親贈りの儀

うちの保育園は保護者会がやたら熱心で、年がら年中、何かしらの集まりが開かれている。
大きいものでは夏祭りがあるし、小さいものではその打合わせや作業会が、それぞれの分科会で営々と行われている。
卒園式すら保護者会の主催か、少なくとも保育園との共催のようである。
そして当たり前のように、親同士が積極的に仲良くなることを奨励しているし、実際、仲がよさそうな小集団がたくさんある。
入園したての頃、ひどく面食らったのをよく覚えている。

親同士が仲良くなることは子どもにとって・保育にとっていいことだ、という強い信念がある。
これは本当に信念のようで、底意地が悪いぼくは過去、夏ごろに開かれた保護者会の集会の場で

親同士が仲良くなることが子どもにとってもいい、というのは感覚的にわかるが、実証的なデータというか、それを裏付けるような研究結果があるのでしょうか?(←保護者の参加が熱心な保育園とそうでない保育園の卒園児を長年にわたって追跡調査し、その後の人間的な成長や社会的な成功等を比較する、みたいな研究があるわけない、という大前提で)

という質問をしたことがある。
保護者会への参加と保護者会としての業務負担はぶっちゃけた話、義務でもあって、共働きで忙しいから子ども預けているのに、その預け先で用務を増やすなんて本末転倒としか思えない。
実際、とても疲れたり消耗したりする。
それをあえてやるというのなら、それなりの根拠がほしい。

ところが答えは、何のてらいもなく「知らない」というものだった。でもやる。
そして、「実際のところ楽しいし」とかいうおちゃらけたとしか思えないコメントで流されてしまった。ガーン。
別に徹底的に嫌というわけじゃない。
ただ、真顔の正義面で正当性を語られるのが嫌なのだ。
なので、最後を「楽しいし」という気持ちの表現や感想で終えられたのは、不肖化ではあったけど、ぼくにとってはぎりぎりの線で正解だったと思う。

そんな保護者会と、つかず離れずやってきた。
で、昨夜、初めての父親飲み会に行ってきた。
何の大義名分もない、ただ、保育園の同じクラスの父親たちだけで飲み会をやろう、という趣旨の集まり。
内心、strava友だちかPolar友だちを見つけたっかったのだけど、結局、それは見つけられなかった。
3人の担任の先生も参加していて、夜中の12時まで楽しく飲めた。

で翌朝。
娘に飲み会の写真を見せたところ、「○○ちゃんのお父さん!」と一番仲良しの子の父親に目を輝かせ、さらに背後に写っている数人についても「○○ちゃんのお父さん」「○○君のお父さん」「○○先生!」と、それはもう活き活きと、興奮と喜びに打ち震えているかのようだった。

その様子を見て、ぼくはすぅっと合点がいった。
あぁ、親同士が仲良くなることは子どもにとって非常にいいことだ、と。
正直うまく説明できないというか、もしそれがそれだとして、ではそれのどこがいいことなのか、はよくわからない。
でも感覚として直観として、それは子どもにっていいことなんだ、と思えた。

子どもにとって、世界は大まかに二つに分かれていて、それは「子どもらの世界」と「大人との世界」だと思う。
子どもらの世界では、子と子が遊ぶ。
「遊ぶ」というか、保育園児くらいの子どもらにとって、「遊ぶ」は「生きる」とか「存在する」とか、非常に根本的な概念になっていると思う。
「お父さん、遊ぼう」というとき、娘は父と遊戯をしたり楽しく過ごすということより「お父さんと存在する」「世界をお父さんを含めたものとする」ことを選んだような感じがする。

子と子の遊びの中で、それぞれの家族や親に言及することもあるだろう。
自分の好きな存在(親)を共有しようとする、価値交換とか価値の贈与の意味合いがあるのも知れない。
しかし、好きなものがなまじ親であるばかりに、単純にきれいな石とかおもちゃとか「価値のあるもの」にはなり切れない。
親と子である時点で他人同士の子と子と関係より強固なので、子と子との関係にくさびを打ってしまうのだ。

