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復活譚

そんなこんなでタイはひとまずの収束を迎えたようです。
よかったよかった。(簡単に言ってはいかんのでしょうが)

安直に考えた天罰が下ったか、またあっさり風邪をひきました。
喉痛から始まって、鼻水、微熱、そして喉痛。
だいぶマシになったけど、足がナヨナヨしています。

聖書によく「足萎え」という言葉が出てきて、イエスが治して立ち上がらせた話がやたら印象深いもんですから、病み上がりのこういう状態になると必ず浮かんでくるんです。足萎え。

と、自分で言っててなんですが、暗い感じじゃなくて、「治癒」とか「回復」とか、そういうものへの祈りみたいなのが織り込み済みなんではないかとは思うのです。

と、そんなことを考えていたら、タイの映画がカンヌ映画祭のパルムドールを取っていました。

聞けば、死にかけの養蜂家のところに死んだ妻の霊が現れる、という霊魂とか復活とかといったことを描いた話なそうな。

先日、新聞紙上で見た小川国夫の再評価の兆しと相まって、なんだか世の中が死者とか魂とか、目に見えないことに手を伸ばそうとし始めているのかしら、という気がしてなりません。
昔から普通に葬送や弔いとしてやってきたことなんですが、そろそろ社会全体がそれをしないではいられなくなってきたんでしょうか。
歳をとったら信心深くなる、人の一生みたいに。

緩慢なパラダイムシフトだよね。
日没へ向かうのかしら。
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by fdvegi | 2010-05-24 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

ニュースの味わい

7月からタイに赴任することなっているもので、今日はさすがに、「行って大丈夫なのか」「会社に頼んで行くのやめれば」といったメールをくれる人がいました。
ありがとうございます。

こういうメールへの返事、意外と消耗するんですよね。

基本的に、公権力的なものが止めない限り行きたい、と思ってるんで、ニュースなんかで伝えられている情報は話半分で聞き、今バンコクで似たような立場で働いている知人からのメールや、バンコクに事務所を構えている同業他社の感触をこそ頼ってるんですが、そういう生情報を聞く限り、やっぱり大丈夫だという感が強いのです。

だから、心配してくれる人からすれば、生ぬるい、夢を見ている、と思われて仕方ないくらいに泰然としているつもりなんですが、それでも周囲から「大丈夫か?」を連呼されると不安になってしまうのが正直なところ。

今更になっての渡航中止は、はっきり言って死刑宣告に近いんですよね。
気持ち的にも、オフィシャルスペースでの自分的にも。

現場を少し離れると・・・みたいなニュース、誰か流してくれないかね。
やばい、大変だ、危険、の方がセンセーショナルで食い付きがいいとは思うんだけど、まーそう煽りなさんな、と思わずにはおれません。
せめてギリシアとユーロの関係を伝えなよ、ストやデモの過激さばかりでなくてさ。
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by fdvegi | 2010-05-16 00:30 | 東南アジアなん | Comments(0)

プチ出張

哲学者の鷲田清一と立ち話する機会がありました。

メガネ、ぼくも同じとこで買ってたんですよ。
へー、今は○○なんですか。
ぼくも京都ですけど、北山です。
彼岸忘日抄の解説、読みました。
生意気ですけど感心しました。

ま、他愛もないミーハーはやりとりです。
けど嬉しかったなー、なんか。
なんとなくね。
意味なしと分かっていながら渡す名刺すら心が弾んだ。

さて、阪急茨木市駅裏には「花」という、なかなか上品においしいお店があるんですが、
今回はそこをスルーして、もう一つ奥にある「和」というところに行ってみました。
駅裏のあの辺りって何とも言えず殺風景で、行ったこともない北の炭鉱町を連想させます。
その言い知れぬ場末感が、ぼくぁ好きなんだなぁ。

しかもこの店、生け簀が二つあったり、お造りが基本一尾からという
全開の場末感に反する妙なこだわりようで(冷蔵庫に冷えてる瓶ビールは緑のエビス!)、
思いのほか値は張ったものの意表を突くうまいものを食べさせてくれるのでした。

茨木までのほんのプチ出張。
だけど不思議と、ずっと遠くの方まで行ってきたような、
懐かしいくらいの充実感に包まれた夜でした。
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by fdvegi | 2010-05-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

泥船を漕ぐような

睡眠不足と腰痛に苦しんだ挙句、服薬・飲酒・もうろう・落選、、、と、それこそ苔の生えようもない終盤戦を迎えてしまった中川昭一元大臣は記憶に新しいところですが、今日は久々にマッサージへ行ってまいりました。
腰が痛くて痛くて、もう。
最近少し寒いからかしら。

それともう一つは、予想外の仕事の泥沼さによるものでしょう。
フォーマルな立場上ぼくは他課の人間なので責任からは免れているのですが、隣や向かいに座る、フォーマルな立場的に責任のある人々が、今直面している生々しく禍々しい問題について知識と経験をあまりに持ち合わせていないばっかりに、辛酸をなめたことがるというだけの生半可のぼくが作る資料とリードする議論を基本に動くという状態の渦中に置かれております。
性根がチキンですから、それだけで結構きつかったりするのです。

