<   2005年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

ながれてますね

吹き抜けを中心に据えたロの字型の建物の、
その吹き抜けに面した窓から、
空はレンガ色の壁に斜めに切り割りされ、
うっすらと雲が溶けて淡い色合いになっていた。
球児の空だ。

ぜんっぜん外出しないので、日光を浴びないから焼けなくて、
今まで見えなかった血管が見えたりるすよ。
じーっと観察したりしてみてます。
脈拍って、手首のほかに手のひらとひじでも
とくとく動いているのが見えることを発見。
知ってた?
赤ちゃんは順調のようで、ほっとしてるよ。
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by fdvegi | 2005-07-28 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

秘密の花園

会う度に久しぶりの友人と会って、ランチ・デートをした。

何もない、が定説化しているJR京都駅付近だけど、
今回彼女に連れられて行った紅茶のレストランはおしゃれで、
きれいで、テーブルごとの占有スペースが広く、そこそこおいしく、
その上、どう考えても立地のせいで休日だというのに観光客も地元客もあんまり寄りつかず、
おかげで、これこそ休日というメレンゲのように優雅な時間を過ごすことができた。
リゾートだった。

しかも、その店へ行く途中には渉成園という庭園を発見し、入ってみると、
さすが東本願寺の金満坊主が道楽で作った別庭だぜ、
と邪推せずにはいられない脅威の平安雅の空間が広がっており、
烏丸通りと七条通りがすぐそこだとは到底思えない小宇宙の静謐と、
手入れの行き届いた自然が嘘のように時間を止めている。
古の都の表情が見えてくる。
今回は昼日中のくそ暑い盛りに行ってしまったけど、ぜひとも四季折々に訪れたい。
正しく浄土。極楽イエイ。

さてそれにしても、友人は今回もまたかなりの苦境にありながら笑いの絶えない人だった。素敵だった。
今の自分が持てる者の悩みに喘いでいるとは到底思えないが、
無職時代の心境および体調を考えると
今まさにその両方の調子を崩している彼女の状況はもっと段違いに悲惨なはずで、
その彼女のウィットに応えるウィットを欠いている自分が恥ずかしくなってしまう。
前向きというのは恐ろしく、頑張って前向き風でいるというのはあまりに清しい。

また近く会う約束をし、そういえば前回だって同じように約束はしたはずだな、
とちらと思いつつ、それでもニカニカしている自分。
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by fdvegi | 2005-07-19 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

仕事をサボってみた

サボったとはいっても要は方法論の問題で、
前々から宣言しておいて有給休暇を使うか、
その日まで黙っておくかの違いなだけで、ま、いいのさ。

9時までだらだらし、朝飯を食い、洗濯機を回し、
日曜に取りに行けなかったクリーニングを取りに行き、
新生銀行に口座を作り、ぶらぶらしてシャツでも買い、
最近よく読んでる人の本を買い、好きなカフェに行き、
冷製かぼちゃスープの遅い昼を食い、さっき買った「ラジオ・デイズ」を読み、
英語の宿題をして、英語教室に行く。

a sickie

と、アレックス先生に仮病を教えてもらう。

万国共通。
勤め人のささやかな喜びですね。
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by fdvegi | 2005-07-12 00:30 | 本を読んでみた | Comments(0)

週末、実家へ行ってきた。

実家とはいっても初めての場所で、
東京駅から京浜東北線で20分から25分かかる。

じゃっかん手狭な感じはするものの、駅から徒歩5分くらいで、
収納が多く、柔らかいフローリングで、畳の部屋もあって、
ベランダは少し広めで、浴室暖房があって、と
発想が今風の暮らしやすそうなマンションだった。

都心から25分とはいえ4階のその部屋からの眺めは、
大きな固い建物の林立をすぐ先に見上げるかっこうで、
鉢植えのアロエの花とあいまったその姿は
近未来をやたらと先鋭的に描いたSF作品のような感じがした。

だけど、設備も間取りも古いマンションに長年辟易し、
最寄り駅から15分くらい歩かないといけないことも少ししんどかったので、
母も姉もその環境にきっと満足していると思う。
よかった。

土曜の晩6時過ぎに着いて、その足で両親と晩飯を食いに行き、
その後、デパートの地下で何やかんや買物し、
果物を食べ、お茶を飲みながらテレビを見、
次の日、アジの開きや小松菜のおひたしなんかの昼飯を食って12時半に家を出たので、
正味18時間の滞在だった。

