。

夏は暑いのにね。
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# by fdvegi | 2005-06-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

バトンというとチアか

逆転ビッグ・ノウズという馬鹿っぽいCDを昔何となく買って、当時から絶対すぐにいなくなると思っていたら、実はそのバンドが今もインディーズとしてやっていることが、友人のカミングアウトにより判明して驚いております。
「いーつまでーも微笑んで。赤いー花のーようにー。はーるをつーげにやってきて。小さな赤いーはーなー♪」は、しかし、いい曲だったと思う。

というわけで、渡す相手がいないんですが、ウラピチのkororaさんが渡してくれているようなので勝手に受け取りました。fdvegiです。

1 コンピューターに入っているファイルの容量
ゼロです。職場なもんで。

2 今聞いている曲


3 最後に買ったCD
ハシケンの「青い月」をこないだのライブで買いました。

4 よく聴く、または特別な思い入れのある5曲 タイトル 歌手 備考
○Thank you ・ Dido
ストックホルムにいる頃やたら流れてて、ブラティスラヴァではダンスミュージック化していて驚いた。ずっとディドだと思ってたらダイドだったことが最近判明。

○旅的途上 ・ 川島英吾
「人恋しさに飲んだ酒がなお人恋しくさせる~♪」があまりにも切ない。

○My way ・ Def Tech
4月の下旬ひたすら聞いていた。とりあえず元気なる。ただし今聞くと逆にちょっと切ない。

○いつかすてきな旅 ・ 白鳥英美子
「ポケットに憧れをいっぱいつめて出かけよう~♪」にだいぶ人生変えられた。手紙はたくさん書きました。

○真昼の月 ・ 溝口肇
歌じゃないけど。世界の車窓からで使われていた。広々とした土地に一本走る線路を電車が疾走していく姿によく合います。テーマ曲は駅って感じ。

5 バトンを渡す5名
友だちいません。誰か善意で持って行って下さい。
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# by fdvegi | 2005-06-22 00:30 | 京都在住 | Comments(2)

しない理由がなくなったからする

お見合いを。


そりゃ一晩で白髪三千帖にもなるというもんです。
こんなにがっかりさせられるとは。
悪い夢だ。
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# by fdvegi | 2005-06-21 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

ベッドに落下

最近の寝入る時と目が覚める時の感じ。

(ド)スン!と全身にくる。

体重増が影響してるのか。
それとも腹筋と背筋の衰えか。

グーっと重しが来る感じなんだけど、これがけっこう気持ちいい。

イタ気持ちいい、にある意味似てる、疲れ気持ちいい。
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# by fdvegi | 2005-06-17 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

活造り

アレックス先生のdon’t はどうしてもドイントに聞こえて仕方がない。
それ以外にも、え、という瞬間が間々あって、
オージー・イングリッシュってそういうものなんだろうか。

デイがダイになるっていうのは聞いたことあるけど、とにかく困る。

しかも先日、トフルのクラスを受け持ちながら、
よくわからん、英語の勉強なんてしたことない、
文法ならきっとあなたに負ける、と脅威のカミングアウトをし、
この事実(の漏洩)で困るのはむしろ会社で、だけど悪いのも会社だろうな、
と思うと、というか、思ったところで、
ぼくとしては単に定期的な英語な時間が欲しいだけなので、
逆に、誰も生徒のいないその状況に満足している。

それに、
「そう。これが正解。じゃ、これがcorrectである理由は?」
「これが一番correctっぽく聞こえるから」
「そう!大正解!」
という会話は大変好みに合っていて良い。

そんな彼女だが、実は本国では刑事専門の弁護士で、京都へは息抜きで来ているそうだ。

こないだは自転車で走っている時ホイールにハトを巻き込み、自分は川に落ちたらしい。
Algaeまみれなった、と彼女が言ってはじめて、ぼくは藻という単語を覚えました。
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# by fdvegi | 2005-06-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