(子ー子) :子ども同士
  ↓
(子ー{子)=親} :片方の子どもが親に言及 
{親=(子}ー{子)=親} :両方の親が子どもに言及

今言って初めて思ったけど、4歳児同士の会話の中で、片方が親に言及したとき、もう片方も親に言及するかどうか慎重に調べてみてもらいたい。
上の適当な図によれば、両方の子どもが親に言及すると、子と子と間のくさびがより強く(多く)なってしまう。
自然発生的に賢明というか社交という生きる知恵を先天的に身につけているはずの子という生き物は、片方が親に言及しているときは、自分は親への言及を控える、という行動をとってはいないだろうか。
じつに興味深い。

それがである。
親と親につながりが生じ、そのつながりを子と子が認識すれば、親という子にとって「かなり高い価値のあるもの」の交換が可能になる。
「かなり高い価値のあるもの」の交換を通じて、子と子はより一層の強固で緊密な関係を築けるだろう。
つまり友情を結ぶことになるのではなかろうか。

友情を結ぶことの成長や成功における価値がそもそもわかっていないので、「だから有価値だ!」と断言することができないのは残念だけど、けれどやはりそう思う。
なんとなく確信している。

また、子と子の関係だけではなく、子と先生の関係でも、そこに親が含まれ、子と先生と親が循環するような環境になれば、子は一層先生に強く求めることができるかもしれないし、一層いろいろなものを表現できるようになるかもしれない。
それはいいことだと思う。

それに、親と親や、親と先生が知り合いまくることで、一種のバーチャルな大家族的コミュニティ、村落的コミュニティになるのかもしれない。
それがいいか悪いかは、特に昨今、個人の好みによるところが大だとは思うけど、一般に、非行に走りにくいとか、そういう効果はあるやに思われる。

そういうわけだ。
やってみて初めてわかった。
子どもの成長というのは、子らの場所で子らに任せるより、親たちもいろんな時間と場所を使ってみるといい。
と、真顔の正義面で正当性を語りたい。



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# by fdvegi | 2017-07-02 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

空なんて

小林麻央さんが亡くなった。
例のごとく、実際にそうなるまではすっかり忘れていた。
お昼に知って、思いがけないくらいショックを受けた自分がいて、思わず戸惑ってしまうほどだった。

それにしても、なんだかよくわからないけど自分が舞台で空を飛べばお母さんは何とかなるんじゃないか、少なくともそれまでは今のままいてくれるだろうって、4歳の長男がもしそう信じていたとしたら、彼の喪失は、後々きれいごとに昇華できないくらいに深いんじゃなかろうか。

歌舞伎、続けられるかな。
海老蔵さんにそれができたとして、そういうことをバネにできたとして、4歳児に同じことができるだろうか。

俺なら無理だな。
地獄に向かってしまいそうだ。


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# by fdvegi | 2017-06-23 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

真昼の逢瀬

職場のお昼休みに走っている。
今出川から丸太町まで行って戻ってくる。
その間の逢瀬。

大きな通りからほんの少し入っただけなのに、大きな通りからまったく目に入らない位置に小さな社がある。
小さな鳥居もあって「弁財天女」と掲げられている。
そして、社の傍らには、屋根の下に小さなお地蔵さんがギュウギュウに並べられている。
ちょっと驚くような眺めだけど、この辺では別に飛びあがるほど奇異というわけでもない。
きっとこの目の前で地蔵盆が行われるんだろう、と自動的に思う。

繰り返しだが、その一隅は大きな通りからはほぼほぼまったく目に入らない。
にもかかわらずそんなところに行き当たったのは、知らない道や細い道に入っては道に迷うのを楽しむのが善だと・妙味だと信じているからなのだが、いかんせん、行き止まりには閉口する。
「道に迷う」のは全然よくても、「行き止まりから引き返す」のはどういうわけかロス感がやたら強い。

しかも限りある昼休みということもあって、ロスを取り戻そうとムキになって走った。
ムキになって走ると軽くトランスな感じになる。
軽いトランスの中で、ふと、「弁財天女」だったな、普通「弁財天」だけじゃないかな、どうだったかな、という思いが走る。
「女」感がぐっと強まる。

そして、ポコポコ林立蝟集した地蔵たちがフラッシュバックする。
小粒な男たちがよってたかって女にすがり、女はそれをどんと構えて包み込む。
何だかそんなイメージが浮かんだ。
んー。いいじゃないか。
何と言っても弁財天だし、金運も上げて、男を上げるに違いない。
むむむー。いいじゃないですか。

