振り出しに戻ってばかりもいられない

iPhoneを5からSEに買い替えた。
長い間世話になったAUを離れ、電話番号はそのまま格安SIMへ。
新しい生活を始めるという、意識されない意思だったんだろうか。

新しいことがうれしくて、iTunesで音楽も買ってみた。
そもそもは森山直太朗の「生きる(って言い切る)」の入ったアルバムが欲しくて音楽熱がじわじわと湧いていたのだけど、iTunesは開くたびに久しぶりでよくわからないし、ちょうど電話も変わるしでタイミングを失っているうちに、気がつくと Cubetone というバンド2枚と Goma&jungle rhythm section の「Afro Sand」に変わっていた。
どちらも非常にいい。ウーファーが欲しくなる。

結局、新しい電話には、野狐禅といいMokaveといい今回の2組といい、もう存在しない名義の音楽ばかりが入っている。(Gomaさんはまだやってはいるのかな。)
いなくなっても残るのは偉大だと思う。そういう仕事。

電話が変わっても生活は変わらない。
仕事の仕方も迷い方も失敗の仕方も、わからない人の言っていることのわからなさも
上司の言っていることの意味不明さも、おそらくこの先ずっと変わらないんだろう。

6月12日は、昨年、藤井さんといづぼんで飲んだ後、はじめて日記を書いた日だ。
3年分が一冊になっている日記帳なので、一周回って今夜やってきた。
振り出しに戻ったのでなければいいけれど。
なんかちょっと不安になる、雨の夜は。
背中が痛い。

c0072352_1154387.jpg

[PR]
# by fdvegi | 2016-06-13 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

うらみつらみはこれで最後に

ついこないだの話。
500ml入りの日本酒を半分くらい飲んだところで寝落ちしていしまった。
娘がまだぐずぐず言ってる布団にもぐりこみ、娘より先に眠っていた(らしい)。

もともと強いとは思ってなかったが、こんなにも弱かったかと、さすがに驚きを隠せない。
と同時に、その弱さを覆いかくしてあまりあった何か、よく言えば気の張り、の恐ろしさ。

だって、週7日のうち少なくとも1回は750mlくらい日本酒を飲んで、4-5回は360ml(180ml×2)飲んでいた。
それを少なくとも1年は続けたのだ。
帰路、近くのファミマでワンカップを買って自転車をこぎながら飲み、生鮮館が閉まっていれば元田中のフレスコでワンカップとビールと2割引きの刺身を買って、今度はビールを飲みながら帰る。
だいたいそういう日々。
翌朝は7時に起きて8時に出勤した。もうあんまり思い出せないけど。
自転車置き場に自転車を停める瞬間、壁に前輪をぶつけてサドルからおりる感覚だけが、なぜか鮮明によみがえる。なんでだろ。

さらに、下手をすると夜中の4時や5時に「バチン!」と聞こえて目が覚める。
耳元でするのか体の奥で鳴っているのかわからないで、とにかく飛び起きる。いや、跳ね起きる。そういう感じ。
大急ぎで部屋を出て、別の部屋で電気をつける。部屋を明るくすると少し落ち着いた。
で、まんじりともせぬまま8時を迎える。

ふーーーー。
いやだいやだ。

あの間、肝臓や膵臓やその他もろもろの臓器に一体どれだけの負担をかけただろう。
本来、日本酒250mlで陥落するところ、その倍くらいの負担を毎日休みなく1年間かけ続けたのだから、人道にもとる罪深さと言わざるを得ない。
タイの仏教なんかが(過去に)厳しく戒律を守っていたのは、やっぱりこういう人道への違背を戒める目的だったのだろうか。
それは自身の健康や長寿とか家族への責任とかとは次元を異にする、人道という言い方はたぶんおかしくて、神とか仏とか、生かしてくれる大いなるものへの畏敬なのかもしれない。
生かしてくれるものに敬意を払うという一周回った自愛。
原因と結果に直接的でつまり効率的な関係を求めない余裕、あるいは保険的な装置。
そういうの、いいと思う。とてもローカルな思考かもしれないけど。

