それからこっち

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7月にアイフォンに替えたので、アプリでランニングの計測を始めた。
9月はついに月間目標を達成しそうな感じになっている。
・走行距離100km
・平均速度5分未満/km
・累積標高2500m

これはかなり立派なことだ。
何もこの記録が立派というわけではない。
けど、従来からの週末鴨川ランニングだけでは、せいぜい月間40km、標高はほぼゼロといった結果にしかならなかった。

それを昼休みのランニングで数字を稼いだわけで、それはそもそも特に仕事らしい仕事もしないのにオフィスにいなくてはいけない状況で仕方がないので気を紛らわせるために始めた苦肉の策だった。
昨年の12月くらいから始めたと思う。

それからこっち10か月、シンポ開催、プログレスレポート、部署替え、サイトビジットと、自分の仕事を自分でしてきたつもりだし、その間にだいぶもまれてきた感もある。

部署内とはいえポジションも移り、そのどちらでも選択的ではあるけれど自分にしてはいい人間関係を築けていると思う。

なによりも、途中で大きな中断もなく毎日淡々と走ってきたというのが、自分的には驚異的な地道さと粘り強さに思えて仕方がない。

そんな中で迎えた今月の記録達成は、なんというか、単にランニングの到達というだけでは済まない、改善とか成長とかそういう事の明確な指標のように感じられるのだ。
大げさだけど、嬉しい。

そして、この100kmを無事に達成できた暁には、次はトレイルランに挑戦しようと思っている。
山中を走る。
ちょっとオリエンに近づく。戻る。
満足いく達成をできなかった頃を取り戻しに行く。

何より、狸谷山の向こうにあるでっかい魅惑のブラックボックスについに着実に挑む。
そこへ至ったような、震えるような陶酔感を味わいたいと思う。
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# by fdvegi | 2013-09-26 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

まるで新入社員のような

7月1日の共通事務部化で、これまで企画一本だけでやってこれた仕事内容に脈絡不明の総務業務が加わって、これはもう完全に純増になってしまった。
かつ、サイトビジットを間近に控え、ここへきて企画関係の業務が立て込んでいる。
毎日が割といっぱいいっぱいのてんやわんやで過ぎていく。
新たに同じ係になった非常勤さんたちのフォローというか、コミュニケーションすらも十分には取れていない感じ。

が、今日、17時過ぎの帰り際、サイトビジットのロジ準備とか、練習会の準備とか、事前課題の20論文とか、ベンチマーク機関の選抜とか、拠点長プレゼンの骨格作りとかで追われていたら、向かいの列の非常勤さん2人が意表をついてほめてくれた。
いわく、拠点長秘書の人が、いつも大変そうだが頑張っているとほめている。
いわく、忙しいのに悲壮感がない。
いわく、いくらでも応援しますよ、と。

ぼくは嬉しいやら恥ずかしいやらで、思わずまた「そんな、悲壮感漂わせる人なんていないでしょ」なんてへらず口を叩いてしまった。

あぁ。恥ずかしがったり躊躇したりしないで、もっとへらへらほめられれば良かった。
向かいの二人が今日してくれたように、もっとちゃんと二人に勇気を持って接してほめたり手伝ったり一緒に悩んだりすればよかった。

急きょ一念発起して、課長や別の係の係長やらから寄付を取り付けて、懸案だった新しいコーヒーメーカーの購入を一気に進めた。注文まで終えてやった。
なんていうか、せめてものお返し的に。

一生懸命に仕事をするというのは、やはりそれはそれでいいことなんだろうな。
色んな関係もなかったうやむや嫌な気持ちたちも一気になくなった気がした。
ありがたかった。
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# by fdvegi | 2013-08-01 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

布と娘

バゴーで買ったミャンマー布で娘を包んでみた。
たぶんまったく偶然だろうけど、彼女はしばし、泣くこともなく布団の上で一人で寝ていた。
それでずいぶんと気が晴れた。
嬉しかった。

蒸し暑い日、思えばバゴーの布やの赤ちゃんも、布にくるまれてハンモックに揺られて眠っていた。
家の人がどでかいザボンをむいて食べさせてくれた。
雨はどしゃ降り。
スコールが止むのを待っていた。
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# by fdvegi | 2013-07-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

夜のサイド

夏の宵、間遠になってきた蝉の声を聞いていたら、不意にモンユワの夜を思い出した。
かまびすしいほどの虫音、トゥッケーさんの異常にスローな鳴き声、そうでもなかったはずだけど印象として真っ暗だった宵闇。
そして、そのずっと前に行ったメコン河下流の電気とガスのない村。
地平線の向こうに日が沈み、河と空が、墨を溶かした水のように混然となって、夜になった。

バゴーの朝ぼらけ。
インペリアルホテルの足元を、赤い袈裟の小坊主さんが列をなして歩く。
ぼくは隣の茶店に降りてって、甘いお茶に油で揚げたパンをひたして食べる。

食事を終え、妻に代わって、寝入る子どもを胸に抱く。
そっと。動かないように。じっと。静かに、愛おしく、ほほえましく寝息を立てる。
つい今食べていた小松菜のばりばりという感触が不意に思い出される、なぜか。
45度を超えるモンユワの昼間、耐えられなくなってビールをかっ食らった。
テーブルにぎゅうぎゅうと並べられた焼き野菜が原色をガツンガツンぶつけてくる。
また負けだ。もう負け。
結局2度行って、2度負けたモンユワ。

くそ鬱陶しいあの町に行きたい。また行きたい。
夜の音、胸騒ぎ、暗い闇。
不意に横から押され、体ごとガバと奪い取られる。

そういう感じ。
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# by fdvegi | 2013-07-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