再々しつこいようだが、大きな通りからはほぼまったく目に入らないのだ。
にもかかわらず、ふらふらと呼び寄せられたこの引き。引きの強さ。
これはもう仕方ない。
会いに行かなきゃ仕方ない。

というわけで、従来3kmちょいのお気楽ランニングだったのが、以来、山越え谷越え4.5km、お昼の逢瀬に赴いている。
さすがに疲れる。
が、とにかくこの場所は妻にも内緒にしておこう。
弁財天は嫉妬が強いっていうからな。
いやいや、弁財天女だ。
ふふふ。



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# by fdvegi | 2017-06-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

とてもいい暮らし

健康元年を始めて早いもので半年を迎えようとしている。
導入順に列記していくと
・飲酒制限(1月1日)
・青汁(1月上旬)
・クルミ(1月上旬)
・キウイ(1月上旬)
・梅肉ペースト錠(1月中旬)
・ロングブレス体操(2月下旬)
・アマニ油(3月中旬)
・米麹の甘酒(5月下旬)
ということになる。亜鉛のサプリとカリウムのサプリはかなり前から続けている。
そして、青汁、梅肉ペースト、アマニ油は既にやめた。

青汁はよさも悪さもイマイチ何も感じられず、3か月続けてから止めたけどそれでも何も変わっていない。だから多分意味がなかった。
抗菌作用が強いゴボウ入りが売りだったのに、風邪はしっかりひいたし。

梅肉ペーストも効果の実感が難しい。
クエン酸がいいのかな。すっぱいものは疲労回復にいいというし。
しかし、そもそも週に4日は弁当に梅干しを入れて持って行っているので、そこに「梅干の凝縮」を追加する必要がなかったのだと思う。

アマニ油はお肌への効果が素晴らしい(と思った)。しかし、いかんせん管理が難しい。
とにかく酸化が速いようで、黒色の瓶入りはもちろん、生しょうゆスタイルの酸化防止容器のものでさえ、2週間くらいはよくても、だんだんと色や味が変わってきているように思えてくる。
そして、それに伴って、口の周りを中心に肌がピリピリしてくるような気がしてくる。吹き出物が出てくる。気のせいかもしれないし、アマニ油は関係ないのかもしれないけど、そういう気がしてくるのはやはりいけない。
メンタルは重要であって、それを阻害するくらいなら、ということでやめてしまった。
余った油は入浴前に髪に塗って消化している(なかなか減らない)。
それに、アマニ油を特徴づけているオメガ3脂肪酸というのはクルミにも含まれている。クルミには含まれていないものもあるとは思うけど、まぁ、無理をすることもない。

ということで、目下の健康生活を具体的にいうと、お酒をかなり控え、夜な夜なロングブレス体操に励み、クルミ20gをおやつ代わりに職場へ持って行き、毎日1個のキウイを食べ、甘酒を作って朝晩せっせと飲む、ということになる。

走る頻度も少し増やし気味ではあるが、これは足が痛み出したり風邪をひいたりして、いつ何時ガクッと減るか分からないので、健康対策というより、やはり趣味やお楽しみの域で置いておきたい。

お酒は月に2-3回飲んでいる。
まったく飲まないというのはやっぱり息苦しいし難しい。しかし家で一人で飲むことはなくなった。
家飲みは好きだったのに、きっぱり飲まなくなり、それも「飲みたいけど我慢している」というより飲みたい気にならないというのは不思議だ。
たぶん、飲むのは楽しかったけど飲んだ後はやっぱり何かとしんどくて、そのしんどさが嫌なんだろう。

しんどさというのは、肉体的に疲れるとか疲れが取れないとか、いつまでもクラクラするとか胃腸がだるいとかそういうこともあるが、酔っぱらったせいでやるべきことができなかったというのが、結構、精神的にくるのだと思う。

日記を書けなかったとか、テーブルや流しがごちゃごちゃのままだとか(片づけない内に力尽きた)、ごみがやたら増えるとか、翌朝走りに行くつもりが起きられなかったとか、そういう類のことがきっと思った以上にダメなのだ。