あがめて、おがむ。もうオガムオガム。
ミャンマーの寺に行きたいな。一日ぼんやり。
ひょっとしてヤンゴン人たちももうそんなのんきな過ごし方はしなくなってたりしてね。

c0072352_20492749.jpg

[PR]
# by fdvegi | 2016-06-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

空は青いです

もともと特に目的があって何か書いていたわけではないのだけど、かれこれ3年くらい何もせずいて、しかも直近1年は半分病気みたいな状態でいたこともあって、久しぶりにここへやってきてももはや何を始め直せばいいかわからないような、呆然とした気持ちになってしまう。
だから日々記憶に残っていて、爪に残った皮膚片みたいに気持ちにひっかかっていることをなんとなく列記していくことで、さて、自分をもう一度見つめ直して、自分の現在地点みたいなものを考え直すことをしてみたい。

あー。
思い直せばそれこそがこうしてここに何かを書いてた理由だったと思う。始まるところも出てくるところも、まぁそう変わるわけないのかな。成長がないというか。

とにかくもう空は明るくて青い。
4月の冒頭、ちょうど異動したての頃にやたらと天気の良い日が続き、新しい職場がたんぼや馬場に囲まれ、退勤時間が早くてまだ明るくて、それで、空はたいてい青いことを知り直した。
そうなっていよいよ3月までの日々が夜から夜への繰り返しに思えてくる。
暗い鞠小路、生鮮館、ワンカップ、食傷気味のお刺身、ろくでもない惣菜。
そんなことしか思い出せない。
御蔭神社で手を合わせ、さい銭箱の前で顔をあげると、社殿と木々に区切られた小さな空を望むことができる。
あぁ、気持ちが晴れるのはこの空を見上げる時だけだ。いつも本当にそう思っていた。

今や空は青。もう全部青。
柳谷観音の鯉のぼりは勇壮に泳ぎ、和邇公園は行くたびにまぶしく水と木陰が愛しい。

c0072352_2294813.jpg

[PR]
# by fdvegi | 2016-05-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

巡礼の旅

5月31日の日曜日、娘と一緒に御蔭神社へ行った。

週末のランニングができなくなって久しい。
去年の9月には行けなくなって、あとは長岡でスポット的に走っていた。
京都で最後に走ったのは10月の終わり、御蔭神社を通って八瀬神社に行ったコースだった。
正月休み以降は長岡へ出向く機会も減って、ほとんど休止している。

先日、同僚のお父さんと酔っ払いながら話しをした。
自然と、同じ上司を持ってしまった者どうしの話になって、一つ笑ってしまったことがある。
図らずも二人して、まさるさんの墓参りで同じようなことを語りかけていた。
やれるだけやるとか、頑張るとか、そういうことを、精一杯自分を整理して、出征前に手紙を書くように。
それで何とか自分を立て直した、と。

お父さんはすぐれて俗物的で物質的な男なだけに、その彼までそんなことしていたのかと思うと、当時の彼の追い詰められようが察せられた。
それと同時に、よくわからないけれど、死者と向き合うことの機能を思った。

そんなことがあったものだから、日曜日は月曜日を前にして御蔭神社に行きたくてどうしようもなかった。
何とかして荒魂さまのもとまで行って、何とかしてほしいと頼みたかった。
走っていくのは時間的にも体力的にももう無理だ。
だから一人、自転車で行こうと画策した。
けれど、娘が昼寝をしないのでだめだった。
それならばと娘を連れて自転車で行こうと思ったけれど、せっかく自転車があるのにヘルメット買うことすらできない。
結局、車で行った。

車で行けるところまで辿り着いた時には娘はすでに眠っていた。
申し訳ないけど起きてもらって神社まで一緒に行った。
木々に囲まれた未舗装の細道はいつもの通り薄暗くて虫も多い。
娘はそれでも特に怖がる風でもなく、抱っこされていてくれた。
神社では、お行儀よく手を合わせてナムナムとしてくれた。
やたらと長く手を合わせている父にちょっぴり戸惑いつつも、こちらの様子を伺いながら父が手を合わせている間は辛抱強く同じ場所に立って、ナムナムらしいことをしてくれていた。
だから、父は思いがけず気が済むまで手を合わせていることができた。
荒魂さまと向き合うというより、ただすがっていた。