それを他人というのなら

家族でも大親友でも大恩人でもない人を他人というのなら、アイデンティティというのは案外、他人の存在に支えられている。

でもって、その揺らぎは、ピンポイントでトランプの好カードを抜き取られるように、目の前で、あらがいようなく、堂々と起こる。

スロー映像を見るように、そうと気づかぬうちに呼吸をとめて、見ている。

そういうことは間々起こる。今起きている。
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# by fdvegi | 2013-06-18 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

母帰る

母が帰った。
ぼくにとって実母、妻にとっては義母にあたる母が、ゴールデンウィークの最終日から泊まり込みで産後の手伝いに来てくれていた。
互いにいい歳をした親と子のことなので、もうたまらなく鬱陶しくて仕方ない瞬間に溢れてはいたけれど、それでも掃除洗濯食事の用意など、ついつい後手に回ってしまう絶対に重要な実務を確実かつ圧倒的な勢いで処理して行ってくれた。
この間、物干し竿の空く間はなく、食卓には少ない少ないとグチグチ言われ続けた家中の食器が毎食のごとく並べられた。

それにしても、母の孫(われらの娘)への接し方は徹底的に控えめだった。
恐らく姉(母にとっては娘、妻にとっては小姑)に事前にうるさく言われたのだと思う。
妻の方から任せない限り、全くと言っていいほど主体的な立場を取ろうとしなかった(ぽい)。
妻が娘を抱いてあやすとき、おしめを替えるとき、娘をそばに置いて昼寝をするとき、母は横で見るか、テレビを見たり家事をしていた(らしい)。

一度、妻が風呂に入っている間ぼくが娘を抱いてうとうとしていたら、母が何となく黙ってとりあげて、ゆらゆらとあやし始めた。
そのはしゃいで満ち足りた楽しげな様子。

二日にわたる季節外れの酷暑が明けたさわやかな今日、山ほど料理を作りおいて、母は帰っていった。
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# by fdvegi | 2013-05-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

育て

5月2日に妻と娘が退院した。
有給を取って付き添って以来、4泊5日、ひねもす二人と生きている。
このわずかな期間、あるいは長いお休みが、自分史上最高の幸福時間であることに、我ながら微塵の疑いも挟むことができない。
自分でも驚いている。
ハッピー!

料理し、片付けし、掃除機をかけ、買い物し、粉ミルクを作り、哺乳瓶を薬液につけ、気まぐれに娘を抱き上げて揺ら揺らし、おむつを換え、風呂に入れる準備をし、また片付けをし、布団を上げ下げする。
ただただその繰り返し。
水と薬につかり過ぎて手がゴワゴワする。

すでに出生時体重の一割を失いながら、それでもなおろくに乳を吸おうとしない娘にやきもきし、冷や冷やしながら過ごす中で、そのフロントライン、最前線、水際、主戦場にいるのはあくまでも母親なのだな、と何だかしみじみと感じている。
母として屈強に、けれど朗らかに過ごしているその姿は、母親というのが基本性能として偉大なのか、それとも母親になった妻が素晴らしいのか、どっちなんだろう。

回りくどい自慢。一種の恍惚。
この幸せ。

娘よ、育て。
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# by fdvegi | 2013-05-06 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

祈りと祝福

午前3時に目を覚まし、午前4時に病院に到着。
タクシーの中で破水を起こし、そのまま分娩室に入って、午前6時22分、娘は生まれた。
産声が待合のソファでにまで響く。

東西に据えられた分娩台で、彼女は東に向かって生まれてきた。
朝日は空を白く明るくし、輝く快晴を予感させていた。

東子。
祈りと祝福。
あらゆる名前に共通する思い。
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# by fdvegi | 2013-04-26 00:30 | 京都在住 | Comments(4)

音楽覚書

外国人が日本の歌を歌う番組で、スピッツの楓を歌う人がいた。
はまるというか、何かぐっと入ってピースが埋まったような、そんな感じがした。
ふっと軽くなる。

先般、もっとも状態が悪かった時は時で、何かの拍子に奥田民夫のイージューライダーを聞いて、救われた。

音楽はこうして、時々不意にやってきてぼくを助ける。

だからといって風呂の中にまで持ち込んで聞くというのは、やりすぎだったね。
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# by fdvegi | 2013-04-07 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

春の凡事

勤め先の人事異動が発表された。
2年間も職場を離れ、特に情報筋になるような人もいない中では
発表内容から察知できることも、裏情報としてつかめることもあまりない。

それでも、立派な部署から別の立派な部署へ動く人や、
立派な部署から出ることなくその中で動く人などの様子は感じられる。
そこに昇任が加味されていれば、なおわかりやすい。

我が身を振り返ると、何だか随分と枯淡な、リモートな世界にいるもんだなと
しみじみしてしまうけれど、それはそれでまぁいいや。

それより気になるのは同僚である友人の異動ぶりで、
それはもはや大宰府に流された菅原道真にも似た心境ではなかろうかと
荒ぶる魂を思わずにいられない。

言ってみれば、中途半端な場所から中央またはホットな場所への凱旋を狙っていた人が、
思いっきりリモートに見える世界へ弾き出されたようなもので、
その言動で目立ちすぎるほどよく目立つことをまったく厭わない彼にそういう命令が出されたことには、
上司の蛮勇というよりむしろ組織の厚顔か、あるいは冷徹を感じずにはいられない。

思えば恐ろしい組織になったものだ。
自分がそういう職場にいるだなんてちっとも知らなかった。

そんなことを考えながら自分の職場の送別会に参加したら、
酔っ払っているうちに、またあれやこれや余計なことを喋くってしまったと思う。
いやーな後味ばかりが残る。

友人からは、まずはリモートな世界に浸ってみる、とメールが来た。
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# by fdvegi | 2013-03-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)