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ライフ・スロート

病院ジプシー、と母が自嘲気味にそう言わざるを得ないくらい、子どもの頃から高校生くらいまでの間に、およそ病院という病院に通いまくったぼくだが、先日の耳鼻科は我が通院史上屈指の痛みだった。

あまりに痛くて涙がこらえられないどころか、鼻水とよだれが勝手に見る見る湧いてきて、看護婦さんはおろか自分で処置した医者までもが思わず本気で心配してくれた。

要は、荒れに荒れ、腫れに腫れ、燃え上がるほど炎症した喉に、イソジンの親玉みたいな薬を直につけられたわけだが、世界のどこかにはきっとああいう粘膜へ刺激を加えるような種類の拷問があって、色んな人が日々それで目を剥いて自分の分泌液の中でのた打ち回って苦しんでいるのかと思うと、たまらなく胸が締めつけられた。

「(嫌なことを)水で流す」というのは極めて日本的な物言いなんですよ、ということが声高に叫ばれていた時期がほんのわずかだけど一時あったように思うんだが、「のみ込む」というのもその「水に流す」と同じくらい抜本的で都合のいいドラスティックな概念なんだなと、しみじみと思った。何といっても飲み込んでしまえばいいわけだから。嫌いなおかずも、新しい知識も、面と向かっているいる相手も。

「水に流す」が、わやにしてしまう、なかったことにしてしまうなど、無に帰すことで一つの事を終え新たなことを始めようとするのに対し、「のみ込む」は一旦了承したり、身に付けたりと、自分の中に着地点を設定しそれを前提条件とした上で話を次のステージに運ぼうとする作業なわけだ。

とりあえずカオスにしてしまうという点である種神話的な「水に流す」に比べて、とっても人間的な「のみ込む」なわけだけど、それがいかに人間らしさというか、人間である事を根本的に支えているかということを痛感させられた。飲み込めないと、食事ができないのは当然として眠れない。3時間ほど眠ると、口の中に唾が溜まって目が覚める(それを流しで吐いて水に流す)。この不快。

早く人間になりたい、と叫ぶその痛切な気持ちが、なるほど、よくわかった。
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by fdvegi | 2005-03-29 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

げに美しきはデスマスク

MSNの占いで見たんだが、12月3日の誕生花は花櫚(カリン)というらしい。
花言葉は「唯一の恋」で、寸評はこう。
「愛と美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)の聖花のひとつ。完璧な美しさのある人。ドラマチックな一生を送るでしょう」

はずかしいくらい現実味はないし、どうも意味がわからない。

が、ここ一ヶ月くらい毎日12時や1時に家に帰り、オレオとビールばかりで口の周りにブツブツができ、かつ体が緩んできたり、明らかに髪の毛が弱々しくなってきたり、4時や5時に嫌な夢で目が覚めたりしているにもかかわらず、けっこう何とかやっていけてるのは、一にも二にも恋をしているからっていうのはつまり、そういうことだという説明も、それはそれで一興だとは思うけど。

4月の頭に実家が引っ越すのに併せて自分の荷物の大整理をしていたら、そういうことの定石どおり古い写真がごっそり出てきて、そこに昔の彼女の写真が紛れていたりする。長年目にしなかったものだから、何かを捨てたとき気がつかないで一緒にまとめて捨ててしまったかな、と思っていただけに驚いた。

4年では強がりが過ぎると思うので、ゆうに5年は呪われ続けたその顔は今も確かに美しいのだけど、ちょうどカンフー映画なんかで出てくる引退した導師のように、心なしか精彩と威光を欠いているというか、なまめかしさのないどうも枯れてしまっている感じは、本来ならにわかには受入れ難いほど奇妙なことのはずだった。彼女の顔は世界をどこまで行けども到底まったく逃げ切れない空前絶後の魔力だったのだ。

こんな時に出てくるなんてずいぶんと因果だなぁ、と、相当しばらくぶりにできたばかりの美しい恋人と会っていた夜、一人ビールを飲みつつアルバムを「編集」しながら、深々とそう思った。

近所に住んでる友人というか正しくは先輩の家に押しかけ、奥さんと一緒に3人でその美しい顔を観賞した後、煮るなり焼くなりよろしくどうぞと言って、置いてきた。

この夜と、世界中のベッドやバーや夜行列車で、精神の縁に息も絶え絶えつかまっているような、そんな大仰な気がしていた夜との間に、一体どんな違いがあるんだろう。

というか、どんな共通点があるというんだろう。
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by fdvegi | 2005-03-22 00:30 | 京都在住 | Comments(0)

まねしてはいけないスウェーデン語講座

フランス語なのか、ses というつづりを見て、vi ses というのを思い出した。

今さらながら vi ses か、と思った。

ヴィ・セスじゃないよ、ヴィ・セィエスだよ。

と、子どもに教えるみたいに、おどけて自分に言い聞かせた。
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by fdvegi | 2005-03-04 00:30 | 京都在住 | Comments(0)