ビート

能を見に行ってきた。

能の音には魅力というか魔力というか、
味の濃い豆腐のような色んなものがのたうって満ち満ちていて、
目を閉じて聞いていると、ジョジョの奇妙な冒険ばりの、
やけに色っぽい指を4・5本こめかみ辺りに突っ込まれ、
そのまま頭蓋骨か脳みそをぐらぐら揺らされるような、そういう感じがしてきます。

声なんです声、人の声。

これまで舞台の横からしか見たことなかったんでわからなかったけど、
能って舞台の端と端で演じることが間々あるようで、
(端っこがやたらと込み合って、真ん中がすっぽり空いている)
その時舞台の真ん中にあるのが大鼓と小鼓という打楽器と、
それを打ちつつ、歌うのではなく唸り声を上げる不動の二人組なわで、
これって絶対何かを端的にあらわしてる!
と、そう思ってぶるぶるしました。

かつ、歌担当の人たちも8人か10人がかりで舞台端に控えていて、
和音に聞こえてくる不協和音(?)な高温の声と、低音コーラスの組み合わせです。

絶妙。

観世会館というところは圧倒的に年寄りが多いにもかかわらず何故かとても寒いです。
そして、S席やA席よりも、舞台正面の2階席(B席)こそが特等席に違いないです。
老婆心ながら。
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# by fdvegi | 2005-06-13 00:30 | Comments(0)

ララライブル

ライブに行ってきた。
ライフログにもあるHasiken
烏丸の地下にある、照明の安っぽい、
金持ちのリビングルームの方が広いんではないか、という会場。
それでもぎゅうぎゅう満杯になっていて、
聞くところによると京都ではけっこう人気があるらしい。
大阪では全然なんですと。

そんなことを隣り合わせた人と話していると、
その人がふと会釈して通り過ぎていく人と挨拶を交わしたので、
知り合いでも来たのかな、こういうところって知り合いだらけだろうしな、
と思って見るとどこかで見覚えのある顔で、
誰だったかなーと考えているうちに、何のことはない、
それがHasikenその人だった。

一事が万事そういう感じで、アンコールは2回で4曲くらいあったし、
非常にアットホームな、手作り感溢れるステージというか、楽しい時間だった。

ちゃんとした会場には行ったことはないが、
大学の一室での経験を引っ張り出してきて想像するに、
“連れのバンドがやるライブ”に通ずるところがあるんだろう。

スウェーデンにいる頃、ちょっと聞く分には日本語なのかもよくわからん
だけどパワフルで鬼気迫るその歌を、酔っ払ってみんなで真似て、
サウナの外で叫びまくったのを思い出す。

乾いているわりによく伸びる気持ちのいい声なんだけど、
CDで聞くよりもなお、その声が乾いている感じなのに驚いた。
水飴がのびーる感じが、そういえば最初の頃のCDにはあったけど、
最近はないな、などと素人耳に思ったりもする。

演奏後、Hasikenはまだちょっと緊張しているファンたちに丁寧にサインをし、
その間、ベテランファンたちはじゃれあいながら、
久しぶりにくにに帰ってきた友人の体が空くのを待っているかのようだった。
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# by fdvegi | 2005-06-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

リービ英雄の「千々にくだけて」という本を読んでとても面白かった

9.11テロをモデルにしたり、それに触れた少説というのは、あれから何年か経っているのにそういえばあんまり聞いたことがなくて(「博士の愛した数式」のルート少年の誕生日は思わせぶりも思えた9.11だったが)、いわゆる評論やらルポルタージュの類に多くの関心が移っていったわけだから、島田雅彦だったか誰かが直後にどこかで言っていた、「小説はテロに勝てるのか」みたいな疑問には見事に答えが出ていたってことなのかもしれない。

