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泣きっ面のブツブツ

顔のブツブツがまじでやばい。
タバコを喫うとできる。
なら喫うな、てなもんで2年間禁煙してたのに、
その禁忌を破って早2週間ほどだろうか。
ひどい。
ひどい色。
ひどい容貌。

とりあえず明日からまたやめるということで、
まだまだわんさと残っていたナチュラル・アメリカン・スピリットを上司に上げたほか、
喫ってるところを目撃したら6回でビール6本パック献上なんていう
ほとほとメリットの見出せない約束までしてみた。
なら喫うなよ、まったく。

しかしまいった。
痛いんだよ、ほんと。
膿むぜ膿むぜ、俺たちゃガンガン膿んでくぜ、と
ブツブツたちが結託しているのが嫌ほどわかる。

まぁ、因果応報って言うのかね、これが。
これほど悲しい修行というかさだめはないよね。
別に悪いことしてないぜ。
悲しい目に遭っただけだよ。
もう。

のんきに、10月上々、なんて言ってたのは誰だよ、馬鹿。
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by fdvegi | 2005-11-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

その日

先日「エリザベスタウン」という映画を観て不消化だったので、
「この森で天使はバスを降りた」を借りてきた。
パン屋でミニ・バゲットを二本買った。
スーパーで生ハムとコーヒー豆とカット済み九条ねぎを買って帰った。
包丁でバゲットを切り分け、タイ土産のレトルト・トムヤンクンをレンジにかけた。
冷蔵庫に残っていた黄色いパプリカとサラダ菜を生ハムと一緒に皿に盛り、
ホットカーペットの上で食べた。
友人に頼まれている求人情報を探して新聞をめくった。
お湯を沸かしてジャスミンティーを作り、ベランダでタバコを喫った。
風をひいた友人にプレコールと葛根湯の名前をメールし、
その友人の参加を暗黙の条件にした集まりがキャンセルになる旨のメールを別の人に送った。

良心(遠慮)で良心(遠慮)の譲歩を引き出し合うようなやりとりは、
二人が一つのハッピーエンドを隠し持っていて、
時々ちらりと見せ合っている時、楽しい。

ラストシーンの構想がずれていたり、それに飽きてしまったら、
畢竟、拒絶するか、拒絶される。

「この森で天使はバスを降りた」を観ると、
特に元気や気力が満ちてくるわけでもないけれど、
不思議と誠意が湧いてくる。
対他人というより対自分の誠意というかな。

誠実に生きよと君に言う。
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by fdvegi | 2005-11-29 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

砂漠の砂の波紋のように

安藤忠雄の建物って兵庫県立美術館と大山崎山荘美術館の新館しか知らんけど、
どちらもカドカドした壁があり、
そのイカツイ壁の中に海やゆったりした円形の空間がある、
というパターンのように、なまくらど素人のぼくには思える。

それは何?
侘びさび?

NHK大河の「秀吉」で、
千利休が垣根の椿の花を全部切り落とした上で、
茶室の一輪挿しに一つだけ生け、
それで侘びさびを演出しているのを秀吉が激怒していたけど、
なんだかそんな感じがしてしまう。無粋か?

京都駅ビル顔負けの威圧感ある外観や、あるいは
閉所・高所恐怖症でなくとも空恐ろしくなってしまうような狭く長い地下への階段は何?
ギャップの演出?

何にせよその威圧感は首肯できん。
ぼくは清春白樺美術館が好きだ。

ところで先日、大山崎山荘美術館へ行ってきた。
驚いたことに、あんなところ(大阪京都間の山の中)でルオーに会った。

最近は、内部選考での落選というか、意味不明の質問内容がたたって
じっくり考えるといったことがまともにできない日々だけど、
「聖顔」とのまったく意図しない遭遇は、それでも幾分気分をやわらかにしてくれた。
帰ってから、カーテンに隠れたままにしてあった白樺美術館の絵ハガキを移動した。

