それを他人というのなら

家族でも大親友でも大恩人でもない人を他人というのなら、アイデンティティというのは案外、他人の存在に支えられている。

でもって、その揺らぎは、ピンポイントでトランプの好カードを抜き取られるように、目の前で、あらがいようなく、堂々と起こる。

スロー映像を見るように、そうと気づかぬうちに呼吸をとめて、見ている。

そういうことは間々起こる。今起きている。
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# by fdvegi | 2013-06-18 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

母帰る

母が帰った。
ぼくにとって実母、妻にとっては義母にあたる母が、ゴールデンウィークの最終日から泊まり込みで産後の手伝いに来てくれていた。
互いにいい歳をした親と子のことなので、もうたまらなく鬱陶しくて仕方ない瞬間に溢れてはいたけれど、それでも掃除洗濯食事の用意など、ついつい後手に回ってしまう絶対に重要な実務を確実かつ圧倒的な勢いで処理して行ってくれた。
この間、物干し竿の空く間はなく、食卓には少ない少ないとグチグチ言われ続けた家中の食器が毎食のごとく並べられた。

それにしても、母の孫(われらの娘)への接し方は徹底的に控えめだった。
恐らく姉(母にとっては娘、妻にとっては小姑)に事前にうるさく言われたのだと思う。
妻の方から任せない限り、全くと言っていいほど主体的な立場を取ろうとしなかった(ぽい)。
妻が娘を抱いてあやすとき、おしめを替えるとき、娘をそばに置いて昼寝をするとき、母は横で見るか、テレビを見たり家事をしていた(らしい)。

一度、妻が風呂に入っている間ぼくが娘を抱いてうとうとしていたら、母が何となく黙ってとりあげて、ゆらゆらとあやし始めた。
そのはしゃいで満ち足りた楽しげな様子。

二日にわたる季節外れの酷暑が明けたさわやかな今日、山ほど料理を作りおいて、母は帰っていった。
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# by fdvegi | 2013-05-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

育て

5月2日に妻と娘が退院した。
有給を取って付き添って以来、4泊5日、ひねもす二人と生きている。
このわずかな期間、あるいは長いお休みが、自分史上最高の幸福時間であることに、我ながら微塵の疑いも挟むことができない。
自分でも驚いている。
ハッピー!

料理し、片付けし、掃除機をかけ、買い物し、粉ミルクを作り、哺乳瓶を薬液につけ、気まぐれに娘を抱き上げて揺ら揺らし、おむつを換え、風呂に入れる準備をし、また片付けをし、布団を上げ下げする。
ただただその繰り返し。
水と薬につかり過ぎて手がゴワゴワする。

すでに出生時体重の一割を失いながら、それでもなおろくに乳を吸おうとしない娘にやきもきし、冷や冷やしながら過ごす中で、そのフロントライン、最前線、水際、主戦場にいるのはあくまでも母親なのだな、と何だかしみじみと感じている。
母として屈強に、けれど朗らかに過ごしているその姿は、母親というのが基本性能として偉大なのか、それとも母親になった妻が素晴らしいのか、どっちなんだろう。

回りくどい自慢。一種の恍惚。
この幸せ。

娘よ、育て。
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# by fdvegi | 2013-05-06 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

祈りと祝福

午前3時に目を覚まし、午前4時に病院に到着。
タクシーの中で破水を起こし、そのまま分娩室に入って、午前6時22分、娘は生まれた。
産声が待合のソファでにまで響く。

東西に据えられた分娩台で、彼女は東に向かって生まれてきた。
朝日は空を白く明るくし、輝く快晴を予感させていた。

東子。
祈りと祝福。
あらゆる名前に共通する思い。
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# by fdvegi | 2013-04-26 00:30 | 京都在住 | Comments(4)