夜11時くらいに耐え切れなくなって眠り、
6時くらいに一旦目を覚ますけど9時か10時くらいまでまた寝る。
というのは、極めて通常な週末の睡眠パターンなんだけど、
これが驚いて思わず苦笑してしまうほどとても休まっていた。
キューピーコーワゴールドも要らない。
深い話なんぞこれっぱかしもしてないのに、
それでも気持ちもだいぶん軽くなっている。

やっぱり実家はいい。
細かいこと抜きにいい。

と、新幹線に乗る前、東京で働く京都の友人とお茶をした。
就業期間は半年しか違わないにもかかわらず彼はすでに係長になっていて、
自分の判断で全国どこかの道路工事が止まったりする立場にある。

働き出す前は、分野は違えど同じような立場になることを望んでいたが、
1年半ほど仕事をした今となっては、到底そんなことをする気になれない
というか、到底そんなことに耐えられるとは思えない自分がいて、
それが身の程を知ったということか、ただ疲れているということか、それはわからない。

いかにも疲れてドロンとし、パンクしそうな感じで、
退職、転職、トラバーユという言葉を非常に身近に置いている彼を見て、
とりあえずは仕事の話はやめ、近頃仲間内で急増している結婚の話など取り上げる。

昨夏、京都の屋上ビヤホールで飲んだときは、彼が仕事の話をし、
ぼくとしては勘弁して欲しかったんだが。

世界はどうしてこんな風にしか回らないんだろう。
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by fdvegi | 2005-07-11 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

夏休み

「血の絆」という映画を見に行ってきた。

タイトルは古いけど実は完成は昨年2月あたりで、製作に14年もかかったらしい。
14年は長い。いくら何でも賞味期限というものがあるだろう。

うち7年は資金不足で中断していたそうだけど、7年だってじゅうぶんに長い。
最後は文化庁に応援してもらったって言ってた。
日本-ミャンマー合作映画で、ミャンマー政府が撮影を公認した世界初の映画らしい。
ミャンマー軍事政府はどういうたくらみだったんだろう。

舞台の9割がたがミャンマーなのもあるけど、それにしたって、
現代的な日本の価値観がほとんどまったく投影されていないところがすごい。
設定は一応60年代末か70年代なんだけど、
日本での舞台は旧家の中だけで、そのせいか主人公の化粧も服装もやたらダサく、
そして大学院1年でビルマ語をほぼ完全にマスターしているところには無理がある(たぶん)。
語学をかじって打ちひしがれたことのある者にとっては、非常に感情移入は難しい。

妻を早くに亡くした日本兵が出征中にミャンマー人と結婚して子どもができ、
だけど終戦を機に帰ってきて死んでしまい、
十数年後、その日本兵の日本人の子どもが、異母弟であるその子をミャンマーまで探しに行く。
という重いといえば重く、シンプルといえばシンプルなストーリーだった。

201分。
率直に言って長い。

それもこれも、この映画が“ミャンマーの映画”ではなくて、“戦争と戦後の映画”であることの現われだし、目的だし、任務だったんだろう。
会場は観光バスでやってきた戦友会の老人団体で溢れ返っていた。
「119部隊の○○様」なんていうアナウンスはそうそう聞けるものではない。
戦争で実際にビルマに行っていた人々に違いない。
隣に座ったおばあさんは何度も涙を拭っていた。

戦争中に父親が日本語の先生をしていたというミャンマー人のおっさんがベラベラと日本語り出して驚いたことがあって、あぁ、そうかそういえば、と戦争という側面も知らないことはなかったけど、それにしたって“ロンジーといい人たち”のイメージが大半だったぼくにしてみれば、なかなか激しい現実だった。

とはいえ、厳しい戦争、きつい自然、むちゃな作戦、への怨み節はあっても、
ミャンマーの人に対してはあくまでも愛情と信頼に満ち溢れている映画なことは確かで、
そんなの深いところを知らない人の幻想かも知れないし、間違ったところもあるんだろうけれど、
それでも、そういったミャンマーの人たちにやたらと既視感を覚えて仕方ないのも、これまた事実なのでした。
結局大切なのはそういうことさ、などとも思いました。

その他、ロンジー姿の女の人は美しく、観光案内さながらのパガン案内もすばらしかった。
エーヤワディー川の流れは恒久です。
ミャンマーを愛したい人にはおすすめできる映画です。

ラストシーンはみえみえのステレオタイプですが、それでもなお胸が熱くなりました。
あぁ、ミャンマー。

行きてー。
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by fdvegi | 2005-07-04 00:30 | 京都在住 | Comments(4)