復活

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11月に左足を痛め、12月はうまく乗り切れるかと思ったら妻が腰を痛めて、年末年始の9連休を完全に棒に振った。
このままだらだらと終息してしまいそうな不安もよぎったけれど、気がつけば1月は久々に100km走れた。
2月には一度だけだけど山にも入れている。
10月から11月にかけては調子に乗って色々とコースを変えたりもしたけれど、やはり狸谷山を基本にしようと心を入れ替えて、狸を軸に距離を伸ばす工夫にいそしんでいる。
今一番のお気に入りが御蔭神社。
八瀬駅のすぐ手前まで、修学院門跡から丘をまた一つ越える。
その後、気合いを入れて赤の宮神社経由で下鴨神社まで行けば、ひとり御蔭祭の趣向になって楽しい。
荒魂と和魂を思う。
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# by fdvegi | 2014-02-12 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

11月の顛末

・11月2日(土):バプテスト病院から東山トレイルに入り、比叡山頂まで行って引き返す。水飲み本陣を経由して赤山禅院へ。17km。
・11月4日(祝):賀茂川を北上して東北部クリーンセンター、京都精華大学前、京都国際会館へ。20km。
・この2日の間に左足首をねん挫。
・恐らく比叡山からの下山時と思われる。はっきりとぐねった感触を覚えたのは2回。だけど、この週末の間は痛みがなかった。
・最初に違和感を覚えたのは、4日の国際会館付近で車の乗り入れのために進行方向と直角に傾斜している歩道。その傾斜にやたらと腹が立った。
・足にショックが来た感覚。

・11月5日(火):痛みが出た。激痛というほどのものではないが歩くときはひょこひょこせざるを得ない、ありがちなスポーツのけがっぽい感じ。
・同じ朝、妻がぎっくり腰になっていたので一週間午前休を取り、家事をした後、東方鍼灸指圧整骨院に行って出勤した。

・11月9日(土):父が家に来た。走らない。
・11月10日(日):自治会の一斉清掃(雨で延期)。走らない。

・11月11, 13, 14(月水木):若干の違和感は残しつつも、週末を2日とも走らないのはかなり久しぶりなだけに躍起になって走る。4km。
・月曜日が非常に調子が悪く、水木と時が経つにつれて調子が上がった。
・引き続き、痛みというより違和感はあるものの、次第に調子が上がったことで、けがの悪化ではなく休みの影響が取れてきた&休みをとったことで筋肉が驚いたものと理解。
・それに加えて、17日が延期後の自治会の清掃日。よって、16日は久しぶりの長距離に行かずにはいられなかった。

・11月15日(金):東方鍼灸指圧整骨院で、むしろ悪くなっている、この週末はやめておいた方がいいと言われる。
・しかし、上述の通り、当初、足首の骨の中(裏側)にあったように感じていた痛みが、足首とすねのつなぎ目の違和感に代わっていたため、靭帯の痛みというよりすねの筋肉の疲労のように感じられた。昔、サッカーの後にはよくこうなった。

・11月16日(土):大原往復。24.5km。
・往路、八瀬駅を過ぎたあたりから左足首に冷たい汗をかくような感覚。何となく冷える。ただし痛みではない。この冷える感覚はその後も折々に生じる。
・帰路、八瀬駅を過ぎて赤山禅院を上りきったあたりから、靴のエッジがやたらと右のくるぶし外側に擦れる、ぶつかるような感覚が始まり、痛い。

・これ以降、左足首が毎朝痛い。
・何が痛いのかよくわからないけど、寝起きなどが特に痛く、けれど時間が経てばやわらいで行く気がする。
・11月18, 20日(月水):もうよくわからなくて走った。4km。
・猛烈に調子が悪く、しかも右くるぶしまで妙な痛みが走る。ぶつかる痛みと共に、くるぶし単体でも痛くなってくる。
・靴の調子が悪いと思い、靴のサイズが9インチだったような気がしてくる。適正サイズは8インチなので大きすぎてくるぶしに当たるのは当然だと、翌日早速ヨドバシの好日山荘に4500円もする中敷きを買いに行く。
・いざ中敷きを入れようとして、自分の靴が8インチであるという厳然たる事実に行き当たる。
・さすがに冷静になる。右くるぶしの痛みは、左足をかばって右足に負担がかかっている結果だと悟る。

・11月23, 24(土日):完全休養
・11月25-29(月-金):完全休養
・11月29, 30日(金土):東方鍼灸指圧整骨院で、違和感・痛みの場所を指摘される。最初の痛みの部分、その後の違和感の部分からは明らかに移っていて、典型的な痛みからのフォーム崩れだとわかる。
・11月30、12月1日(土日):完全休養
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# by fdvegi | 2013-12-02 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