音楽覚書

外国人が日本の歌を歌う番組で、スピッツの楓を歌う人がいた。
はまるというか、何かぐっと入ってピースが埋まったような、そんな感じがした。
ふっと軽くなる。

先般、もっとも状態が悪かった時は時で、何かの拍子に奥田民夫のイージューライダーを聞いて、救われた。

音楽はこうして、時々不意にやってきてぼくを助ける。

だからといって風呂の中にまで持ち込んで聞くというのは、やりすぎだったね。
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# by fdvegi | 2013-04-07 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

春の凡事

勤め先の人事異動が発表された。
2年間も職場を離れ、特に情報筋になるような人もいない中では
発表内容から察知できることも、裏情報としてつかめることもあまりない。

それでも、立派な部署から別の立派な部署へ動く人や、
立派な部署から出ることなくその中で動く人などの様子は感じられる。
そこに昇任が加味されていれば、なおわかりやすい。

我が身を振り返ると、何だか随分と枯淡な、リモートな世界にいるもんだなと
しみじみしてしまうけれど、それはそれでまぁいいや。

それより気になるのは同僚である友人の異動ぶりで、
それはもはや大宰府に流された菅原道真にも似た心境ではなかろうかと
荒ぶる魂を思わずにいられない。

言ってみれば、中途半端な場所から中央またはホットな場所への凱旋を狙っていた人が、
思いっきりリモートに見える世界へ弾き出されたようなもので、
その言動で目立ちすぎるほどよく目立つことをまったく厭わない彼にそういう命令が出されたことには、
上司の蛮勇というよりむしろ組織の厚顔か、あるいは冷徹を感じずにはいられない。

思えば恐ろしい組織になったものだ。
自分がそういう職場にいるだなんてちっとも知らなかった。

そんなことを考えながら自分の職場の送別会に参加したら、
酔っ払っているうちに、またあれやこれや余計なことを喋くってしまったと思う。
いやーな後味ばかりが残る。

友人からは、まずはリモートな世界に浸ってみる、とメールが来た。
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# by fdvegi | 2013-03-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

それなりにぼくの

若いころは詩人になりたかった、なんて言いながら
いつの間にか自分の感傷すら言葉にできなくなっております。

ろくに感情すら生じない日々のせいにして、なんとなく、半年生きましたよ。

紹興酒を毎晩毎晩一本飲んでいたバンコクの夜。
バンコクの夜夜。
あの夜たち。

生きていた夜。

帰りたくもない。
ハトヤイへ逃げろー。
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# by fdvegi | 2013-03-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

骨に効く毒

色々諦める、あるいは愛想を尽かすというのは実に効果的なストレス弁なんだなとしみじみ感じている。

10月以来、だいぶ嫌で仕方なかった新しい仕事だが、この嫌が日に日に増加して結構たまらない。
が、それと同時に、その正体がおぼろげながらわかりつつあるような気がしている。

この先、「とにかく異動したい」という意思表示を行う。
具体的には、少なくとも3月の終わりまでひたすら提示退勤でタイムカードを打つ。
毎月いくらかは残業もしているのだけど、もういい。あえて無視する。
こうなると3月と4月の給料の手取りが冗談抜きで20万円になる。
この数字は35歳にして悲しいとか恥ずかしいとか言ってられるものではなくて、決定的に致命的な状況に自分を追い込むことになる。
 家賃 8.5
 食費 6.0
 電気 0.5
 ガス 2.0
 水道 0.5
 家電 0.5
 携帯 1.5
 ネット0.5
  計 20.0

これではなんだかちょっとハンガーストライキっぽくて、家族もいる以上、なんでこんな愚劣と言わざるを得ない事をせんといかんのだろうと思いはするけれど、そのぐらい嫌なのだ。
言い換えれば、そのぐらい嫌だという気持ちを強く維持して突っ張っていないと、つまり憎悪の気持ちという強固な背骨で支えていないと、なんだかもう毎日毎秒がぐにゃぐにゃになってしまう。
昔、たばこをたくさん吸っている頃は冗談で「煙突ね」なんて言われたものだけど、今の状況はほとんど産廃の焼却灰を四六時中くすぶらせているような、そういうたまらない感じがする。
N95のマスクを注文しなくちゃいけない、そういう危機感。
骨に効く毒。