そういう点で、この「千々にくだけて」は見事に一矢報いた例だと思う。
説明するか・しないか、させてあげるか・させないか、理解するか・そのポーズをとるか、とかそういったことが懇々と説いてあって、かつ評論とかルポルタージュと決定的に(?)違って、極めて個人的な問題にまでぎゅっと引き寄せてある。

こういう個人の一矢の集積が、つまりは勝ちってことだとも思う。

ところで、この本を読んでいる間は、とにかく色んなことを思い出した。

ミャンマーのことや、旅先で知り合ったどの国でも中華料理しか食べないという日本人のことや、スウェーデンのKlas Ostergrenという人の短編集や、9.11のまさにその時自分が友達の家でほとんど半裸で馬鹿な遊びをしていたことや、旅行中イスタンブルの若者が戦争だ戦争だ!と何か知らんが怒って息巻いていたことや、母のことや、何やらかんやらとにかくほとんど全てとも思えてしまうくらい多くのことが、順不同で、どれも揃って真剣な面持ちで思い出されたことが不思議で、心地よかった。

曖昧でぼやーんとした疑問というか不安というか不消化というかは、たぶん誰でも持っていたり、かつて持っていたことがあったと思うんだけど、ぼくもその例外ではなくて、上に挙げた頃から今の今までばっちり続いているその気分の放浪とでもいうべき感覚を、9.11テロは世界や国家全体に押し付けたんだという気がしている。

で、それが目に付いて仕方ないわけだけど、じゃあそればっかりかというと、実はちゃんと(?)各個々人にもそれを植え付けたり、あるいは元々あったそれを濃くしたりしたんではなかろうか。

だから、ようやく今になって出てきた“9.11小説”(こんな言い方はしたくないけれど)が、9.11以前の各個人の危機を、国家や社会の危機に覆われて見えなくなってしまっていたそれを、改めて掘り起こしてきて(くれて?)、それで、こんな風に感心させられるじゃないかしら、と思う。

そういうのって、いわゆる名作とか普遍的とかって言うんじゃなかろうか。というより、重要な一作なんじゃなかろうか。
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# by fdvegi | 2005-06-07 00:30 | 本を読んでみた | Comments(0)

冷やしあめ

往年のアイドル涼子さんが八戸に帰ってしまっているらしい。
先日、友人が遊びに来て、二人揃って涼子ファンを自任しているものだから、
ついつい勢いづいてその事実にたどり着いた。
悲しい熱っぽさだった。

何年か前には東京で働くところを目撃されているだけに、
考えてみると29才になっている彼女の帰郷はいかにも不穏で、
誰か続報と真相を伝えて欲しい。

ところで、その友人とは実に実に久しぶりの再会で、
ウズベキスタンまでたどり着いた本格的な旅狂いの彼に
自分の東欧旅行の写真さえ見せていなかったことには驚いた。

さっそく東欧とミャンマーのアルバムを引っぱり出したのだが、
「若いな!」と指摘され、23の頃の自分の、
腑抜けて底の浅い笑顔ぶりに改めて気がつき、何だかほのぼのとしてしまった。
見比べたことがなかっただけに、ミャンマーにいる去年の、
切ないような安らぎ感とはえらく対照的なのが、おかしい。

あの頃はあの頃で、東欧を一人で放浪する自分がとても渋く思えていたんだけど。

背後のアドリア海と空の途方もない青は白っぽくしか再現されておらず、
ポーランドの女子高生たちの、あの生々しくなまめかしい白さの中では浮いている。

これは別にそれほどショックでもなかったが、
当時とってもキュートだった曽我ちゃんも、今は豊中で妊娠していると聞いた。

ある友人はつわりがひどく点滴暮らしで、他方、またある友人は心療内科に通い始めた。

友人は相変わらずテロテロ生きているものの、
いかにもな劇団内紛をさかいに芝居をやめ、今は輪島に行こうかなどと言っている。

ぼくはきっと今夜も能力と適性というものについて考える。
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# by fdvegi | 2005-06-01 00:30 | 京都在住 | Comments(0)