それなりにぼくの

若いころは詩人になりたかった、なんて言いながら
いつの間にか自分の感傷すら言葉にできなくなっております。

ろくに感情すら生じない日々のせいにして、なんとなく、半年生きましたよ。

紹興酒を毎晩毎晩一本飲んでいたバンコクの夜。
バンコクの夜夜。
あの夜たち。

生きていた夜。

帰りたくもない。
ハトヤイへ逃げろー。
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# by fdvegi | 2013-03-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

骨に効く毒

色々諦める、あるいは愛想を尽かすというのは実に効果的なストレス弁なんだなとしみじみ感じている。

10月以来、だいぶ嫌で仕方なかった新しい仕事だが、この嫌が日に日に増加して結構たまらない。
が、それと同時に、その正体がおぼろげながらわかりつつあるような気がしている。

この先、「とにかく異動したい」という意思表示を行う。
具体的には、少なくとも3月の終わりまでひたすら提示退勤でタイムカードを打つ。
毎月いくらかは残業もしているのだけど、もういい。あえて無視する。
こうなると3月と4月の給料の手取りが冗談抜きで20万円になる。
この数字は35歳にして悲しいとか恥ずかしいとか言ってられるものではなくて、決定的に致命的な状況に自分を追い込むことになる。
 家賃 8.5
 食費 6.0
 電気 0.5
 ガス 2.0
 水道 0.5
 家電 0.5
 携帯 1.5
 ネット0.5
  計 20.0

これではなんだかちょっとハンガーストライキっぽくて、家族もいる以上、なんでこんな愚劣と言わざるを得ない事をせんといかんのだろうと思いはするけれど、そのぐらい嫌なのだ。
言い換えれば、そのぐらい嫌だという気持ちを強く維持して突っ張っていないと、つまり憎悪の気持ちという強固な背骨で支えていないと、なんだかもう毎日毎秒がぐにゃぐにゃになってしまう。
昔、たばこをたくさん吸っている頃は冗談で「煙突ね」なんて言われたものだけど、今の状況はほとんど産廃の焼却灰を四六時中くすぶらせているような、そういうたまらない感じがする。
N95のマスクを注文しなくちゃいけない、そういう危機感。
骨に効く毒。

もう一つ、シンプルに自己評価を極限まで下げる。
折よく、10月1日からの自己評価を2月20日締切で提出する。
ここで徹底的に、この場所でいかに自分が表現できないかを訴える。
もちろん現状や環境というものにも言及はするけれど、こうなればもはや「あぁこいつはダメだったんだ」とか思われてもいい。
がっかりされて、結果どっかに飛ばされても気にしない。
もういい。

それで誰かがちょいとでも評価について考えてくれればそれでいい。
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# by fdvegi | 2013-02-12 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

明け暮れ

年が明けて2013年になった。
3日になって下鴨神社へ行った。
安易な考えで大手に行ってしまったものだから、
人人人のあふれかえりに、すっかり疲れてしまった。
最初から赤の宮神社へ行っておけばよかった。
初詣は近所の小さな神社に限る。

さて、年末に一時帰国した前任者がDACOを持ってきてくれた。
それをパラパラとやって、はっ。
体の中にぬうっと、タイにいた頃の嫌な気持ちが入り込んできた。
タイ生活はもちろん嫌なだけではなくて、楽しくて実りある時間だった。
いわゆるプロスアンドコンズなんだけど、帰国後3か月間のあまりの退屈や不遇感に、
まるであれが桃源郷であったかのような、あやうい幻想や郷愁に駆られていたのだ。

いやいやいやいや。あれもまた充分にきつい時間でもあった。
ソイ29から22へ、別に何もないと知りながらそれでも何かを期待して(?)、
スクンビットを渡った夕暮れが今もわりと鮮明に思い出される。
出会った頃の日本食の優しさがいつの間にかむなしさに変わるあの現象。
そういえば、語学学校で知り合ったおっちゃんは元気にされているだろうか。
挨拶もせぬままになってしまった。申し訳ない。

