カテゴリ:君は関東が好きか( 74 )

王子駅

妻に言わせれば、自分の誕生月にそんなはずがない、ということになるんだが、
昔から何故か2月は調子がよくない。
突発的に、何かが乱れる。

昔はとにかく劇的な金欠に襲われてぐうも音も出なかったし、
去年なんかは夜は5時間も寝れば御の字なんて具合だった。
そして今年も今年で、ここ数年では断トツに落ち着いて迎えていたにも関わらず
昨日今日と突然激しい疲労感と徒労感に襲われている。

こういう時は、とにかく大量の緑茶とアルコールの出番になるわけで、(安直というか愚か)
週の初めからガブガブと夜更かしの連続である。

そんでもってここ数年、こういう症状が出た時は、常備薬のように
堀江敏幸の「河岸忘日抄」に手が伸びる。
理由は知らない。

今年もそろそろかなぁ、と虫の知らせを感じて、しかしはたと思いついた。
あれだ。「いつか王子駅で」。
名前だけは知っていたけれど、読んでいなかった一冊。

朝樹から場所の指定をされた時もまずはこの本を思いついたものです。
うん。王子駅。
彼と10年ぶりの再会を果たした今、まさにこの本を手に取るべき時が来たってことでしょう。
俺はここへ来たってことでしょう。
ホップホップホップ!
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by fdvegi | 2010-02-23 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

江戸前の俺

京都のど真ん中に江戸を見つけてしまいました。
手打ち蕎麦 更科 よしき。

富小路三条やや下ったところに、そのお店はあります。
客は全然入ってませんでした。
おそるおそる入ってみると、店内はもう江戸。

なぜなら天ぷらがうまいから。
卵焼きはすき焼きみたいな味で、だしは濃いめ。
これもまたよし。

しめのそばが細くてしゃきっとしてて、うまいんだな、これが。
ここらじゃ段違いにうまいそばですよ。

ひと通り飲み食いを終えて話している時の女将さんの一言
「食べ方が江戸っぽいよね」(そんな言い方じゃないけど)に
我ら夫婦はすっかり気を良くしてしまって、いやもう、明日も行こうね、
などと心に決めしまうのでした。

単に新幹線に乗って東京まで行ったり、
一年や二年東京で働いてたり、働いた人と過ごしたりするよりも
断然に江戸を体験できます。
魂は置いてきたよ。
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by fdvegi | 2010-01-30 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

東京

出張で久しぶりに東京へ行ってみた。

本来用務は別だったけど、東京で働いてた頃の職場にも顔を出すことにした。
昔は丸の内だったので新幹線から簡単だったのに、
今は場所が移っていて、ちょっと勝手がわからない。
こんな所へ来たのは就職活動以来ではないか、などと思いつつ、
いやいや、東京時代に打ち合わせやら何やらで来たっけね。

ほとんど年中行事のようなものではあるけれど、それでも
「いつこっちへ来るの?」とか「こっち来たらいいのに」とかいった冗談が単純に嬉しい。
細かいミスがわんさとあったろう、という自己評価も、
傍目には実はそれほど悪くなかったのかも知れない。
というか、気にかかっていた引継ぎ事項も杞憂だったとわかり、
それでだいぶん気持ちが楽になった。

その後、2年前、東京に行く前に仕事をしていた相手方の機関にも顔を出してみた。
そこの人もまだ自分の事を覚えてくれていた。
そういうこまごました単純なことが一つ一つ嬉しい。
そういうものなのだ。

しかし疲れた。
疲れたわりに眠れない。
難儀なことである。

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「出張の帰り」名物、ビールと食べ物。
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by fdvegi | 2008-06-02 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(2)

この街を聞きながら

埼玉からは最後です。
お疲れ様でした。

何だか、実家ではなく、既にもぬけの殻のこの部屋に戻らずにはいられないで来てみたら、
今日か明日にはとめられるはずの電気も、テプコ光もまだ通じていて、
照明は既にないので闇夜の中、PCの明かりでビールを飲んでいます。

よくやったな俺。
丸一年。
乾杯。

以下のブログは、ぼくが唯一残した、正の成果かもしれません。
http://aspnetwork.exblog.jp/
小中高の先生に教わることは、やっぱり多かった。
それと世界をつなぐことを、せめて仕事にできればと思った。

一つの区切りだな。
区切りのある人生。
いいと思う。
俺、いいと思う。

京都に帰ります。
帰る先は京都。

まるます屋に寄る時間のなかったことが、
本当に悔やまれるけど。
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by fdvegi | 2007-03-31 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