もう一つ、シンプルに自己評価を極限まで下げる。
折よく、10月1日からの自己評価を2月20日締切で提出する。
ここで徹底的に、この場所でいかに自分が表現できないかを訴える。
もちろん現状や環境というものにも言及はするけれど、こうなればもはや「あぁこいつはダメだったんだ」とか思われてもいい。
がっかりされて、結果どっかに飛ばされても気にしない。
もういい。

それで誰かがちょいとでも評価について考えてくれればそれでいい。
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# by fdvegi | 2013-02-12 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

明け暮れ

年が明けて2013年になった。
3日になって下鴨神社へ行った。
安易な考えで大手に行ってしまったものだから、
人人人のあふれかえりに、すっかり疲れてしまった。
最初から赤の宮神社へ行っておけばよかった。
初詣は近所の小さな神社に限る。

さて、年末に一時帰国した前任者がDACOを持ってきてくれた。
それをパラパラとやって、はっ。
体の中にぬうっと、タイにいた頃の嫌な気持ちが入り込んできた。
タイ生活はもちろん嫌なだけではなくて、楽しくて実りある時間だった。
いわゆるプロスアンドコンズなんだけど、帰国後3か月間のあまりの退屈や不遇感に、
まるであれが桃源郷であったかのような、あやうい幻想や郷愁に駆られていたのだ。

いやいやいやいや。あれもまた充分にきつい時間でもあった。
ソイ29から22へ、別に何もないと知りながらそれでも何かを期待して(?)、
スクンビットを渡った夕暮れが今もわりと鮮明に思い出される。
出会った頃の日本食の優しさがいつの間にかむなしさに変わるあの現象。
そういえば、語学学校で知り合ったおっちゃんは元気にされているだろうか。
挨拶もせぬままになってしまった。申し訳ない。

というわけで、逃げ場はどこもにもないことは旧年中に知っていた。
昨年は確か、もっとゲームをしようと抱負を立てた。
全然かなわなかったな。

今年はうん。
少し料理する年にしよう。そうしよう。
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# by fdvegi | 2013-01-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

夏が終える

日本に戻って早2か月半が経った。
その間ぼくは一つ年を取った。
仕事は特にしていない。

中村勘三郎が亡くなった。
別に今もこれまでも特に好きだったわけでもないけど、特別番組を見た。
この人だけは(亡くしちゃ)だめだろう、という人が世の中にはたぶん何人か確実にいる。
そういうことをよく伝える内容だった。

特に仕事らしい仕事もしないのにオフィスにいなくてはいけないぼくは
仕方がないので昼休みにランニングをして気を紛らわせる。
吉田山の清冽な空気は思っていた以上のスウィープ効果を発揮して気持ちを助けるけれど、
真実のところ、もっともクリアに印象的なのは清冽な空気を通して間近に見える大文字山だ。
目の前にある巨隗というのは、ただその存在だけで十分に人を律する。
その点、考えてみるとやっぱり今の自分はまだまだ肥大しているのかもしれない。

突如として冷え込みの厳しくなった最近、北面の駐車場の車はフロントガラスが凍り付いていて、
ドライバーの人たちがそれをガリガリと削っている。
なんて言ったっけ、あぁスクレイパーだ。
プリンセスプリンセスが復活してやたら流れるダイアモンドの歌詞の冒頭に
実はスカイスクレイパーが登場していて驚いていた矢先だったので、
ここ数日、ガリガリやってる人を見てはスクレイパースクレイパーと唱えるのが楽しい。

なんて思っていた矢先、シークレットサンタをしようという提案が身近に起こり、
そういえば、それらしい行事で妙な名前の催しがあったなと調べてみたらホワイトエレファントで、
その名前の由来がタイの歴史にあることが判明した。

ああ。タイが懐かしい。

日本でのカウンターパートとして殊に精神的に世話になった人が、
この間、仕事を辞めておられた。
その記録として。
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# by fdvegi | 2012-12-12 00:30 | 京都在住 | Comments(0)