大原

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捻挫後初めての長距離走。足首に冷たい汗をかいている感じ。気のせいだとは思うけど。
24.5km, 1:55:59, 4:40/km
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# by fdvegi | 2013-11-17 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

秋の来る頃

左足首捻挫してた。
妻はぎっくり腰。
乗り越えなきゃいけない局面というのが、放っておいても次々と出てくるもんだな。
生きるというのは、案外。
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# by fdvegi | 2013-11-05 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

スピードコース

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賀茂川北上からクリーンセンター・市原を経由して高野川へ。
初めての20km、前回の19kmより速く(4:40/km➡︎4:36/km)、かつ体も楽ちん。ただし、左足首が痛い。やや不安。
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# by fdvegi | 2013-11-04 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

比叡山

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京都トレイル東山をバプテスト病院から入って、ケーブル比叡駅を突き抜けて比叡山頂へ。水飲本陣以降はほとんど歩き。何かの訓練になっているのかすら謎。
帰りに駆け下りてみたらあっという間で驚いた。足腰に来る。
とにかくこれで行ったことのない心残りはない。
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# by fdvegi | 2013-11-02 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

途絶の果て

母方の祖母が亡くなった。87才。
頭の中の毛細血管がぷつぷつ切れていくそうで、もう長い間ずっと病院にいた。
最初の頃は、あれとこれを間違えた的なエピソードを間々聞いたものだが、次第にそういう話もなくなって、いつの頃からか、ぼくとしては、まるで最初からいないかのような感じになっていた。おかげで気が楽だった。
いわゆるボケ状態だったことは間違ないく、浮き沈みしながら、全体として沈下して行ったのだろう。
娘の半年の誕生日、目を覚まさなくなった。
その長い時間を祖父と母とその他の親類たちが別れのために使ったのであれば、ぼくが言うべきことは何もない。葬儀の際の母が驚くほど普通というか元気そうで安心した。

この先、89歳の祖父が何を心の張りにしていくのか、場の関心はそちらの方に向いていた。生きている人間に関心が向かうのは、いいことだと思う。

もう何十年ぶりかのように遺影で見た祖母が、タイのブッサバ先生に重なって見えて仕方なかった。ブッサバ先生がうっとうしくも滋味深かったのは本人のお人柄によるところばかりではなかったのかもしれない。
ブッサバ先生はタイの伝説的女傑スラナリーの像によく似ている。
遠州の半分やくざみたいな傑物である恒太郎じいさんに60年も連れ添ったきみ子ばあさんもやはり勇ましい女傑だったんだろう。

どちらかというと口数が少なく、一歩引いて私を陰で支えてくれる妻でした。自分の思うままに突き進んでしまいがちな私をつねに心配し、優しい言葉をかけては気遣ってくれたものです。
なかでも「承知して騙されなさいよ」と、ことあるごとに私を諭してくれた妻の言葉が今でも心の中でしっかりと生き続けています。どんなことも寛容な気持ちで受け止められる広い心の人間になることが、人生においていかに大切なことかを妻の言葉を思い出すたびに感じさせられます。いつもさりげなく私の背中をぽんと押してくれた妻の存在は、思っていた以上に私にとっては温かく大きなものだったのだと今さらながらに実感します。
穏やかな表情で、にっこりと話しかけてくれた妻の笑顔が、まるで昨日のことのように鮮やかに浮かんできます。


祖父はおそらく正座してこの文章を書いた。
晩年の小川国夫の味わいを思わせるすばらしい文章だと思う。
きっと何度も草稿を重ねたに違いない。
一連の作業の間、89歳の胸にはいったい何が去来していただろう。
完全に想像を絶する。
先人たちはいつも途絶の果てで憩っている。
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# by fdvegi | 2013-10-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

陸上編

ボルダリングは何となく悲しい怨恨だけ残して終わってしまったなぁ。
何の怨恨だったか。
思えばあれがアメリカの夢から醒めていった推移、ゆっくりとした瞬間だったのかもしれない。

それはそうと、今はジョギング。
2013年9月28日に8kmを39分14秒、つまり1キロあたり4分54秒で走った記録。
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次にこれが、2013年10月14日に11kmを1時間11分19秒、つまり1キロあたり6分11秒で走った記録。
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どちらもジョギングの記録としては微妙ながら、狸谷山へのひどい坂道を登り切っていることは明記しておきたい。
かつ、11kmの方は、狸谷山の健康250階段すら突き抜けて、その上の京都トレイルを走っている。