でもって、世の中には「長」がつく立場でありながら、判断しない、人の考えに乗るだけ、30分でも1時間でも黙り続ける、口を開けば同じところ(分析)をぐるぐる回るばかりで一向に意見を言わない、という人が実在して激しく驚愕しているのですが、まさにそういう向かいの人を相手に夜な夜な23時まで根比べをしている次第です。
(絶対にタダ乗りさせてやんねー)

いくら漕いでも頑張っても泥船は泥船という、ある種乾いた感覚には支配されつつも(あくまで他課の人間ですから)、それでも、誰かにリードされ勇気を出して恐怖の一歩を踏み出す、というナチュラルハイの状況でこそ味わえる、これも一つの仕事の醍醐味(?)を、不幸にもまだそれを味わったことがなさそうな隣の人に演出することが、居候としてのせめてものご奉公であろうと身を削っているつもりです。

はい。備忘録として。
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by fdvegi | 2010-05-13 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

丸顔祭り

恥ずかしながらすっかり丸顔の人になってしまいました。
いやいや、人間こうも変わるものですか。
我ながら愕然としております。
薄々勘づいてはいながらも、鏡の前ではちょっと斜に構えたりしてごまかしていたところ、
今回、浜松行きで写真を撮って、事実というものをまざまざと突き付けられました。

こ れ は ひ ど い 。
い や 、 丸 い 。

今にもレーンの上を転がっていきそうです。
ガーターはいや。
ストライクを狙ってよ。

主因は言わずもがなの飲酒でありまして、この冬は日本酒ばかりごくごく飲んでおりました。
福島の名倉山
新潟の越後杜氏
宮城の浦霞
この辺りがやばいですね。
あー。ばか。ショック。

とは言いつつもですね、これからは静岡県の志太泉というお酒をプッシュしていきたい。
浜松でいただきまして、げにうまし。藤枝です。

中田島で開催の凧上げ祭りは心がすかっとするような実に素晴らしい催しでした。
大きな凧ががんがん上がっては、時々落ちたりするんですが、
大の男たちが常に全力投球で走ったりがなったり跳ねたりしています。
お祭りはっぴ姿には男も女もヤンキー風味がかっこいいよね。
そして夜は夜で、町単位の大人と若者が路上にひっくり返って飲み暮らします。
その様がいいかは悪いかは別にして、この、常に町単位で動くという連帯感ていうか、
帰属感ていうか、そういうのがよく思えてくるトシなんだなぁ、自分、丸顔っす。

で、いつから始まったか知りませんが、伝統の凧祭りと併せて、
今ではブラジルやインドからの人々の文化などを取り込み紹介する
国際色豊かなお祭り騒ぎも開催されていました。

いずれこれらが融合してごっちゃになって、ますますエナジー全開な時間空間が出来上がることを期待せずにはおりませんでした。
丸顔さげてまた遊びに行きたいと思います。

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by fdvegi | 2010-05-05 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

ぼくはパナマ帽で

「君、君たらずとも 臣、臣たれ」
という言葉を本で見つけた途端、一発で気に入ってしまった。

何が好きなんだろう。
忠誠心めいたものはあんまりないけどな、と考えながらちょっと調べてみたら、
昔の人が「論語」の言葉を適当にいじくって作った家臣の心得らしい。
なるほどね。

おかげで逆にすっとしました。
君と臣とを分けて考えるから居心地が悪いのであって、
自分のことしか考えていないぼくは最初から、「君」も「臣」も自分に換えて読んでました。
君サイドと臣サイド。そういうもんでしょう。

さて、今更ながら鬼束ちひろにはまってしまいました。
この腐敗した!と裸足で叫ぶ恐ろしげな人、という認識でいましたが、
you tubeで物色すればするほど素敵で痛々しくて、たまりません。
歌う姿や表情だけでも十分すぎるほど飲みこまれてしまいますね。

「私とワルツを」が今のところ一番のお気に入りです。
どうか私とワルツを♪の痛切。
荒涼不毛の地を花魁姿でのたうつような「陽炎」のPVを見ていると、
あぁ、この人の本性の一つのそのものなんだろう、という気がします。
また別の本性がまだまだここでは秘密にされているのか、
自分でもよくわからなくなってしまっているのか、そんな謎もほのめかしつつ。

そんなことをぼんやりと考えつつ、ぼくは風吹きすさぶ巨大な海岸で
青空に高々と浮かぶ無数の凧を矯めつ眇めつしてやろう。
そこでまさると白い凧をあげたっけ。
蔵のように暗い雨戸なかで見た夢で。

そんなことを考えています。
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by fdvegi | 2010-05-02 00:30 | 京都在住 | Comments(0)