スピードコース

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賀茂川北上からクリーンセンター・市原を経由して高野川へ。
初めての20km、前回の19kmより速く(4:40/km➡︎4:36/km)、かつ体も楽ちん。ただし、左足首が痛い。やや不安。
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# by fdvegi | 2013-11-04 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

比叡山

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京都トレイル東山をバプテスト病院から入って、ケーブル比叡駅を突き抜けて比叡山頂へ。水飲本陣以降はほとんど歩き。何かの訓練になっているのかすら謎。
帰りに駆け下りてみたらあっという間で驚いた。足腰に来る。
とにかくこれで行ったことのない心残りはない。
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# by fdvegi | 2013-11-02 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

途絶の果て

母方の祖母が亡くなった。87才。
頭の中の毛細血管がぷつぷつ切れていくそうで、もう長い間ずっと病院にいた。
最初の頃は、あれとこれを間違えた的なエピソードを間々聞いたものだが、次第にそういう話もなくなって、いつの頃からか、ぼくとしては、まるで最初からいないかのような感じになっていた。おかげで気が楽だった。
いわゆるボケ状態だったことは間違ないく、浮き沈みしながら、全体として沈下して行ったのだろう。
娘の半年の誕生日、目を覚まさなくなった。
その長い時間を祖父と母とその他の親類たちが別れのために使ったのであれば、ぼくが言うべきことは何もない。葬儀の際の母が驚くほど普通というか元気そうで安心した。

この先、89歳の祖父が何を心の張りにしていくのか、場の関心はそちらの方に向いていた。生きている人間に関心が向かうのは、いいことだと思う。

もう何十年ぶりかのように遺影で見た祖母が、タイのブッサバ先生に重なって見えて仕方なかった。ブッサバ先生がうっとうしくも滋味深かったのは本人のお人柄によるところばかりではなかったのかもしれない。
ブッサバ先生はタイの伝説的女傑スラナリーの像によく似ている。
遠州の半分やくざみたいな傑物である恒太郎じいさんに60年も連れ添ったきみ子ばあさんもやはり勇ましい女傑だったんだろう。

どちらかというと口数が少なく、一歩引いて私を陰で支えてくれる妻でした。自分の思うままに突き進んでしまいがちな私をつねに心配し、優しい言葉をかけては気遣ってくれたものです。
なかでも「承知して騙されなさいよ」と、ことあるごとに私を諭してくれた妻の言葉が今でも心の中でしっかりと生き続けています。どんなことも寛容な気持ちで受け止められる広い心の人間になることが、人生においていかに大切なことかを妻の言葉を思い出すたびに感じさせられます。いつもさりげなく私の背中をぽんと押してくれた妻の存在は、思っていた以上に私にとっては温かく大きなものだったのだと今さらながらに実感します。
穏やかな表情で、にっこりと話しかけてくれた妻の笑顔が、まるで昨日のことのように鮮やかに浮かんできます。


祖父はおそらく正座してこの文章を書いた。
晩年の小川国夫の味わいを思わせるすばらしい文章だと思う。
きっと何度も草稿を重ねたに違いない。
一連の作業の間、89歳の胸にはいったい何が去来していただろう。
完全に想像を絶する。
先人たちはいつも途絶の果てで憩っている。
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# by fdvegi | 2013-10-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

陸上編

ボルダリングは何となく悲しい怨恨だけ残して終わってしまったなぁ。
何の怨恨だったか。
思えばあれがアメリカの夢から醒めていった推移、ゆっくりとした瞬間だったのかもしれない。

それはそうと、今はジョギング。
2013年9月28日に8kmを39分14秒、つまり1キロあたり4分54秒で走った記録。
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次にこれが、2013年10月14日に11kmを1時間11分19秒、つまり1キロあたり6分11秒で走った記録。
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どちらもジョギングの記録としては微妙ながら、狸谷山へのひどい坂道を登り切っていることは明記しておきたい。
かつ、11kmの方は、狸谷山の健康250階段すら突き抜けて、その上の京都トレイルを走っている。

雲母坂、曼珠院、鷺の森神社という、平成16年4月からの最初期一人暮らしの頃の憧れというか、当時の自転車で走りながら脅威とおののきと憧れを抱いた道をたどっている。

これに加えて、11kmルートでは、平成24年10月からの高野暮らしで心を寄せた狸谷山と、ちょっと恐ろしいような気持ちになっていた、親鸞上人や比叡山の僧兵たちが日吉神社の神輿をいで都に強訴に押しかけたという元祖きらら坂を踏破し、かつ、最新版では、昔の一人暮らしの頃、自転車で迷い込んでいやはや恐ろしいと感じていた赤山禅院を経由した。