「当たり前に・普通にやることになっていることをやらない」というのは、おそらく「やるぞー!」と血道をあげて決めた挑戦の挫折や失敗より、屈服感や不能感が高いのだと思う。
飛べるのに飛ばないよりはいい。と歌った人がいたけれど、なるほど、本当はできるのに自らその能力を消滅させてしまったり、生きているのに酔って転んでケガをして死に近づいたりとか、そういうことは、たぶん生き物としての罪業に類する。
だからしんどいし、嫌なのだ。

そういうわけで、飲酒制限は当初の期待どおりに肝臓や胃腸の調子によい影響を与えている(きっと)と同時に、予想外に、精神衛生上の効能がとても大きい。

さて、お酒を、主に日本酒を飲まなくなって起こった意外な変化が、生魚が全然欲しくなくなったということだ。
前はそれこそ馬鹿みたいに生鮮館やフレスコで安い刺身を買ってそれで酒を飲んでいた。お刺身で白ごはんを食べるのも好きだった。
それが今や、なんか悲しいくらいに興味が湧かない。生魚にしょうゆというイメージだけで塩っ辛い。そして寒い。

なので、たまに飲みに行っても肉や油っけのあるメニューを探している。メニューの最初の方でとりあえず一手を打てたのが、いくらかページをめくって焼いたり揚げたりしたものを探さなくてはいけない。

しかし、長年、火を通していない魚に目を配ってきたものだから、火の通った肉の吟味が難しい。この発見も新しい。
たまに妻と居酒屋風の店に行ったりすると、妻が一向に注文するものを決めなかったり何でもかんでも注文し始めて当惑してしまうのだけど、なるほど、慣れない注文というのは難しいのだなと、実家でアルバムをめくるような作業であった居酒屋でのメニュー探しに戸惑っている自分を意識するにつけ、しみじみとそう思う。この再発見もまた新しく、優しい。

さて、最新の健康取組みが米麹の甘酒だ。
NHKで藤原紀香が発酵ライフという番組をやっていて、今日の料理の後からやるものだから、今日の料理ファンの娘に引きずられて見ていた。
伏木という人の甘酒はなかなか簡単そうなのだけど、何よりも重要だったのは、おそらく甘酒を作っている様子を初めて見られたことだろう。
効能をいくら説明され、分量や作り方をどれだけ丁寧に教えられても、おそらく作らなかった。何となく難しそうだから。
というか、適当に煮てポットに入れるだけ、という様子を見て初めて、簡単そうだということが伝わった。
そしてやってみたら実際に簡単だった。一回目は失敗したけど、失敗した理由と対策を自分で考えられる程度には簡単で改善可能なところも気に入った。
今のところ4回作って3回が飲めるレベルだけれど、その3回とも微妙に味わいが違う。そういうところもまたいい。

そして飲んでみたところ、何ということでしょう、アマニ油よりなおいいんじゃないでしょうか、お肌に。さすが飲む美容液。飲む点滴。
妻によれば腸にも効いているそうだし、ぼくとしては朝に効いている。
始業時点から頭がしっかり動く感じがして、例えばネットサーフィンなどに逃げようという気が起きない。これはいい。続けない理由がない。

23時、甘酒を飲んで妻とロングブレス体操をする。
体操を終えたらキウイを切って食べ、ビタミンを摂る。そして寝る。
先に寝入っている娘を転がして布団の隙間にもぐりこむ。
そういう暮らし。とてもいい。
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# by fdvegi | 2017-06-09 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

