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終わりの日

時計がまた6時半で止まっています。
忙しいってこういうことでしょうか。

30日の朝一に荷物を運び出し、がらんどうとした部屋を眺めていました。
床屋さんは10回行ったらくれる景品を9回なのにくれて、
ケーキやさんはまたケーキをくれました。
世話になったクリーニングのおばさんにも挨拶をして、
近所回りはすべて終わりです。
2年前に比べて、部屋はいくぶん汚れています。

引き払いの手続を終えると、管理業者のおっさんが職場まで乗せてくれて、
当面のワイシャツなんかが入った大きなカバンをさげて出勤しました。

年度末と引継ぎとでぐちゃぐちゃになった仕事を忘我の境地でこなし、
ひとまず胸をなでおろし、興奮をひきずって一日を終えます。

送別会を終え、友だちの家に泊めてもらいます。
春休みということがまったく抜け落ちていたせいで、
ホテルが混んでいることがまったく頭に入っていませんでした。

うまくごまかしたり、しなけりゃしないで何とかなるかも知れないものを、
勝手にいたたまれなくなってわざわざ彼女に電話をし、
眠っていた彼女の気持ちまで無闇に粟立たせてしまいます。
ごめんなさい。

わかしてもらった風呂に入り、出してくれた服を着て、敷いてもらった布団ですやすや眠り、
入れてくれたお茶を飲み、玄関までカバンを運んでもらって、お別れです。
泣いています。

色んな人が泣きそうな笑顔を見せてくれます。
頑張ってとか、できるよとか、言ってくれます。

ぼくはその度にハッとして、
これで相当しばらくは会うことができないんだということを思い出し、
悲しい気持ちと、申し訳ない気持ちになってしまいます。

すべての一時一時が忙しいか、とても楽しく幸せなので忘れてしまうのです。
4月3日から新しい職場だとか、3月30日は引越しということはわかっているのに、
それが明日だ、今日だ、3月の末だ、4月の直前だということが
一向にリアルには認識できないまま、今日になってしまいました。

ぼくの京都はひとまずこれで終わりです。

気持ちをこんなにたくさん残して行くことになろうとは、
去年の今頃なんてまったく思いもよらないどころか、
今日の今日までまともに知らずにいました。

悲しい。
一人は無理です。
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by fdvegi | 2006-03-31 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

はや火曜

所属の部の送迎会を終え、
いよいよ異動ムードが高まってきました。
これからまだ課の送別会も控えています。
なんか嫌です。

4日後には京都を離れ、
6日後には新しい職場かと思うと、
正直言って怖いですね。
礼儀と格式みたいのがはびこってるぽくて怖い。

びびるびびる。
でも人生こうでなくては。
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by fdvegi | 2006-03-28 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

昨晩の祝い

組立て式ベッドを解体して、マットレスだけで寝ています。

これまで、ベッドの足元に色々敷いていたのと、寝る面を高く設定していたので
床から65センチくらいのところに寝ていたわけですが、
今は約20センチです。

心なしか安心感があります。いや確かにある。
これはちょっとした発見です。

ベビーベッドって、だいたい大人の腰くらいの高さだと思いますが、
それすなわち赤ちゃんの身長強くらいでしょう。
それって子ども的にはどうなんでしょう。
寝る面が体に対して充分に広ければそれでいいんでしょうか。

ぼくの場合、188×100センチですから、
身長で10センチくらいと、寝返り一回分の余裕です。

敬愛する先輩に、昨晩、娘が生まれました。
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by fdvegi | 2006-03-23 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

世界野球

キューバってきっとすごくいいところなんでしょうね。
人がいい。
途端に行きたくなりました。

日本に負けても、くやしいとか、ちくしょうとか全然言わないし、
東京のキューバ・バーの人なんて、試合の後けっこう晴れ晴れとした顔で
「ニッポン、ニッポン」てコールしてました。
テレビ向けの顔かもしれなくたって、そうそうできることじゃないでしょうよ。

いーなー。
ああいうところでひと夏過ごしてー。
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by fdvegi | 2006-03-22 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

桜咲け

空は青くて明るいし、まともな時間の起床と朝食。
久しぶりに週明けらしい週明けを迎えています。

凶悪に寒い週末を乗り越え、なんだか重石が取れたような、
頭の輪っかがはずれたような清々しさです。

これが春というものかしら。
ある日突然春が来て、みんなこぞって薄着になって、
サングラスで日光浴、溢れかえる観光客。
そんなストックホルムの一日を思い出します。

はーーーーーーーーーーー。
どっか行きたい。
桜咲け。
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by fdvegi | 2006-03-20 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

ご近所

近所の高野中学が卒業式でした。
校門にでかでかと手作りっぽい看板がかかってまいす。

8時を回って出勤する時はいつも、道が中学生まみれでうっとうしいんですが、
不意にその道がもぬけの空になっている時があって
その度に夏休みや冬休みの到来を、季節のめぐりを思い出したりしています。
休み明け、また道がごった返している時も初日だけは優しい気持ちです。