というわけで、逃げ場はどこもにもないことは旧年中に知っていた。
昨年は確か、もっとゲームをしようと抱負を立てた。
全然かなわなかったな。

今年はうん。
少し料理する年にしよう。そうしよう。
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# by fdvegi | 2013-01-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

夏が終える

日本に戻って早2か月半が経った。
その間ぼくは一つ年を取った。
仕事は特にしていない。

中村勘三郎が亡くなった。
別に今もこれまでも特に好きだったわけでもないけど、特別番組を見た。
この人だけは(亡くしちゃ)だめだろう、という人が世の中にはたぶん何人か確実にいる。
そういうことをよく伝える内容だった。

特に仕事らしい仕事もしないのにオフィスにいなくてはいけないぼくは
仕方がないので昼休みにランニングをして気を紛らわせる。
吉田山の清冽な空気は思っていた以上のスウィープ効果を発揮して気持ちを助けるけれど、
真実のところ、もっともクリアに印象的なのは清冽な空気を通して間近に見える大文字山だ。
目の前にある巨隗というのは、ただその存在だけで十分に人を律する。
その点、考えてみるとやっぱり今の自分はまだまだ肥大しているのかもしれない。

突如として冷え込みの厳しくなった最近、北面の駐車場の車はフロントガラスが凍り付いていて、
ドライバーの人たちがそれをガリガリと削っている。
なんて言ったっけ、あぁスクレイパーだ。
プリンセスプリンセスが復活してやたら流れるダイアモンドの歌詞の冒頭に
実はスカイスクレイパーが登場していて驚いていた矢先だったので、
ここ数日、ガリガリやってる人を見てはスクレイパースクレイパーと唱えるのが楽しい。

なんて思っていた矢先、シークレットサンタをしようという提案が身近に起こり、
そういえば、それらしい行事で妙な名前の催しがあったなと調べてみたらホワイトエレファントで、
その名前の由来がタイの歴史にあることが判明した。

ああ。タイが懐かしい。

日本でのカウンターパートとして殊に精神的に世話になった人が、
この間、仕事を辞めておられた。
その記録として。
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# by fdvegi | 2012-12-12 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

ものすごいスピードで

立派な、たぶん誇るべきポジションに配属されて早1か月が過ぎた。
ほとんど何も仕事をしていない。
季節労働的な性格がある以上やむを得ないのかもしれないけど、まったく腑に落ちない。
自分のペースがつかめてません、なんて穏当で謙虚な表現をしてきたけれど、真実、腑に落ちていないのだ、いろんなことが。
わけがわからいない。

まぁ仕事の話はおくとして、これまでに式布団2つ、掛布団1つ、ホットカーペットのラグ、カーテン2つ、実印、こたつ、こたつ布団、テレビ台、靴箱、壁一面の棚、風呂の蓋、ガスファンヒーター、携帯電話、電灯1つを購入。
住民登録と実印登録をし、電気、水道、ガス、電話、インターネット、NHKの自動引き落としの手続きをした。
調味料やら掃除道具やら洗剤やら何やら、細々としたもの無間地獄的に調達している。
段ボールとプラスチック容器がただただ無防備に増えていく。
了えるべき手続きがまだ一通り済んでおらず、部屋は備わっていてしかるべき機能がいまだにまとも機能しない。
貯金を引き出す、それもやたらと頻繁に、という以外の行為が自分の経済や財産というものに対して何もできていない。
いただく給料は手続き上の関係で、なみのアルバイトよりも少ない。
あともう一月か二月、年内は確実に少ない。少ないというより家賃にしかならない。

暮らすというのはこんなにもモノゴトを一から整えたり、モノを買い揃えていかなくてはできないことなんだろうか。
無駄と無意味と、徒労と疲労ばかりが蓄積している。
そんな気持ちでいっぱいになる。

