<   2009年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

チェンジ

バラが届いた。
赤い花束で30本。
埼玉の実家から、妻の誕生日きっかりに。

あの2人が結婚を喜んでいるのは明々白々わかりきっていたが、
その度合いについてはまったく誤解していたというか、
完全に認識を超えていた。

2人はぼくの結婚を喜んでいるというより、(もちろん喜んでいるんだが)
妻の到来を喜んでいる。(「家に入る」とかそういう意味ではなく)

それによって確実に何かが変わることを、
日頃、においとは感じられないにおいを鼻腔の奥で密かに掬い取っているように、
窓のないエレベーターの個室の中で上下の移動を間違いなく把握しているように、
きっぱりはっきりと感じ取っているのに違いない。

人の誕生日にバラの花を贈ったことなど、
60年の人生で一度だってなかったはずなのだ。

すでに始まっている。
これはおもしろい。
[PR]
by fdvegi | 2009-02-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

時折、何か孕んでるような高まり

なんだか景気の悪い話で途切れてますが、
それなりに平穏に生きております。
時折、何か孕んでるような高まりが顔をのぞかせます。
ちょいとストレスフルなだけです。

20歳のくらいの時に消息を絶った友人に、
しつこく年に2・3回メールを送り続けていたら、
先日ついに初めて返事が来ました。
ちょっとした奇跡です。
会いたいなぁ。
[PR]
by fdvegi | 2009-02-21 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

それは拾ったり拾われたりするものか

朝、ラジオが興味深いことを言った。
親の年齢が子どもの年齢の2倍になるのは人生に一度だけなそうな。
子どもが、親がその子を産んだ歳になった時、二人の年齢差は2倍。
ぼくはちょうどその時である。

先日、京都に来るまで住んでた団地地帯を訪れて以来、おかしな感覚にとらわれていて、
そこへもってきて更に、手を伸ばせば届くんじゃないかって気がしてしまう同業他社の給料が、
自分の職場よりも断然に、ボーナスの桁が違うくらいよい、という話をその後に聞いて、
ぐるぐると支離滅裂なことを考えている。

団地を訪れたぼくは率直に「俺、エラくなったもんだな」と思った。
と同時に、「エラく」してもらっておいて(エラくなったなぁ、なんて)いきがってんじゃねぇよ、と
恥ずかしい気持ちにもなった。

ぼくはどう考えても、自分が「した」「してきた」以上のことを享受している。
ふわふわと学生をさせてもらい、ふわふわしてる間に雇ってもらい、
ふわふわしていることに絶望的な自己嫌悪を抱いたりする毎日を送ることで給料をもらい、
家に帰れば(今のところいつも)妻に機嫌よく迎えてもらい、
すやすやと眠る。

まったく黒字だ。ぼろ儲けじゃないか。
こんな安穏な生活を、日本中の何パーセントの人間が送っているんだろう。
世界中の何パーセントの人間が人生を恨むことなく生きているんだろう。

そんなことを考えていた。
やまだないとが「西荻夫婦」のあとがきに書いたことも、まま胸に迫った。
不当利得だと思った。

ところへ、同業他者の話。

シンプルに、羨ましいと思った。
なんなら自分も、とよぎった。
よぎってすぐに、(なぜか)唾棄された。
それに適当な理由をつけてその場にいた人に話した。

昨日、夜遅くまで働いている非常に有能な先輩にその話をした。
二人とも羨ましいと言った。
言って、そのそばから、自分は学歴的に転職は無理だといった。
ぼくに、どうしてここに就職したのか、と言った。
他にいく所がなかったからですよ、とぼくは言った。
[PR]
by fdvegi | 2009-02-11 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

うねりやたぎり

一読してジンベイザメとイワシの群れの例えをとても好きになったのは、
自分が海遊館なんかで水槽を見やりながら、大きな魚の雄大な泳ぎよりむしろ、
数百数千の小魚からなる巨大な魚影のビシビシとした、間髪いれない変身ぶりに
いつも圧倒され憧れてしまうからだろう。

武術を説くにあたって、一つの体を、その小魚の群れのイメージにすることは、
何というかもう、まったくクールだ。
クライミングに夢中の頃だったので、なおさらそのイメージがビタリと来たんだと思う。

先日京都で、自分の職場と東京の同業他社の職場の人が会合をもったので、
参加させてもらった。
極めて有益な議論や研修が行われるとは思っていなかったし、
実際そういうものはなかったけれど、
だけどそこには確実に巨大な意義があったなと思う。

大きな組織は、大きな組織であればある程、
かなりしばしば方向転換・形態変換に時間を要する。
ちょうど大きな魚の泳ぎのように。

だから、ひとりひとりの組織人が一匹一匹の小魚のように、
「生き残る」という完全一つの目的を目指して、個々に、ほとんど分裂的に
(しかし最後は再び収束するように)最善の動きを取れる状態でいることは、
武術やクライミングと同じように、外目には見えないうねりやたぎりのように、
地味ながらクールなのだ。
困難だが、心地いいのだ。

この週末はおそらく、そういう時間だった。
[PR]
by fdvegi | 2009-02-08 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

故郷を見よ

クール宅急便で届いたジンギスカンを早速焼いて、ご飯とビールをもりもりいただきました。
でも実はマトンが好きさ。ラムよりも。においがね。

昨日、思い立って高槻市柳川町周辺と総持寺団地に行ってきました。
冬枯れの銀杏並木とプレイグラウンドが幾度となく頭の中をよぎっていたんです。
テプコ(?旧オアシス)から柳川小学校の方へ向かう、総持寺団地のメインストリート。
浦沢直樹が描く東欧の街路ような冬の姿がなぜか懐かしくて仕方なくてね。

今はUR賃貸住宅っていうんですね。
あの奇跡的なポスターは団地の宣伝だったのか。
ひっそりしてるっていうのか、単なる感傷なのか。
こういうとこで遊んでました。
友だちだいたいここにいました。

ところで、トップセンターって思えば公設市場みたいな場所でした。
公設じゃなかったけど。超小規模な商店が寄り集って、混み合ってました。
昭和が凝固してるような場所だったな。
誰か知ってる人いませんかね。今はトップ・ワールドっていうスーパーになってますよ。

トップセンター近くのたこ焼き屋がまだやってました。
昔っからおばあさんみたいなおばちゃんがやってたけど、本当にばあさんになってました。
こないだ遂に原料高騰でお好み焼きをやめたそうな。
かれこれもう25年営業してんだって。

そういえば俺、30年生きてんだね。
[PR]
by fdvegi | 2009-02-01 00:30 | 京都在住 | Comments(0)