なんだか、毎日、三輪神社に参っていた中学生の頃を思い出した。
その前の日に、父と母を訪ねて芥川町に行き古い町並みを歩いたからかもしれない。
酒蔵町だったという富田の町並みをすこし思い出したせいかもしれない。

神社から車までの帰り道は、娘は自分で歩いてくれた。
時々抱っこを求め、不意に降りたがり、何メートルか小走りで戻ってそこから再び歩き始めるという見たことのない動きをしたり、林道から杉林の中へ入って行きたがったりした。
大半は車で来てしまったけれど、それでも歩いて辿り着く時間を持てたことが改めてうれしかった。

何かを先延ばしにしているだけなのかもしれないけれど、月曜日からは調子がいい。
うそみたいに気分の霧がない。
これが俗にいうパワースポットというものなのかもしれない。
けれど「パワースポット」という点・場所にはあまり意味がないように思う。
もちろん御蔭神社という場所は大切だけど、その大切な場所へ何とか自力で訪れるという行為が大切なんだと思う。
そういう意味で、場所を示す「パワースポット」という言葉は事実を見誤らせる。
「神頼み」という行為を示す言葉が必要だと思う。

走ることを巡礼することと勘違いするのはおかしいかもしれない。
だけどおかしくないケースや、おかしくない人がいても、それはそれでおかしくない。
間違いなくぼくはそのケが強い。
何とかしてランニングを復活させよう。
せめて娘との自転車を始めたい。
[PR]
# by fdvegi | 2015-06-02 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

雨がだめにする

11月に入って以来ひどく調子が悪い。
娘は1日(土)に車内で吐いた。
それまでも夜の眠りの悪さはあったけど、連休中は結局ほとんど眠らなかった。
食欲もなく納豆ばかり食べる。

3日(祝)の晩になって体中に薄く湿疹が出ていることが判明。
なるほど水疱瘡の初期症状だったか、と夜間の第二日赤病院へ行ったところ、水疱瘡ではなくウイルス性の発疹だと言われて抗生物質をもらって帰った。
翌日、東道医院へ行って溶連菌ということが判明。
納豆ばかり食べていたのは喉ごしのよさのせいだった。
オレンジ色のやたら甘ったるい抗生物質をもらって保育園はお休み。けれど翌日からの登園は許可。

服薬しているうちに徐々にではあるけど明らかに調子は良くなっていき、どういうわけか鼻水が止まって夜も眠るように。
妻は久々にまともに眠ることができた。
溶連菌判明の以前から娘は(たぶん)鼻水のせいでずーっとろくに眠らずにいて、その分、妻の睡眠不足は劇的に積み重なっていた。
ついにパニック発作を発しはじめ、4日(火)に上野診療所で漢方薬をもらっていた。
癇の虫にも効くというその漢方薬が効きはじめたか、なんて楽観。

ところが、7日(金)くらいからまた鼻水が出始め、8日(土)の朝には柴田クリニックへいつもの鼻吸いに。
この夜はまた眠らなくなってしまい、9日(日)は朝から妻にばかりすがりつく。
とりあえず二人に睡眠時間を作らなくてはいけないので滋賀まで運転。
坂本の食堂でお昼ご飯を食べながら吐いた。
大急ぎで家に帰り、夕食はろくに食べなかったのだけど、これも吐いた。
そして夜中、乳を吐いた。

これも溶連菌なのか、いや耳鼻科あたりで胃腸炎でももらってしまったか、何なんだ。
保育園には行けるのか、と思って東道医院へ行ったら、ノロの疑いを指摘される。
まだ反応は出ないという理由で検査はされず、とにかく休園。
そういえばお茶ではなくお湯で解きさえすれば、甘ったるい抗生物質もするする飲んでくれていたのが、ここ2日ほどはまったく見向きもしてくれなくなっていた。
胃腸がおかしかったせいなのか。
薬ばっかり増えていく。
まだまだ小さい体の小さい胃袋に、いったいどれだけ薬をしみこませるのか。かわいそうに。