妊娠して以来体調を崩し、長い間休んでいた友人が
これから本格的に産休・育休に入るから、という理由で誘ってくれた。
昨夜久しぶりに会った彼女はなんだかずいぶん肌がきれいになって、
お腹が目立つのとは別にしゅっとやせてきれいになっていた。

食事して、お茶を飲んで、水を飲んで、もう一回お茶を頼んで、と
お互いどうもお開きを持ちかけられない感じは
これまでの長い空白と、これから始まる更に長い空白と、激変する環境のせいに違いなかった。

11時を回った頃、さすがにだんなさんが迎えに来た。
話には聞いていたけど実物はさらに柔和な彼と彼女が、
当然だけど、それでもなお驚かずにはいられないほど馴染んでいる姿に
ぼくはこれまで感じたことのないタイプの途方もない安心感と信頼感と、
本来ならそれと相反するはずの疎外感を抱き、
心なしか意気込んでいる風のだんなさんに最後にちょっとだけ意地悪するつもりで
彼女のお腹をいとおしく撫でた。

二人の子どもが無事産まれますように。
素晴らしく美しい世界ができますように。
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by fdvegi | 2005-11-25 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

おそろしい力

ミャンマーからの帰国当初に開催され、
毎週楽しく参加していたミャンマー語講座が終了した。

これは想像以上に楽しかった。
語学力がどれだけついたかというと怪しいところだけど、
外国語を勉強する楽しみはそれだけではなさそうだ。

ということに今回改めて気がついた。
改めてというか、初めてかしら。

ミャンマー語の語順は主語+目的語+動詞、主語+補語+動詞で、
要所要所に助詞があって、男女で言い方が微妙に違う。

ドイツ語やフランス語、スウェーデン語には男性女性名詞や中性名詞などがあるけど、
それが物の言い方に別を設けているのに対して、
ミャンマー語や日本語はものの言い方は一定なのに喋り手の側が性別で言い方を変える。
一人称の主語は特段ためらいなく省略される。

一神教と多神教の違いかしら。ならアラビア語はどうかしら、とか。
フェミニズムの実施のし方は西洋東洋同じでいいのかしら、とか。
南米やアフリカみたいに土着でない言語が母語になってるってどういう感じかしら、
とか色々と想像が膨らむ。

だけど、楽しさの核心はそういうことじゃない。

作文を(カタカナで)しようとする度に、ぼくまず主語に固執する。
そして、動詞を持ってきて、目的語や補語を置いてから最後に場所や時間を持ってこようと
頭の中で考えてしまう。
あれ、助詞って名詞の前だったかな、後だったよな、と。
完璧に自動的に。

違う。
今はそうじゃない。

と、ハッと気がつく。

その瞬間、地平がグーンと広がるような気がする。
スポットで当てられていたライトがいきなり広角になって、
広い広いところに立っていることを思い出す。

世界のルールは一つではないのである。
これしかだめ、というギュッと固まってしまいそうな気分というか、
先入観というか、価値観というか、押し付けられて縛られた感じが、ふぅっと楽になる。
溶解する。
やわらかになる。

ミャンマー語がだから好きだった。
アジアへ旅行しようとするのも、南米やアフリカに思いを馳せるのも、
好奇心とか冒険心とかそういうことだけではなくて、
ひょっとするとそういうことなのかも知れないね。
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by fdvegi | 2005-11-21 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

18,000円

先月の電話代。
奮闘を物語る。


さて、内部選考の面接を終えた。
夕方からなのに、昼過ぎからじゅわじゅわと手に汗をかいた。

昨夜は準備もそこのけで友人と飯を食いに行き、
俺は本当にこれでいいのか、とも思ったが、
考えてみたら、昔から大切なことの前の夜は何もせずに早く寝るのを慣わしとしてきただけに、
一番リラックスできるこのやり方が今はやはり正解だったんだと思う。
一人でいても落ち着かないというか、さっさと眠ることがまず無理だ。