要は、ここで越えておくべきものをようやく走り終えたと感じている。
一通り終えた感じ。

この先は走りと記録に挑戦していきたい。
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# by fdvegi | 2013-10-14 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

ほむら立つ

喉の痛みというのは一度小さな火がついたら最後、燃え立つように痛みだすまでさほど時間を要さない。
まさに炎立つ。

火曜日の終業後に大急ぎで柴田クリニックに行って、3つの薬を処方してもらった。
・トラネキサム酸カプセル250mg「トーワ」
・ムコダイン錠500mg
・ロキソニン錠60mg
・キキョウ湯
イマイチ効かない。
たぶん、最低限の効能のある、悪い影響のでにく薬なんだろうなと予想してる。
特にトラネキ・・・はやまさんも効かないと言っていた。

翌水曜はノーベル警護のために無理やり仕事に行ったけど、どうもあまりにひどく見えたようで、途中で帰らせてくれた。
辛抱強く薬を飲んでごまかしごまかし過ごしたけれど、症状が、喉の痛みから、熱っぽさ+あふれる鼻水に推移した感じで、とにかくやっぱり眠れない。

翌朝、つまり今朝、声が出なかった。
仕事は休み、朝一番に東道医院に行って抗生物質を出してもらった。
・トミロン錠100
・ソランタール錠100mg
・ザイザル錠5mg

ようやく少しずつ効いてきた感じ。
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# by fdvegi | 2013-10-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

その平熱

「風立ちぬ」を見に行った。
感動してしまった。
胸が熱くなった。

映画の最後、ヒロインの菜穂子さんは空になった。
現実には、死期を悟って誰にも告げず、生きてる内から半分死みたいな山へと旅立った。
黒川夫人の「きれいなところだけ、好きな人に見てもらいたかったのね」という手向けの言葉は、それ単体で十分すぎるほど胸に迫った。

映画は、震災や大戦、軍や特高など、おぞましいものをおぞましい演出で登場させることで、淡々と登場する美しいものをますます美しくさせた。
その極致が空になった菜穂子さんだった。
ヒロインを永久(の憧れである空)にするための映画のように、ぼくには思えた。

ジブリはよく、空を飛ぶことが特徴として挙げられ、「だって空飛びたいじゃないですか」と宮崎駿自身も昔あっさりとインタビューに答えていた。
愛しい女性だからそこへ飛び込んでいきたいのか、愛しい女性に当てはめてしまうほど憧れの空であるのか、それはわからない。
ユングやフロイトに聞くしかない。

けれど、ファンタジーを標榜し続け、それを極め続けたような一人の老作家が、最後の最後の作品で自身の内奥をぶちまけたのなら、それはそれでいいじゃないか。あっぱれではないか。
慎重に積み重ねてきた嘘から放たれて、その様は清々しい。
メッセージなんて要らない。

幼少期の不安、あふれる才能、まっすぐな心、たゆまぬ努力、大仕事への抜擢、外国経験、苦悩と成功、特別でノーブルな雰囲気、愛しい女性、運命的な出会い、はかない命、美しい人。戦争と死の病。おとこたちの欲しいものが全部ある。

北杜夫に親しんだ元文学少年として、こんなにも肌に親しい感銘はない。
戦後の青少年たちが息をひそめて抱えてきたみなぎるような憧憬が、恥ずかしげもなくすべてつまっていた。
その堂々とした告白に胸打たれた。

生きろ、なんてメッセージ、この映画にはない。
生きろと言われなくたって二郎さんはたぶん生きた。
敗戦してゼロ戦が一機も戻ってこなくても、おそらく生きた。
生きねば、なんて彼は思わなかったはずだ。
愛しい人がいた = 生きる。それだけ。
その平熱に感動した。
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# by fdvegi | 2013-09-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

それからこっち

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7月にアイフォンに替えたので、アプリでランニングの計測を始めた。
9月はついに月間目標を達成しそうな感じになっている。
・走行距離100km
・平均速度5分未満/km
・累積標高2500m

これはかなり立派なことだ。
何もこの記録が立派というわけではない。
けど、従来からの週末鴨川ランニングだけでは、せいぜい月間40km、標高はほぼゼロといった結果にしかならなかった。

それを昼休みのランニングで数字を稼いだわけで、それはそもそも特に仕事らしい仕事もしないのにオフィスにいなくてはいけない状況で仕方がないので気を紛らわせるために始めた苦肉の策だった。
昨年の12月くらいから始めたと思う。