この間、10月の終りから延々と右足の甲が痛んでいる。
昨年、比叡山でやった左足のねん挫と全く同じ症状なので、たぶん同じことだと思う。
ただし今回は比叡山なんて行っておらず、久々の散髪の帰りに革靴で小走りしたときにクッと痛んだだけ。
それなのに無茶くちゃ痛い。11月はまったく走れていない。
毎日毎日シップを貼って足を引きずって過ごし、ようやく週末頃に痛みが引いてきたと思ったら、今日になってまたひどく痛む。

全部雨の日だ。
11月1-3日の連休も、この週末9日も、雨だった。
雨が全部だめにする。
[PR]
# by fdvegi | 2014-11-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

あの場所の季節を知りたいと思う

念願だった狸谷山不動院~御蔭神社~八瀬天満宮。洛北極楽コースに行ってきた。
遂に遂に。嬉しい。17.15km、5:02分/km、高低差1385m(たぶん誤作動)。

妻の友だちが家に遊びに来てくれたのでその隙を利用。
娘の扱いも上手だったので、これから毎週来ていただいても構わない。
本気でそう思ってしまう。
c0072352_2245515.png


八瀬天満宮は、鳥居から社殿までの農道が素晴らしい。
左右に広がる田んぼ。前面と背後を取り囲む深い山。くり抜いてきたような青い空。
うっそうと茂る鎮守の森の濃い緑。

最高に天気のいい日だった。
八瀬童子に会うことはできなかったけれど、冷えた汗と忘れ得ぬ風景。
あの場所の季節をもっと知りたいと思う。


[PR]
# by fdvegi | 2014-10-28 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

一歳半

一歳半検診で弱視の可能性を指摘され、バプテスト病院に行ってきた。
目をすがめるような様子がある、と検診の事前アンケートに記入しておいたら、老医師はペンライトで娘の目を照らし、眩しがったことを理由に弱視の恐れを指摘したらしい。
妻によると、むしろ嬉々として話したそうで、周りの助産師さんや看護師さんたちも戸惑っていたそうな。

今日、バプテスト病院での診断では、若い医師は娘の白眼か黒目と白眼の境辺りを照らし、娘が眩しがらないことを理由に最初の診断を下したのだと思う。
娘の気を引く為に医師の後ろに回っていたので、その様子を見ることができた。

最終的には、目の奥をみる、という精神衛生上?両親も立ち会えない検査をして問題なしという答えを出してくれたのだけど、奥の奥の検査室から聞こえてくる絶叫とか、検査後の汗みどろの様子とか、その後珍しく4時間近くも昼寝をしたこととか、もう不憫でならない。

老医師は、目を照らせば眩しがるのが普通じゃないか、と尋ねる妻に、「普通の子」は眩しがらない、と応じたそうな。
本当に黒目を照らしたんじゃないだろうな、と今となっては疑いを投げかけることができるものの、当時その瞬間の妻としては娘を胸に抱えた状態で何も見えないし、そもそも「普通の」発言にやられてしまって憔悴していた。

渡らなくていい石橋を無駄に渡り、その結果が結果オーライという絵に描いたような徒労の妙味は、酒の肴にしたってモノが悪い。
[PR]
# by fdvegi | 2014-10-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

東のエッジ、西のエッジ

妻の実家あたりでランニング。
楊谷寺、善峰寺、光明寺という西山三山をつなぐ西山古道。
一時は東山トレイルに親しんだ者としてこれに挑まない手はない。
というわけで行ってみた。
西山三山トレイル・ラン。16.43km、高低差730m、速度6:38/km。実際問題、「古道」と「トレイル」は違うことを思い知った。きつい。こわい。どさくさのうちにろくな準備もしないまんまで山に入ったけれど、帰ってこれて本当によかった。山に挑むときは冗談抜きで誰かパートナーがほしい。熊への恐怖はハンパじゃない。

c0072352_20593861.png


休日の日中ランを禁じられ、東山トレイルはおろか狸谷山経由御蔭神社という愉悦コースすら現実的に実施不可能になってしまった今、妻の実家宿泊は距離と坂道を同時に楽しめるほぼ唯一の機会になった。
しかし、東山がだめでも西山があるから何とかなる、というのは実にありがたい話で、朝テキトーに起きてきて、好きなものを自由に食べて、気が向いたときに走りに行って、帰ってきたら勝手にシャワーを浴びる。この贅沢。