何とかって青菜のおひたしの雑味のない清冽な歯ごたえと、
口の中で香るかぶら蒸しのふうっとした奥ゆかしさが、夜を愛しくしてくれた。

「正直きびしぃ…」
ちょろっと口走ってしまった面接官を務めた上司。

・・・神に祈ります。
南無。


James Bluntという人の「Back to Bedlam」というアルバムが非常によく、
掌編小説のような「You're beautiful」という曲がたまらなく心に沁みたりしています。
久しぶりに「Med stövlarna på」でも読み返そうかな。

真冬だわ。
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by fdvegi | 2005-11-17 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

最後はぼくではなかった

頭の中が灰色ぐやぐや状態のまま東京へ行ってきた。
東京で就職活動をしている時に知り合った友人に会い、
国連組織やJICAなど国際協力関係の合同就職説明会のようなものに参加し、
両親に会い、省庁勤めをする友人とお喋りした。
その間チロチロとメールを交わした。

雑多の材料を諸々目をつぶってガッとぶち込み、
ギュウンギュウンと無茶苦茶にジューサーを回したような感じだ。
(村上ショージはデューン!)

合同説明会では、予想はしていたもののやはりなかなかの辛酸をなめた。
俺はやっぱり何の専門性もない。

で、結局、わりと鮮明に進路の希望を再確認した。
体のいいすり替えかも知れないが、ぼくが持っているものは非常に少なく、
それを生かしうる非常に希少な機会を躊躇ってはいけない。
と、省庁勤めの友人に確認された。

父が思いのほか老けていた。
7月に会った時は意識しなかったし、これまで母の方ばかり気にかけていたが、
彼は老けているというよりむしろ、老い始めている、という感じがした。
経済的な話はまったく別として、これまで精神的に彼に支えられたり、
彼を目指してきたつもりはなかったけど、それでもやっぱり、
父親は父親として息子にとっては巌だったのかも知れない、と思ったのは、
これからはこの人を頼ってはいけないな、と言うと大袈裟すぎるが、
今回を含めてこれから何かを決めて動き出すに当たっては、
彼を一定の安全地帯としてひそかに計算・計画・視野に組み込んではいけない。
むしろ、彼と母とをケアする形で考えなくてはいけないな、と自分がチラリと、
しかし本気で思ったことだった。

27才を目前に、では遅いのかもしれないけど。
何かにつけて遅いのだ。
恥ずかしい。

彼女は、いなくなった。
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by fdvegi | 2005-11-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

東京って。

福山雅治の「東京」はきっと、東京で一生懸命生きている人の心に、
地方で暮らすぼくが思うより断然すごい輝きを放っているんだろう。
と思った。電話は電池が切れた。

静岡県浜松市の中田島に寄って帰ってきた。海を見た
海を見つつ、カッコつけてタバコの一つでもくわえてやろうとしたら、
いくらカチカチカチカチやっても火がつかず、
引くに引けなくなってダンゴムシのごとく丸まってようやく灯った火は、
海からの風にあおられ、追い立てられる脱兎ごとき高速で燃え尽きた。

で結局、何が出てきたかというと、よくわからない。
依然として自分の能力に引け目はあるし、自己嫌悪はあるし、不安だ。
切る切ると言い続けている踏ん切りも、
たくあんの皮のように最後の最後でプラプラして始末が悪い。
(どうも、ゆるやかな乖離、という形で落ち着きそうな感じではあるけどね。
さっさとTRGかDISHあたりでワインでも飲んでしまいたい)

告白」と「千住家にストラディヴァリウスがきた日」という本を立て続けに読んだ。
新幹線効果。
ぼくはたぶんコミュニティや、家族というものにけっこう強烈な憧れを抱いている。
「同化」と「帰属」というのは、まったく別物なのかもしれないけど、フランスの暴動が、
だからとにかく痛ましく思われ、おかげでニューズ・ウィーク日本語版がやめられない。

フランスといえば、同じ部の先輩がフランスへ行くことになった。
とばっちりを食うんじゃなかろうか。それだけは死んでも耐え難い。
お願いお願い。部長、お願い!