それからこっち10か月、シンポ開催、プログレスレポート、部署替え、サイトビジットと、自分の仕事を自分でしてきたつもりだし、その間にだいぶもまれてきた感もある。

部署内とはいえポジションも移り、そのどちらでも選択的ではあるけれど自分にしてはいい人間関係を築けていると思う。

なによりも、途中で大きな中断もなく毎日淡々と走ってきたというのが、自分的には驚異的な地道さと粘り強さに思えて仕方がない。

そんな中で迎えた今月の記録達成は、なんというか、単にランニングの到達というだけでは済まない、改善とか成長とかそういう事の明確な指標のように感じられるのだ。
大げさだけど、嬉しい。

そして、この100kmを無事に達成できた暁には、次はトレイルランに挑戦しようと思っている。
山中を走る。
ちょっとオリエンに近づく。戻る。
満足いく達成をできなかった頃を取り戻しに行く。

何より、狸谷山の向こうにあるでっかい魅惑のブラックボックスについに着実に挑む。
そこへ至ったような、震えるような陶酔感を味わいたいと思う。
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# by fdvegi | 2013-09-26 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

まるで新入社員のような

7月1日の共通事務部化で、これまで企画一本だけでやってこれた仕事内容に脈絡不明の総務業務が加わって、これはもう完全に純増になってしまった。
かつ、サイトビジットを間近に控え、ここへきて企画関係の業務が立て込んでいる。
毎日が割といっぱいいっぱいのてんやわんやで過ぎていく。
新たに同じ係になった非常勤さんたちのフォローというか、コミュニケーションすらも十分には取れていない感じ。

が、今日、17時過ぎの帰り際、サイトビジットのロジ準備とか、練習会の準備とか、事前課題の20論文とか、ベンチマーク機関の選抜とか、拠点長プレゼンの骨格作りとかで追われていたら、向かいの列の非常勤さん2人が意表をついてほめてくれた。
いわく、拠点長秘書の人が、いつも大変そうだが頑張っているとほめている。
いわく、忙しいのに悲壮感がない。
いわく、いくらでも応援しますよ、と。

ぼくは嬉しいやら恥ずかしいやらで、思わずまた「そんな、悲壮感漂わせる人なんていないでしょ」なんてへらず口を叩いてしまった。

あぁ。恥ずかしがったり躊躇したりしないで、もっとへらへらほめられれば良かった。
向かいの二人が今日してくれたように、もっとちゃんと二人に勇気を持って接してほめたり手伝ったり一緒に悩んだりすればよかった。

急きょ一念発起して、課長や別の係の係長やらから寄付を取り付けて、懸案だった新しいコーヒーメーカーの購入を一気に進めた。注文まで終えてやった。
なんていうか、せめてものお返し的に。

一生懸命に仕事をするというのは、やはりそれはそれでいいことなんだろうな。
色んな関係もなかったうやむや嫌な気持ちたちも一気になくなった気がした。
ありがたかった。
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# by fdvegi | 2013-08-01 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

布と娘

バゴーで買ったミャンマー布で娘を包んでみた。
たぶんまったく偶然だろうけど、彼女はしばし、泣くこともなく布団の上で一人で寝ていた。
それでずいぶんと気が晴れた。
嬉しかった。

蒸し暑い日、思えばバゴーの布やの赤ちゃんも、布にくるまれてハンモックに揺られて眠っていた。
家の人がどでかいザボンをむいて食べさせてくれた。
雨はどしゃ降り。
スコールが止むのを待っていた。
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# by fdvegi | 2013-07-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

夜のサイド

夏の宵、間遠になってきた蝉の声を聞いていたら、不意にモンユワの夜を思い出した。
かまびすしいほどの虫音、トゥッケーさんの異常にスローな鳴き声、そうでもなかったはずだけど印象として真っ暗だった宵闇。
そして、そのずっと前に行ったメコン河下流の電気とガスのない村。
地平線の向こうに日が沈み、河と空が、墨を溶かした水のように混然となって、夜になった。

バゴーの朝ぼらけ。
インペリアルホテルの足元を、赤い袈裟の小坊主さんが列をなして歩く。
ぼくは隣の茶店に降りてって、甘いお茶に油で揚げたパンをひたして食べる。

食事を終え、妻に代わって、寝入る子どもを胸に抱く。
そっと。動かないように。じっと。静かに、愛おしく、ほほえましく寝息を立てる。
つい今食べていた小松菜のばりばりという感触が不意に思い出される、なぜか。
45度を超えるモンユワの昼間、耐えられなくなってビールをかっ食らった。
テーブルにぎゅうぎゅうと並べられた焼き野菜が原色をガツンガツンぶつけてくる。
また負けだ。もう負け。
結局2度行って、2度負けたモンユワ。

くそ鬱陶しいあの町に行きたい。また行きたい。
夜の音、胸騒ぎ、暗い闇。
不意に横から押され、体ごとガバと奪い取られる。

そういう感じ。
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# by fdvegi | 2013-07-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)