しかも、愉悦コース8kmの代替に走る、北大路または今出川から千本経由で北山から白川へという平坦路が12-13kmあるおかげで、いつの間にか10km越えがデフォルトに。

御蔭神社を越え、ケーブル駅を越えて八瀬神社まであしを伸ばす往復コースの妄想が止まらない。愉悦を超える極楽コースになること間違いない。楽しいことはまだまだ終わらない。
[PR]
# by fdvegi | 2014-10-13 00:30 | 這い上がる | Comments(0)

そろそろ日暮れ

22日は休みをとって、娘を保育所に預けて妻と二人で街へ出た。
半日ぶらぶらして、最後にカフェ・コチでビールを飲んでケーキを食べる。
平日とあって客も少なく、店の中はほとんど何も変わってない。
仕事を休んで半日本を読んで過ごしたり、ワインを開けて一日過ごしたりした頃のまま。
空は晴天、光は横から、カーテンは風に流れる。
心地よく怠惰。

「年輩組みだったね」と帰りに妻が言う。
店の客層では自分たちが一番年上なのだった。
別に浮いてはいない。はず、と思う。
ただ、二つの円の重複するゾーンの、それもかなり上の方にいつの間にかいた。
心地よい空間として楽しめるぎりぎり。
休日ならもう無理だったのかもしれない。

あまりに長くてもうそれが普遍のような気がしていたモラトリアムが、いつの間にか終わってた。そういうことか。
街を歩いてむしろ普段よりも疲れた体で娘を迎えに行きながら、そんな風に思う。
そろそろ日暮れ。
食事、入浴、洗濯、飯炊き。散乱する部屋。
そういう意味があるんだな、子どもっていうのは、逆算すると。
ないとだめってわけでも、そのために生まれるってわけでもないけどさ。
そんな風に思う。

思うが早いか忘れている。
今夜は早く寝てくれないかな、そんなことを思ってる。


[PR]
# by fdvegi | 2014-09-23 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

コミュニケーション・アン・ビジブル

3月に急に係長に昇進した。
自分が使っていた主任の枠は勝手にレンタルに出されてしまい一人係長になった。なので、3月と4月の人事案件にはまさに忙殺された。残業は70時間を超え続けた。
と同時に、4月に報告書作成の指示が来た。7月の提出まで病的にその仕事をしていた。39度の熱があっさり出るようになった。
報告書をやっと提出できて一息ついたかと思うと、9月のサイトビジット(評価団の現地訪問)の準備が始まって、8月は土曜がないような状態だった。
そして先日、そのサイトビジットを終えた。39度への対処はずいぶんとスムーズになったと思う。

この間、5月に淡路島へ行き、8月には四万十へ行った。休みとなればただただ車を運転している。

そういうわけで、3月4月5月6月7月の5カ月に渡って、ほとんどまったく走れていない。
昼休みをろくに取ることができず、土日は娘の病院通いなどなどに完全に奪われた。
改めて見ると長い。
2月6日には、狸谷不動尊を山門まで上がって赤山禅院を経て御蔭神社まで至る11キロ、高低差280メートルのコースを4:46/kmで走っていたのが、今日は北大路を千本まで行き、北山へ上がって東大路を下りてくる11キロ、高低差80メートルのコースに4:47/kmかかっている。
体重は量ってないけど、体形が明らかに変わった。
ひどいもんだと思う。

そんな今日、娘の年とほぼ同じ1年4カ月ぶりにまさるの墓参りへ行った。
1年4ヵ月前、いつ生まれてもおかしくない状況で、お父さんと矢野のおっさんのお宅訪問と合わせて行って以来。ふと思い立って。
だから、娘を連れて家族で行くのは初めてだった。
手を合わせ一通り念じ終えて目を開けると、強い風にあおられた線香から炎が上がって揺れていた。
まさるさん。
昔、結婚の報告に行った時には目の前でパッと火がついた。
出来すぎた芝居でも何でもいい、嬉しかった。
だから今日も嬉しかった。

親になった。
若くして自ら逝った彼の不孝を思わずにおれない。
不憫でならない。
c0072352_23231536.jpg


[PR]
# by fdvegi | 2014-09-13 00:30 | 京都在住 | Comments(0)