寝息とピストル

NHKの「Songs」に竹原ピストルが出ていた。

腰が抜けるほど驚いた。

あの竹原ピストルがNHKの明るいライトに照らされて、誰や彼との違いもなく、一人のスター的に持ち上げられている。

今っぽさを代表する者としてナビゲーター役をしている女優の吉岡里帆さんも、自身が竹原ピストルの歌に励まされた、救われたのだと、真摯そうに話している。

ライブを見た若い(と思われる)人たちが、その高揚した気分を妙に実直な言葉でホワイトボードに書き連ねている。

画面が全体的に火照っている。

それは大昔から竹原ピストルがその身に充満させていた熱だ。

無視され唾棄されもはや嘲笑さえされていたような、ただもがいてあがいて噴き出していたあの熱が、今や伝播し受容され讃えられている。

妻子の寝静まった暗い部屋でぼくはそれを見ていた。

ぼくが初めてその歌に触れたのは、ズームイン朝のエンタメコーナーだったと思う。

ガムテープで顔面をぐるぐるにするという歌詞が、衝撃的であると同時にぐっと心に来たのを覚えている。

キャスターの辛抱治郎さんは、吉田拓郎を彷彿とさせると言っていた。

野狐禅というバンドだった。

爾来十数年、夜中の野狐禅viaイヤホンは、宇治でも東京でもアメリカでもタイでもシステムな拠点でも、ほとんど定期的に訪れるバイオリズムの低下により心身に何らかの欠乏が生じるたび、常に有力に効能を発してぼくをしっかりと奮い立たせてきた。

ここしばらく、そういえば、その歌に触れることがなかったのは、野狐禅が解散したせいなのか、それとも子どもが生まれたり車に乗るようになってのことなのか。

赤子の存在も車の疾走も、思えば、野狐禅の歌にはなじまない。

座してずぶずぶに身を沈めていることが必要なキーであるかのような気もしてくる。

テレビを見ていてもう一つ驚いたのは、竹原ピストルが40歳ということだった。

自分とほぼ完全に同世代だということだった。

歌や名前の世界観から、自分よりもっともっと色濃い昭和の人だと思っていた。

先行く人に奮い立たせてもらっている気でいたのだが、実は同じ時代の君に背中を押してもらっていた。

全然知らなかった。

全然知らなかったけど、思えば、だからこそ、あんなにも心にしみたのかもしれない。

遠くへ行くのに理由なんていらなくて、ただ君にスニーカーをもらったからでよかったし、

ナメクジみたいに君の体を這うことだけでは、何となく、しかしどうしようもなくどうにもできないもどかしさを抱えていた。

そんな竹原ピストルは、テレビの中でぼくの知らない歌ばかりを歌っていた。

野狐禅の歌ではなく、ソロになってからの歌なのだという。

野狐禅であったことは、「そんなこともしてきた」風の歩みや下積みのような扱いで、ほとんど一顧だにさえされていなかった。

それはそれで驚きだったけど、それより衝撃的に驚いたのは、竹原ピストルの歌が若い人への語りかけになっていることだった。

おいそこの若いの、と若い人に語りかけ、雌伏の時に耐える若い人を東京一年生と呼んで、励ましの言葉をかけている。

そんな馬鹿な。

テレビを見て初めて知った元ボクサーという経歴にからめていえば、今まさにもがいて暴れてボロボロになって、しかし恐ろしい目でただ自分のために立ち上がり、ポールに噛みついてでもリングから下りようとしない、そういう人だった。

ぼく(ら)はそれに共感し投影し応援して自分にカンフルを入れていたのではなかったか。

その彼が今は、まるでリングに共に立つ、自分も現役の、しかし老成した老練のトレーナーのようだった。

ふるきずでぼこぼこになって顔かたちの変わった賢人のようだった。

乱暴で凶暴で緻密な詩人からは、少し変わっていた。

冒頭の吉岡里帆さんも、上京時代、東京一年生として励まされたと言っていた。

ぼくはテレビの前でカウント10を聞いている。

カウント9まではいざ知らず、カウント10は自分が数えるものなので、自分は絶対にカウントしない、あきらめないと言っている。

夢という言葉はあきらめた人が発明した言葉だから、自分は死ぬまで夢を語り合ったりはしないと言っていた。

同じだ、何も変わっていない。

絞首刑の処刑台の13段目にはいっそ自分で行ってみせるが、そこで生き続けてやると、自殺者が線路に飛び込むその思い切りを、しかし生きることに使ってやると、そう喚き散らしていた頃と変わっていない。