ぼくは何故か「なごり雪」など口ずさみながら、
教師たちの心境たるやいかがなものか、などと思っては
自転車に込める力がいくらか弱くなるのを感じます。

先日、いつものケーキ屋さんに4月の転勤を報告しに行ったら、
えらく別れを惜しまれて、その上ケーキを1本いただきました。
そこのフルーツロールケーキには昨冬どれだけお世話になったか知れません。
かなしい冬には甘いものしかありません。
プリンも絶品です。ぼくが知る中ではベストです。
お店の奥さんとは誕生日が一緒です。

クリーニング屋の一番よく話をするおばちゃんは絶対に、
できれば散髪屋さんにも顔を出したいな、と思っています。
挨拶する相手ではないけれど、ビデオ屋にも随分世話になりました。
んふふ。

いっかな荷作りができません。
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by fdvegi | 2006-03-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

年度末

なんかバタバタしています。
気がつくと火曜日という感じで、いつになったら何が来るのか、
そういうことが見当つきません。

京都-埼玉の引越しって16万円もかかるんでしょうか。
アリさんの電子見積りでそう出ました。

そりゃきついよ。

そんな感じで?、万事事務的に進めようと企んでいます。
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by fdvegi | 2006-03-14 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

君がうまいうまいと言いながらチーズを食っていたのを思い出す

何を買いたいのかわからないまま、
人気のないスーパーでさまようっていうのは、
わりとけっこう悲劇だと思う。

夢がかなったね。
というお祝いの言葉を思いの外たくさんいただいております。
ありがたいことです。

でも、夢なんて言われると、
申し訳ないけど不思議なほど急降下でさめてしまう自分がいます。
少なくともぼくにとって、今回の転勤・研修は到達点ではないのです。

じゃ夢は何だ、と問われても、
じゃあ最終的には何がしたい、と自問しても、
はっきりと答えることができないくせに言うのはおかしいですが、
こんな夢では物足りません。

じゃ何で行くんだ、と問われたら、
だけど、それに答えることは容易です。

何を得られるのか、逆にどうなってしまうのか、
そういうことにひたすらびびり、感傷でぐしゃぐしゃになりながら、
それでも皆様にはサバサバあっけらかんとした面持ちで
ひょこっとラインを越えてしまうのが、
好奇心と、出来心、そして見栄っ張りの美学なのです。

リスキー。

あなたが、はしゃいだり落ち込んだり考えたり、
頼もしくなっていくのを
あたしはそばでずっと見ていたいと思う。
だから、寂しくなるわね。

ぼくは愚か者で構わんのです。
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by fdvegi | 2006-03-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

口がつぐむ

4月から東京で働くことになりました。
2年間、京都を離れる予定です。

本望でもあり。
絶望的な気分でもあり。
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by fdvegi | 2006-03-08 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

雑読


昨日自分で書いてふと思い出しました。
河岸忘日抄」の感じが「供述によるとペレイラは・・・」に似ている。

躊躇と逡巡を楽しむ、あるいは否応なく味わうという点でも共通しているんじゃないかしら。
それを誘引して豊かにする題材が、本や音楽なのと事件であることの違いと、
寒空のクレープとコーヒーと、熱暑のオムレツとワインという違いはありますが、
最終的には自分を見つめることに帰する展開・主題も同じような気がします。

前者が徹底して決めかねたままうやむやに終えるのとは対象に、
後者は最後、巻き込まれてひどい目に遭うんですが。

だから何だと言われると困るところですけれど、
書く人に書かせれば、ちょっとしたレポートくらいにはなるんじゃないでしょうか。
ポルトガル語専攻の学生さんにはぜひ挑戦してもらいたいところです。

ところで、その「供述によるとペレイラは・・・」ですが、
何となく印象として、その文体がガルシア・マルケスの「百年の孤独」に似ているような、
似ていないような、そんな感じがしました。
タブッキは他に知りませんが、ガルシア・マルケスは「予告された殺人の記録」でも、
似たような書き方でした。

タブッキはポル語、マルケスはスペイン語で、当然ながら訳者は違います。
にもかかわらず、この似たような感じは、ポル語とスペイン語が良く似ていることもさることながら、(あるいは二人の文体が元々似ているのかもしれないけど)
日本での南欧語の学習に原因があったりはしないでしょうか。

これらを訳した人が何歳くらいで、どこでその言語を勉強したのかは知りませんが、
元が似た言葉なだけに、三人の訳者がその言語を学んだ教科者の書き手や
翻訳本の訳者が同じ人である可能性は否定しきれないはずです。
(あるいは、ポル語を無理やりスペ語から学んだ、その逆、ということだってあり得ます。
その方が一方から一方への影響はいっそう濃くなります)

どうだろう。
こういうことを粘り強く追跡していくと、いずれ空海や小野妹子の世界にたどり着いて、
日本語の源流みたいなのが浮かび上がってくるんではないかと思って興奮してきます。

愛国心及び探究心に篤い人にはぜひ挑んでいただきたい事柄です。


ちなみに、ぼくとしては無闇に長い「百年の孤独」よりも
キレのいい「予告された・・・」の方がおすすめです。
「百年・・・」は、シーツにくるまれて昇華してしまった娘のくだりだけがいい。
あそこにのみ真実に肉薄する虚構があると思ったね。
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by fdvegi | 2006-03-07 00:30 | 本を読んでみた | Comments(0)