などとチラと考えはしたものの、昨日、内部選考の知らせが来て、
二桁はいないがわりといる、という予想をはるかに上回る申請者数を聞いてしまい、
早くも怖気づいている。とにかく英語ができんのだ、ぼくは。
対抗馬はきっとTOEICのスコアなんかを武器にするはずで。あ~。
真面目にちゃんと受けてればよかったー。
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by fdvegi | 2005-11-14 00:30 | 本を読んでみた | Comments(0)

靴に当たる鍵

嫌な予感がする。


またスリッパが残った。
しかもまた白い。
白が趣味かと言われればまぁその通りだが、
今回は持参品なので自分のテイストというわけではない。
(何を弁解したいのかはわからん)

思わず2年ぶりにタバコを喫ってしまった。
頭はグラグラ痛むは、夜寝る時は気持ち悪いは、
うまく眠りに滑り込めないは、などと散々だったけど、
暗くなったベランダで、ぼんやりと煙と過ごす時間は偽りなくいい。
椅子を新調しようかとさえ本気で思う。

一緒にいた人がケツメイシのさくらを流したものだから、
春に死んだ友人を思い出した。
12階のベランダは気持ちよかったな、おい。
どうしてる。
お父さんが結婚だぞ。おーい。

車の行き交う音が高く響く。
住宅街の7階のベランダは静かだった。
空気の澄んだ冬の日は、駅の向こうの明治製菓の工場から、
チョコレートの匂いが流れてくる。
ぼくの町はそういう町だった。
もうない。

ビートルズのイン・マイ・ライフが音もなく流れてくる。
歌詞の “In my life I love you more” を、そこしか聞き取れないものだから、
「同じ暮らしの中でこそぼくはますます君を愛していくだろう」、
という字面通りの意味だと思っていたし、
それは素敵なことだと思ったものだから、
12歳くらいの頃からずっと、まったくそうだと信じて疑わなかった。


明かりがつかないままの玄関で、
ぼくは足もとの鍵を拾い上げる。
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by fdvegi | 2005-11-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

止まっていてはいけない

どうも足が痛くて仕方ない。
左足が痛い。
普通に歩けない。
日曜日に不意に痛み始め、荒治療と称して月曜の朝にたくさん走って以来、決定的に痛い。
特に朝痛む。
寒さで軋むように痛むことを思うと、きっと古傷の類だろう。
全然真面目でなかった中高の陸上生活で傷めたのか、
山中を夢中で駆けずり回るオリエンテーリング中に傷めたのか、
酔っ払って記憶をなくしているうちに何かしたのか知らないが、
こういう痛み方は初めてなので不安になる。

「月の子」というマンガがあって、
ダンサーである主人公アート・ガイルの脚が事故でだめになった時、
自分の脚を犠牲にして筋か何かを移殖し、彼の脚を救った相手に対して、
彼が善悪を超越した絶対的献身に落ちていくシーンは鬼気迫るものがあり、
思わず彼の気持ちが乗り移ってこちらまで思考停止に陥ってしまった。

ぼくはダンサーでも何でもないが、行きたいところは山ほどある。
アート・ガイルは踊ることが生きることだったようだが、
ぼくにとってはきっと「行く」という、単純な行動もしくは概念が重要なんだろう。
外国語なら大抵最初に覚えるこのシンプルな動詞。
行って何かをする、というのではなく、行く。
行く哲学。行く原理主義。行く道。行くが花。行く人。

例えば、歩いてる時ってもっぱら機嫌がいいんだよね。
単純な例フォー!
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by fdvegi | 2005-11-09 00:30 | 本を読んでみた | Comments(0)

24時間

風邪がずるずる続くので9時に寝たら、2時に目が覚めた。
仕方がないので2時から4時まで異動の希望調書を書いた。
異動は希望するけど、ほんとに異動できるのか自信がなかった。
異動できたらできたで、そこでちゃんとやっていけるのか、
大学入試時代の入寮試験を思い出して暗くなり、
学生時代の語学留学を思い出して怖くなった。