すこし落ちついてきた昨日と今日わかったことは、
・死ぬほど愛しみ大切にしていたミャンマー布がなくなっている
・しかもその布の存在すら妻とは共有できていないことが判明した
・世界民族衣装展やアイヌ民芸品展、それに日本の土偶展といった、魂を揺さぶられた展覧会のプログラムブックたちが軒並みなくなっている
・誰もその経緯を知らない。自分さえ知らない。

大切なものはなにも残っていない。
ただただ失われ続けている。お肌の潤いみたいに。

こんなのってあるだろうか。
ここは俺のホームじゃないのか。
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# by fdvegi | 2012-11-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

このビールが最後

今日、バンコク生活最終日を終える。
明日はもう朝起きて清算をしてタクシーに乗って空港へ行くだけ。
何もしない。ほんとにもうこの夜が最後。
このビールが最後。

当たり前でおなじみの感傷にさいなまれながら、けれどそれと同居している、明日は直接空港か、8時出なら楽なもんやな、という極めて日常的な、それも今回は楽できるという安堵に似た感覚。
どうもおかしい。

2010年7月26日から始まって、今日が2012年9月25日、まさに2年と2ヶ月。
あの頃はまだ31歳だったのか。なるほど若い。
それなりにそれなりのつもりだったけれど、何だかちゃんちゃらおかしい、今となっては。
重力の違う国か、時間の早さの違う国へ行っていたみたい。
そんな風に思う。

こうして何度目かの外国滞在をして、「たくさん勉強しました」「いろんなこと経験できました」ではなくて、「仕事をしてきました」と言えるのはこれが初めてで、それがちょっと誇らしい。

初めてと言えば、妻にとってはまったく初めての外国滞在だった。
外国にいることで受ける苦しみの大きさは、外国にいることに慣れないことに比例する。
一般的な、ごく普通の、日本人の感覚として、そう思う。
今回のタイ滞在で、一番の慣れなさ、よって弱さを発揮していたのは妻だった。
あるいは、パートナーであるぼくとの差があった。
その点、ぼくはちゃんとフォローできなかったんではないかと思う。
言葉の勉強歴を過信していた節もあるし、自分がハタチだった頃の感覚はリアルではなくなっている。
後半になってようやく、そういうことに気がついた。
彼女の消耗は計り知れない。申し訳ない。
最後の晩、今晩、メールで「楽しかった」と言ってもらえて、この救われた感はいかばかりか。

さんざ通ったテイラーのおっさんは13年前からバンコクにいる、民族的にはネパール人の、国籍はミャンマー人。
世界にはそういう人がいる。
優雅に、あるいはクールに、または多忙を極めて世界を股にかける国際人だけではない。
国籍の異なる父母をもつ国際人だけではない。
国際的であること自体に縁のない悠然たる人だけでも、縁がないだけに必死になってそれを求める人だけでもない。
運命的にそうならざるを得ない国際人がいる。
彼らのたたえる悲しみは、地味にとてつもなく深い。
世界は広いだけでなく、深いだけでなく、多層的だ。
断絶は実は常に隣接している。

どうしようもなくとりとめがない。
圧倒的な時間が終わるのだから、それも仕方あるまい。
にもかかわらず、明日で無理ならまぁ次でいいや、となんだか本気でその意識が抜けていない自分もいて、いやはや、おそろしい。
タイ化したんだな、間違いない。
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# by fdvegi | 2012-09-25 00:30 | 東南アジアなん | Comments(0)

最終回 バンコクで読んでみた

帰国直前、バンコクで読んでみた。
前回が5月ということは、あれから約5カ月か。
長かったような、短かったような。
うまく感想が見い出せません。
明日が最終日だし。

もうちょっと早くタイやアジアについてまじめに勉強しておくべきだった。
ぼくはぜいたくな時間を過ごしたな。
無駄ほど気持ちのいいものはない。生きてるんだもの。
ぜいたくな時間を過ごした、2年2ヶ月、バンコクで、夫婦で。
これはきっとこの先大きな出来事になるだろう。