しゃれにならない。人生なんだから。

東京生活が今まさに終わろうとしている。あと4日だ。
時折少しセンチメンタルな気分になる。正直言って本当になる。
そういえば、昔は福山雅治の「東京」を聞きながら、何となく思い浮かべたりしたものだ。
妻夫木聡と深津絵里のドラマはスロウ・ダンスだった。
この街はとにかく異国だった。
どこへ行くにもドキドキしてたのに。

この金土日はユネスコの職員を連れて大阪と奈良へ行っていた。
大阪教育大学付属池田に訪れた。
石橋駅の付近の、大阪大学の坂の下の高架を走った。
八千代ムセンはなくなっていたが、げんこつラーメンはまだあった。
昔ここらに彼女が住んでたんだよ、懐かしいなぁ。なんて話をした。
ぼくは少し切なかった。

昔はその付近に行くだけで気持ちがどうにもふさいで辛くなったのだ。
今はスーツで、後部座席に乗せてもらって、英語でいけしゃあしゃあと
皆がどういっていいのかわからないようなことを言ってしまう。

あんな切ない夜景、もう見えないんだろうな。

160人の高校生の前で突如マイクを向けられた。
何を話せばよいやらわからなかった。

クロアチアでアドリア海を泳いでいる時、いきなり背中をどつかれた。
いよいよきた。襲われる。
と覚悟を決めて相手を認識したら、案外まともなおっさんだった。
大阪で小学生が殺された。男が学校で子どもを殺しまくった。
と、おっさんは言った。ご親切にも異国でぷかぷか浮いてる若者に
母国で起きた悲劇を教えてくれたのだ。

2001年、ちょうどあの頃の小学生の前で、
学校や教師というものにほぼ絶対的な不信感を抱いている高校2年生の前で、
幼くして激烈な不条理を叩き込まれた若者たちの前で、
ぼくが語れることはなんだろう。

ぼくは何者だろう。
あれから何者になれただろう。

世界地図上で迷子になっていたぼくと、
日本で公務員然としているぼくと、
どちらの足取りがおぼろげだろう。

バチンバチンと踏み鳴らした足で
地雷の存在を教えてくれた少女。
あの子の未来に、ぼくは何をできただろう。

モスタルとサラエボをつなぐ道路を走る、
そのバスの車窓から見えるあの緑の天国を知り、
途中の休憩所を兼ねた、羊か豚を丸焼きにしているレストランを
あそこはうまいんですよ、と今になって教えてくれた人は、
あの頃、コソボに教育を建てていた。

俺、なぁ俺。
あと4日。
吐いて捨てるような仕事を吐くだけ吐いて
逃げ出すしかないと考えている俺。

戦えよ。ちゃんと向き合えよ。

勉強しなさい。
アメリカにいる時間を少しも無駄にしないで、
ビールを飲みすぎないで、一生懸命勉強しなさい。
頑張りなさい。
とユネスコの職員は言った。
別れ際の京都駅のプラットホームで、彼女はたくさん握手をしてそう言った。
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by fdvegi | 2007-03-27 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

3月ですね

だいぶ間が開いてしまった。
この間何をしていたかと言えば、ずばり血を吐きながら仕事をしていた。
あと3週間は血を吐き続けるのだと思う。
こんなにも忙しく、かつ、任されっきりのプレッシャーがあることも他にない。
頭がおかしくなりそう。

この間、大阪で恩師の退職祝いがあり、土曜出勤の後でうっかり友人に電話をしたら
まさきく祝いの席の最中で、恩師と話すことができてよかった。
恩師といえば、スウェーデンからの帰り道に「モーリーとの火曜日」を
英語かスェ語で読んだことがあって、彼をイメージしながら読んでいたのだけど、
帰国語、実際に会ったその彼が、モーリーとは程遠い俗っぽいグチを吐きまくるのに
すっかり辟易してしまった覚えがある。

そんな彼を、でも何だか好きなのだ。
後で、出席もしなかったぼくのところへもメールが来て嬉しかった。
おっさん、よし。

さて、仕事と引越しとビザなんかの手続きの並走である。
正直、英語力は英検4級くらいだ。
アメリカへ行くのは怖い。
だけど行くのである。
それが3月の男の心意気だと、ぼくは信じる。
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by fdvegi | 2007-03-11 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

ふと一句

思い立って、清春白樺美術館へ行ってきました。
ルオーの「聖顔」を見に。
東京へ来たから手軽に行けるや、と思っていたら、
結局、今になるまで行かないままだったというのは、
どうも、倦み疲れて初めて本格的にそこへ行きたくなるのが習い性のようです。
と言っても、今回でまだ3回目ですが。