基本、何も変わっていない。

竹原ピストルは歌っている。

40歳で歌っている。

若い人に向けて歌っている。

ぼくはピストルを聞いている。

同じ時代のピストルを聞いている。

しかし、何なんだろう、妻と娘の寝息が聞こえてきて、隣の部屋のぬくもりがまじりあってくるようだ。

何なんだ。

ぼくはなんとなくわかったような気がする。

詩人はおそらく一つ忘れた。

死を失くした。

クスリが抜けるように死が抜けた。


あぁ。

そうだ。

40歳まで生きるとは、死への誘いを振り切ることなのだ。

四十にして惑うことなく生きるので、四十にして人に伝えることができるのだろう。

これまで伝わるに任せるしかなかった詩人が、遂に伝えることができるようになる。

時代がついてくるって、意外にそういうことなのかもしれない。


それにしても、だとしたらぼくの健康元年の始まりも、あながちおかしな話ではなかったんだな。

孔子にかなう。



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# by fdvegi | 2017-05-20 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

口の中のプラネタリウム

7月3日、空前絶後に足をくじいた。
15kgの娘を抱っこして、階段を下りて石に足を滑らせた。
水平方向の力がほぼゼロで、垂直方向の力が足首にかかったわけで、悶絶した。
一週間休んで、次の一週間走ったらますます痛くなって整形外科に行った。
わかってはいたけど特に何もしてくれない。
安静にしつつ、筋を伸ばすリハビリをせよと。

7月19日、食あたりになった。たぶん。
2週間くらい車の中のクーラーバッグで眠っていた裂きイカをおいしく食べたところ
むかむかしてどうしようもなくなった。

8月13日、手足口病になった。
2-3日前に娘が治ったウイルス性の感染症。
大人の罹患率は10%程度って書いてるのに、まんまと罹患した。
まず手にブツブツが出てきて、足にブツブツが出てきて、熱がふぅっと上がって38度。
最後に口内炎が出てきたと思ったら爆発している。

口中が本当に口内炎。
舌の上も裏も、先も付け根も、歯茎にも、おそらく喉の奥の方にも、当たり前のように上唇にも下唇にも両頬の裏側にものの見事に口内炎ができて花咲いている。
熱を感じる。
痛くてロクに水も飲めない。
言葉も発せない。

内科に行ったら、何となく察しはついていたけど何もしてくれなかった。
10日ほどで自然に治るから、と。

右足首はまだ痛い。
口の中は全盛期的に痛い。
もう何も治る気がしない。
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# by fdvegi | 2016-08-19 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

電話と保険、あとは更新料

長年使っていたAUをやめて、格安スマホに変えた。
なので、ネットでアイフォンを2つ購入した。
3年前に買った車の車検がやってきた。
常々非常に腹立たしい対応をされつつも、結局ディーラーに任せて済ませた。
任意保険はひいひい言って見積もり比較をした挙句、ネット保険に変更した。
ついでにJAFも更新した。
そして住んでいる団地の契約更新がやってくる。
いつもの家賃に更新料を乗っけて払えば済むと思う。
ハンコをいくつか捺いたりはするだろうけど。

どれも非常にありふれた案件で少しも特殊感がない。
だけど、いずれも10万円単位のお金が絡む、何年か先まで続く小さな選択の連続で、なんだかわりと疲れてしまった。

スマホも車も保険もいずれも全然普通かつ必要の範疇なわけで、
小市民が普通に生きているだけでも、ある時どっと先のことを決め、その分だけお金が必要になる時が来る。
カード決済と現金決済が混在し、あのお金とこのお金の支払いが前後したり重なったりする。
いく川の流れは絶えずして量も速さも非常に乱れる。

これを乗り切りつつ生きる。
なんとなく疲れつつ、堅実に生きるというのはこういうことかしらなどと考えたりもして、
家に帰って娘と遊ぶ。
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# by fdvegi | 2016-08-01 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

あのシーンはなんだか知らないが泣ける

高槻児童公園といって、広いわりに人の少ない公園が近所にある。
先日通りかかったら、人だかりができていた。
みんなスマートフォンを心もち高めに構えている。
なるほど、「ポケモンGo」だ。
テレビでは見ていたものの、実物に遭遇すると、なるほど、これはけっこう気持ち悪い。

まず、公園全体が人で埋まるわけではない。
公園内の外縁がやたらと混んで、中心部は空っぽになっている。
(なんで? ポケモンが公園中心部に出るから? それとも単に中心部に出ていくのは恥ずかしいから?)
このコントラストがなんとなく気持ち悪い。