以下、バンコクで読んでみた。出張・旅先でも読んでみた。

 捨てる神より拾う鬼 縮尻鏡三郎
 浜町河岸の生き神様 縮尻鏡三郎
 日本の景観
 官僚川路聖謨の生涯
 大江戸観光
 花がたみ
 ダンス・ダンス・ダンス(上)(下)
 百日紅(上)(下)
 風の瞑想ヒマラヤ
 蒲田戦記 政官財暴との死闘2500日
 大学激動 転機の高等教育
 物書同心居眠り紋蔵
 眠れる美女
 羊をめぐる冒険(上)(下)
 69 シックスティナイン
 呪う天皇の暗号
 タイ 開発と民主主義
 タイ 中進国の模索
 おまえさん(上)(下)
 お尋者 物書同心居眠り紋蔵
 老いてゆくアジア 繁栄の構図が変わるとき

特別な時間が終わる。
そんな感じがする。

以上、バンコクで読んでみた。
さよならバンコク。
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# by fdvegi | 2012-09-24 00:30 | 本を読んでみた | Comments(0)

おのぼせさん

お久しぶりです。
そちら世紀の災厄には収束は見えてきているでしょうか?

こちら最後のご奉公バングラ出張を終えてすっかり風邪を引きこんでおります(空気ですよね、やっぱり。まず喉、そして風邪という流れ)。
東京から来ていた研修生が明日帰国で、今日、近くで用事を済ませるというので家によってもらいました。
そこで彼女の会社に提出する研修終了の報告と所感の写しを手渡しました(秘密)。
2人にまたがった上司たちの目は通しておりますが、案文はぼくがすべて書きました。
部下でも直接の後輩でもないですが、初めて自分で評価した相手というのは、なんというか感慨深いものがありますね。

そこで、すっかり失念していた自分の人事希望書き。
もうじき締め切りです。
忘れてた。
というわけでファイルを開いてみたところ、今年から自己評価の項目と基準が新しくなって階級ごとに細かくなったのですね。
ぼくの階級が該当する評価基準がこちら(任意抜粋)。

 ○軽率な行動、発言を控え、自らが行う業務について常に責任を持つ。
 ○与えられた業務、課題に対して、やり遂げる意思がある。
 ○適切なタイミングで正確に報告、連絡、相談を行う。
 ○組織の一員としての自覚を持ち、チームプレーを心掛ける。
 ○難題に対してあえて挑戦する気持ちを持つ。
 ○多様な業務に関心を持ち、積極的に携わることで知識、技能の向上を図る。

以下、我ながら終わりを迎えて舞い上がっている部分もありますし、偉そうなことを言っている自覚も重々あります。

けれど、この間の仕事って、この基準で自己評価しうるものか?と、思わず絶句してしまったんです。本当に。
現に、ぼくの後任はぼくの2つも上役さん。評価基準も圧倒的に違います。うちの会社が彼を推薦したのです。
にもかかわらず、同じ仕事をして、俺はこの基準で自己評価させられるのか。
そう思うと、何ともやりきれない思いに襲われるのです。
お膳立てをした仕事について、彼のために引継ぎ書を書きながら。

そして、すでに人事部署からは「主任以下の人事は来週頃なんで連絡します」とお達しが来ています。
最近導入されたと噂を耳にしている昇任試験を受ける機会のなかったぼくは、引き続き今のままで、どこかに配置されるのでしょう。

自己評価は子供だまし。
外部評価は実質的に行われない。
あぁ。

いや、偉そうなこと言っているのはわかっているのです。
昔はもっとひどかったんでしょうし。

すいません、のぼせて愚痴りました。
帰国は9月26日になりました。
27日に荷物がやってきます。

これからまたよろしくお願いします。
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# by fdvegi | 2012-09-16 00:30 | 東南アジアなん | Comments(0)

隣国へ22 バングラデシュ万感

バングラデシュへ行って、ノーベル平和賞の受賞者とおしゃべりし、肩を組んで写真を撮ってもらった。
これってすごいな、と思っていたけど、帰って写真を開いてみたら、こっちの方が好きだった。
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ダッカの茶店で再会をことほぐ小おっさんと大おっさん。