深夜というのは実に寂しくて、
色んな人に一括送信で、誰か起きてない?とメールをした。
ちょっと待って、お茶をいれてくる、と返事があった。

返事があるとしたらその人だろう、と思っていた。
期待もしていた。
期待はしていたけど、実際返事が来てしまうと、途方に暮れた。

どうして俺は、それでも この人に期待するんだろう。
この人はどうして、

ま、それは言うまい。

4時から6時まで電話をした。
とりとめのないよしなし事だった。

もう一言、はもう言うまいと決めていたし、
言うに言えなかった。
ふとした短い沈黙の度に、それがもどかしかった。
受話器の向こうに同じもどかしさを、
それでも 嗅ぎ取ろうとしている自分が哀れだった。

電話を終えると、それでも 楽しかった自分がいた。
待ち伏せしていたメールが入って、大丈夫?と安否を尋ねていた。
大丈夫なので放っておいて欲しかった。

電話が鳴った。
大丈夫?とその人は改めて言い、
大丈夫、ありがとう、と応えると、
しばらくよしなし事を話した後、
先日、彼女のそれ を教えてくれたのとまったく同様に、
その人は、彼女がそれ に基づき、ぼくについて話した、具体を明かした。
完膚なきまで。

大丈夫、とぼくは言い、ありがとう、と続けなくてはいけなかった。
先日、泣いて止まないこの人のため、
風邪を引くまで言葉をかけ続けた自分を殺したかった。

もう一言、はもう言うまいと決めていたが、
今日までの間に変化があることに、それでも 期待し、
電話の向こうに、もどかしさの芽をせめて一粒、というよりも、
神通力を駆使して在らしめんと祈念す、かのようだった自分、没。

珍しい人のメールが入る。
朝から相談事で悪いけど。
大丈夫、とぼくは送る。
電話が鳴った。

12時、烏丸、大丸前。
裏道、小間口、板前フレンチ。
京都本懐、魚のランチ。

異動したいと言ってしまったけど、やっぱり残りたい。
と、その人は言う。
間に合うか、できるかしら。

知らぬ。わからぬ。
大丈夫、とぼくは言う。
もう一度改めて、今回この機会をきっかけに、冷静に考えた。
もう少しここで、ただし別の部署で仕事をしてみたい。申し訳ない。
大丈夫。

ありがとう。
以上。

そんな ことはない、4時から6時が裏付ける。
とその人は言う。強く励ます。
ぼくは心を突つかれる。疼きだす。
信じられること、それ自体がない、とそれでも 思いは巡って辿りつく。

ぼくがもしもそう だとしたら、今君はどう思う。
ランチでの会話をどう思う。再来週の約束をどう思う。
などと、俺はどうして言ってしまうんだろう。

18時、梅田、大丸、砂時計。
27階、夜景、入籍祝い。
暗がり、ソファ、フレンチコース。

予備校時代の友人が二人、入籍したのでそれを祝った。
な、と言うあう間合いが素敵だった。
勢い、話は参加者の最近になり、
今回もまた自分だけが一人なことを確認する。
好みじゃない人にしないといけない、と新婦さんに諭される。
もはや屈託がなく、シンプルに素敵だと思う。(新郎へのサービス含む)

今まさに生活を築いていかなくちゃいけないのに無計画な二人と、
いずれ近い将来、彼氏との二人の生活を作り上げるために堅実な人と、
とにかく、誰かとの生活を具体的な前提にしている姿がまぶしい。
ぼくの財布にはほとんどもう何もない。
部屋の机の上には、異動希望調書が書きかけのままだ。

おめでとう。

目が覚めた。阪急電車が河原町に向かう。
大阪から京都へ。みんなとは別の場所へ。
四条から百万遍へ。百万遍から高野へ。
電車に乗る、タクシーに乗る、自転車に乗る、一人部屋に帰る。
恋焦がれるような恋をもう何年もしていない、という悲しみのメールの
その悲しみを、ぼくはそれでも、悲しみに値する、と思う。

先んじて休日を埋めてくれるよう、それなのに ぼくは結局、
その人に返事をしながら、次のメールでお願いしている。
未来の話をしないで済むように。
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by fdvegi | 2005-11-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)