次に、たくさん人がいるのに基本的に全員が電話しか見ていない。
電話しか見ていないわりに、電話に集中的に取り組んでいる、という感じが高くない。
昔、大型家電量販店の近くでダウンロード版のドラゴンクエストをやっている集団を見たことがあって、それはそれで非日常な感じではあった。
けれど、場所が大型家電量販店のすぐ近くで一定のスポットに密集しているのと、手に持っているのがゲーム機で圧倒的に男子の割合が高いのとで、あぁゲーム好きの男子が必死になってゲームをしに来ているのだ、という妙な安心感というか既視感のようなものがあった。

しかし、ポケモンGoは公園だし、男女入り混じっているし、「そこにゲームをしに来ている!」という決然としたものを感じがたい。
何だか、行くあてのない人々が浮遊している感じ。
近未来映画で、若者が新興宗教にはまっていて、ゾンビが集団で動いてて。
その感じが何となく得体が知れなくて気持ち悪い。

屋外で電話を掲げるというと、つい「ジャージの二人」という小説で、畑の真ん中だけ電波が三本立つという有名な(?)シーンを連想してしまう。
あのシーンはなんだか知らないが泣けるのだ。
だから印象深い大事なシーンなのだけど、同じ屋外での電話なのに、今回はずいぶんと様子が異なる。
文字によるフィクションと、生身で見る現実の違いなのかも知れない。

そんなことを言いながら、ぼくはぼくで家のWi-fi環境で夜な夜なGodusというゲームに夢中になっている。
神になって人を導いている。
うむ、我ながら気持ち悪い。
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# by fdvegi | 2016-07-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

子どもに何をしてやれるのか

3連休の間、東子は恐らく非常にハッピーに過ごした。
父と自転車でお出かけし、グランマに会いに行ってお泊りし、和邇公園で遊具を一人占めして、川に入って足を濡らし、ご飯をたくさん食べた。
母と図書館へ本の返却に行き、散歩がてらパンを買い、たっぷり眠って、牧場でミルクアイスを食べ、また父と自転車で買い物に行った。
この休みの間は、意識して写真をたくさん撮るようにした。
好天にも恵まれて、なかなかいい写真が撮れたと思う。

考えてみると、今回の休みは抱っこの時間が少し減っていた。そんな気がする。
抱っこ離れの遅い子で、いまだにちょっとした距離、ちょっとしたハプニングで抱っこ抱っこの嵐だが、母が腰を痛めて腰痛アピールして以来、母への抱っこ頻度や執着は減ってきており(簡単に父に移譲される)、その父が、先日、御蔭神社でまさに抱っこ中に足をくじいてのたうち回って悶絶している姿を見てからは、抱っこ自体への熱が減退している気がする。
3歳児なりにわきまえというものを覚えてきているのかもしれない。

そんな折、ミャンマーのパコックが思い出される、と去年の日記に書いてあるのが目についた。3年日記というのは、そういうのが面白い。

砂岸という言葉があるか知らないが、ほとんど浜砂のみでできたような岸辺の船着き場に、それを取り囲むように見下ろす高い砂の堤防。
浜風に似た風がびゅうびゅうと吹き抜けていき、砂がわさわさと飛んでくる。
吹きっさらしの砂の上に子どもらがいて、何をするでもなく、乗船客や外国人を見ている。
ぼくが掘立小屋のような茶店に入るや、その子らが寄ってきて、嬉しそうに照れくさそうに給仕を始める。

エーヤワディー河に中国資本の橋が架かる直前だった。
橋が架かって、船の需要はきっと根本的に減っていると思う。
基本的に船着き場の人間だけを頼りに商売しているだろうああいう茶店の子らはどうしているんだろう。
思えばそれももう10年近く昔の話であって、当時10歳だった子は当たり前に独立の歳になっている。

ぼくはぼくで若者ならでは、旅行者ならではの一過性でヒューマンな憐みや親しみの入り混じった感情で彼らに接する。
できることがあればしたやりたいと思い、笑顔になるなら変な外国人として振る舞うことも楽しかった。が、突き詰めれば何もしてやらない。船が動き出す時間になれば、じゃあね、といって立ち去った。
あの子らがぼくを目で追い続けたか、次なる乗船客に目を移したかも知らない。