雲母坂、曼珠院、鷺の森神社という、平成16年4月からの最初期一人暮らしの頃の憧れというか、当時の自転車で走りながら脅威とおののきと憧れを抱いた道をたどっている。

これに加えて、11kmルートでは、平成24年10月からの高野暮らしで心を寄せた狸谷山と、ちょっと恐ろしいような気持ちになっていた、親鸞上人や比叡山の僧兵たちが日吉神社の神輿をいで都に強訴に押しかけたという元祖きらら坂を踏破し、かつ、最新版では、昔の一人暮らしの頃、自転車で迷い込んでいやはや恐ろしいと感じていた赤山禅院を経由した。

要は、ここで越えておくべきものをようやく走り終えたと感じている。
一通り終えた感じ。

この先は走りと記録に挑戦していきたい。
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# by fdvegi | 2013-10-14 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

ほむら立つ

喉の痛みというのは一度小さな火がついたら最後、燃え立つように痛みだすまでさほど時間を要さない。
まさに炎立つ。

火曜日の終業後に大急ぎで柴田クリニックに行って、3つの薬を処方してもらった。
・トラネキサム酸カプセル250mg「トーワ」
・ムコダイン錠500mg
・ロキソニン錠60mg
・キキョウ湯
イマイチ効かない。
たぶん、最低限の効能のある、悪い影響のでにく薬なんだろうなと予想してる。
特にトラネキ・・・はやまさんも効かないと言っていた。

翌水曜はノーベル警護のために無理やり仕事に行ったけど、どうもあまりにひどく見えたようで、途中で帰らせてくれた。
辛抱強く薬を飲んでごまかしごまかし過ごしたけれど、症状が、喉の痛みから、熱っぽさ+あふれる鼻水に推移した感じで、とにかくやっぱり眠れない。

翌朝、つまり今朝、声が出なかった。
仕事は休み、朝一番に東道医院に行って抗生物質を出してもらった。
・トミロン錠100
・ソランタール錠100mg
・ザイザル錠5mg

ようやく少しずつ効いてきた感じ。
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# by fdvegi | 2013-10-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

その平熱

「風立ちぬ」を見に行った。
感動してしまった。
胸が熱くなった。

映画の最後、ヒロインの菜穂子さんは空になった。
現実には、死期を悟って誰にも告げず、生きてる内から半分死みたいな山へと旅立った。
黒川夫人の「きれいなところだけ、好きな人に見てもらいたかったのね」という手向けの言葉は、それ単体で十分すぎるほど胸に迫った。

映画は、震災や大戦、軍や特高など、おぞましいものをおぞましい演出で登場させることで、淡々と登場する美しいものをますます美しくさせた。
その極致が空になった菜穂子さんだった。
ヒロインを永久(の憧れである空)にするための映画のように、ぼくには思えた。

ジブリはよく、空を飛ぶことが特徴として挙げられ、「だって空飛びたいじゃないですか」と宮崎駿自身も昔あっさりとインタビューに答えていた。
愛しい女性だからそこへ飛び込んでいきたいのか、愛しい女性に当てはめてしまうほど憧れの空であるのか、それはわからない。
ユングやフロイトに聞くしかない。

けれど、ファンタジーを標榜し続け、それを極め続けたような一人の老作家が、最後の最後の作品で自身の内奥をぶちまけたのなら、それはそれでいいじゃないか。あっぱれではないか。
慎重に積み重ねてきた嘘から放たれて、その様は清々しい。
メッセージなんて要らない。

幼少期の不安、あふれる才能、まっすぐな心、たゆまぬ努力、大仕事への抜擢、外国経験、苦悩と成功、特別でノーブルな雰囲気、愛しい女性、運命的な出会い、はかない命、美しい人。戦争と死の病。おとこたちの欲しいものが全部ある。

北杜夫に親しんだ元文学少年として、こんなにも肌に親しい感銘はない。
戦後の青少年たちが息をひそめて抱えてきたみなぎるような憧憬が、恥ずかしげもなくすべてつまっていた。
その堂々とした告白に胸打たれた。

生きろ、なんてメッセージ、この映画にはない。
生きろと言われなくたって二郎さんはたぶん生きた。
敗戦してゼロ戦が一機も戻ってこなくても、おそらく生きた。
生きねば、なんて彼は思わなかったはずだ。
愛しい人がいた = 生きる。それだけ。
その平熱に感動した。
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# by fdvegi | 2013-09-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)