偉そうだったり無礼な様子をしている自分の姿を写真で見るのは必ず嫌な気持ちになるけれど、世話になった年配の人を向こうに回してちょっとも遠慮のなさそうなこの写真に限っては、我ながらなんだか嫌いじゃない。

俺、えらくなった。
写真を見てそう思った。あえてそう形容しておきたい。
「偉く」なったわけではない。
田舎のおっさんが久しぶりに見た親戚の子に向かって言ってしまうような、あの「えらくなった」。わかるかな。
老けたというのでもない、疲れたとか年食ったというのでもない、成長したとか、まんま大人になったとか、そういうことでもない。
あえていうなら「幼さを減らした」かな。

そんな感じがするのよ。
自分で言ってりゃ世話ないけどさ。
まぁここは勘弁して。
今回ばかりはそこそこやれた気がして戻ってきたかと思ったら、毎度のことながら病院の世話になって今もうまく眠れずにいるし、大事に大事に使っていたリュックサックには意味不明の落書き汚れが付いてるし、特に何もせずに過ごしたはずの上司からは「まぁまぁの出張だった」の一言で総括されちゃうし、今回は今回でやっぱり色々と損なわれたのですよ。

でもね、いやーなタイミングのバングラだな、鬼門だな、と思っていたその不安だけは免れた。的をそらした。
今一番損ないたくないものは損なわずに済んだ。
それで充分いいよ。
おっさんは順調におっさんの階段を上るんだと思う。
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facebookのプロフィールに使いたくなる一枚

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# by fdvegi | 2012-09-15 00:30 | 東南アジアなん | Comments(0)

君にはできない

ぼくが抱えていた黒い思いは、たぶん後任者への嫉妬なんだろう。
きっとそうなんだろう。
新しい上司のもと、自由にできすぎることへの嫉妬心。

それと、そもそも侮った態度から始まる感じ。
今もうまくやっている人が、この先さらにうまく行っちゃう予感に目いっぱい舞い上がっちゃって、自分じゃそれに気がついていないから、とにかくもうひどくめんどくさい。
手に取るようなそういう気配。

いや。いや。いや。いや。あー、いや!
とも声に出して言い切れない、その正体とか真の実力とか、そういうところにちょっとおびえていたりもする自分。
そんな自分も嫌だった。

フェアじゃない。
整い過ぎてる。ていうか俺が整えた。
この際あれを言わずにいるか、あれは見せずに去ってしまおうか。
そんなことを正直ちらと考えた瞬間もあって。
それでもう心底ほんとに嫌になった。

何もしなさすぎるおっさんと、
何から何までアピールアピールで得意満面のおっさんと。
そんなことをぐだぐだぐだぐだ考えに考えに考え続けてたら、もう疲れた。
体までなんかおかしくなって。
こういうのってだいたい突然それも複合的にやってくるしさ。
もういいよ。

この何日か、つまり最後の最後の局面で、やりたかった企画を間に合わせたし、次に残していく青写真も描いた。
それらのおいしいところは結局全部持っていかれるわけだけど、そもそも間に合わせたり描いたりするその技量や器量を、ぼくは最初から持ってここに来たのではなくて、ここでいろんな人に作ってもらったんだと、少し満足したことで至った落着きの中で、アァ、不意に思い出した。

だからもうでしゃばるな俺。我を張るな。
愛するいろんな人たちにそっと小さく呪文を唱えて、宣言して、それで終えたい。
あなたが作ったぼくは、たぶんそれはそれで誰にも劣らずに、じつはひそかに、あちこちにけっこう普遍に。
だからここではすべてをここに、次に残します。引き継ぎますよ。

うん。
そう。

きみは気持ちよく行け。
きみにはできない。
だから全部残してやる。

思う存分、得意になれ。
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# by fdvegi | 2012-09-06 00:30 | 東南アジアなん | Comments(0)