あの子らにはしてやらなったことを、東子にはしてやれる。放っておいてもすることになる。
連休明けの朝っぱら、お弁当屋さんごっこでガラクタの入ったタッパーとスプーンを紙袋に入れて、熱心にあっちへ行ったりこっちへ行ったり、よく意味の分からないことを言っている自分の娘を見ながら、一体何をするのがいいんだろうと考える。

親がしたいようにするのが一番と聞いた気がする。
自分は何をどうしたいのか、自分に何ができるのか。
結局また同じ所に帰ってくる(笑

朝から腹がおかしい。
痛いような気持ち悪いようなしくしくするような。すっきりしないで力が入らない。
そういう日には遠い日の事ばかり考える。

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# by fdvegi | 2016-07-19 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

みんな袋に入ってく

「あまちゃん」以来の宮藤官九郎のドラマを観ている。
「ゆとりですが、なにか」 今日が最終回。
このドラマを観ていてしみじみ思う。しみじみと感じる。痛感する。
帰属したい。
誰が?
知らないけど、自分も含めて、たぶん多くの人。

「あまちゃん」が終わったとき話題になった「あまロス」の一例として、新聞に、録画していた放送を何事もなかったように毎朝一話ずつ見直す(男性、○○台(割といい年))、という気持ちの悪いコメントが載っていて、震撼したのを今もよく覚えている。
帰属を失う瞬間の恐怖がここによく表れているし、逆説的に、帰属することの大切さ・すばらしさ・心地よさをよく表していると思う。

あまちゃんは言わずもがな問答無用のコミュニティである東北という地方、そして職業集団に、ゆとりたちはゆとり世代と呼ばれることで仲間意識を自明のこととして共有できる集団に、属している。
属しているというか、属したのだ、ドラマのスタートとして。

あまちゃんは最初、人とうまくなじめない少女という設定だったし、ゆとりの人たちは人たちで、それぞれに「孤軍奮闘」してうまくいかないという設定だった。
「うまくいかない」ことが強調されているけど、その実、重要なのは、ある時点で「はい、スタート!」と声をかけられるくらいに明確に「何かに属する」ことを始めたことなのだと思う。

その中で盛り上がるドラマ。
逆にいうと、その中でしか盛り上がれないドラマ。

帰属という言葉を使っているけど、それは最近はやりの「つながり」と似ているかもしれない。
しかし、「帰属」と「つながり」はおそらく天と地くらいに違う。
そのことは「あまちゃん」の中でも明確に示されており、かつきわめてナチュラルに我々国民に受け入れられた。
それはアキちゃんとゆいちゃんの「つながり」であり、キラキラとかけがえのないまぶしさを放つ一方で脆弱で心もとない「つながり」の崩壊というか立ち消えと、コミュニティ(集合体)への併合だとぼくは思う。

最初、物語りは「つながり」から始まった。
アキちゃんとゆいちゃんによる、個人と個人が知り合うという行為から始まったのだ。
しかし、ある時から個人と個人の、アキちゃんとゆいちゃんの「つながり」はあっさりと分断され、東京の「GMT」メンバーや寿司屋を含めた東京という地における(ごく限られた)コミュニティーや、北三陸駅の「ありす」という場に代表される集合体に飲み込まれた。

ゆいちゃんは個々人を代表する「つながり」のシンボルとしてかなりの間不遇を囲うこととなり、その上、最後は「ありす」というコミュニティに受け入れられ飲み込んでもらって自分を取り戻す。

茜ちゃんは、坂間家と坂間酒造にはいるとともに、世代的には最初から入っているとはいえ、いよいよ本腰入れてゆとりコミュニティに入った。みんな入っていく。

みんな、「つながり」では足らない。たぶんそういうことだ。「帰属」したい。
点と点でつながりたいんじゃない、袋に入りたい。(永田紅と河野裕子に捧ぐ)

そして誰もいなくなる(点としては)。
みんな袋に入ってる。

最終回を前にして、今夜、はやちゃんにメールした。
柳小飲み会またしようって。

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# by fdvegi | 2016-06-19 00:30 | 京都在住 | Comments(0)