長い坂があるから長坂町という命名の通り、
駅から延々3キロ、坂道を下りて上ったところにその美術館はあります。
のどかな山村風景の丘の上に、突然いかにも西洋風の
ドームのようなテントのような建物がどーんと建っているのが見えてきます。

けれど、その<どーん>が、自然に取り囲まれていると
とてもキュートにこじんまりと見えるのが不思議です。
<どーん>とさせてもらっている、そんな感じです。

ここでは天井がない。
そんな感慨に浸ることができます。
空の方が当然広い。断然広い。
そんなことをしみじみと思い出したりするのです。

美術館のすぐそばに長坂郷土資料館というのが建っていました。
これのせいで途端に窮屈でごちゃごちゃした感じになってしまい腹立たしいんですが、
でもとにかく長坂町の前身が清春村なんだというとがわかりました。
(ちなみに平成の大合併を経た現在は北杜市長坂町)
だから清春白樺美術館というわけです。
実はそこの関係がよくわかってなかったのです。
なんで清春なんだろう、と。

そして、小林秀雄という有名人が、清春村の春があまりにも美しいから
そこに清春芸術村を作れ、と言ったくらい、清春村の春は美しいようなのです。
今も桜がたくさん植わっていて、満開の頃はさぞあでやかなんだろうと思わせます。
いい名前ですね。清春。

ぼくはそういう空気に触れに行くようです。
近くのそば屋の座敷で焼き味噌をあてに日本酒を飲み、
窓に縁取られた冬枯れの山景色を眺めます。

  海を見ても山を見ても恋

最近、ビザ申請の書類を作る関係でスウェーデンの学校の住所まで書かされ、
その時、100年振りくらいにHolsbybrunn村のホームページを見たせいか、
森と木と雪の世界のことを肌身に思い出していたところです。
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by fdvegi | 2007-02-25 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

選択できるということ

今年も自分の年収が判明です。
額面400万で、手取り266万円。
去年はどうだったかな、と思って過去の日記を見てみたところ
399万と265万。

1万円しか増えていないというべきか。
1万円でも増えたというべきか。

ま、いっか。
ぼくはけっこう機嫌がいいのです。

先日、偉い人たちが酒の席で
「fdvegiは自分の世界を持っている」 ←?
「アメリカから戻ったら(京都の職場から今の職場へ)連れ戻そう」
などなどと話していたそうな。
同席していた人が教えてくれました。

よし。
別に今の職場に残りたいとか戻りたいとか思ってはいませんが、
戻りたければ戻れる、という状況はよいです。
そういうの好きです。

選択できる期間が延びるというのは、ほんと無上に嬉しいです。
その期間を延ばすというのは、だから醍醐味なんです。ぼく的に。
地味ですが。

去年の年収の記事がちょうど「河岸忘日抄」に触れていて、
あの贅沢さを思い出しました。あの本好きだったなぁ。
あの感覚と似ているような気もするんです。
この、選択できる期間を接いでいく、という作業が。

ぼくの場合、余裕とか、落ち着きとか、厚みみたいなものは全然なくて
ビクビクしながらその場しのぎで必死に悲愴にやっているんですけどね。
でも、いいんです。
好きですから。
だから楽しいです。
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by fdvegi | 2007-02-18 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

午前様続き

面白いことに、平日の夜12時くらいの電車に乗ると、
川口駅に着く1時頃には必ず一人や二人
ホームに転がり落ちていく人がいる。
で、丸まったり、電車に土下座したりする。

こないだ朝7時ジャストくらいに川口駅を出たんだけど、
混み具合は8時や9時とそう変わらなかった。8割くらい。
てことは、少なくとも丸々2時間に渡って、
3分から5分刻みの16両電車が満員になり続けているわけだから、
ほんとに大移動だね。

丸まったり、土下座したりしたくもなるわけだよ。
因果関係があるよ、きっと。

JR西日本や東日本の社長の通勤方法は何?
何時出勤?
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by fdvegi | 2007-02-16 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)

ハッカ

スウェーデンにいた頃、共通の友人を介して知り合った日本人がいて、森とジャンクなスウェーデン人ばかりのど田舎でちょっとした日本人シックになっていたぼくは、遠路はるばるベートランダのはずれからスンズバルのはずれまで彼女を訪ねていったことがある。
駅で待っていてくれた彼女は驚くほど小さく、スウェサイズに慣れきっていたぼくとしては、その瞬間から今日に至るまで、とにかく彼女は手乗り文鳥のように小さいのだというイメージを堅持していた。
恐ろしいほどスウェ語も英語もできないにもかかわらず、特に気にとめる様子もなく、湖沿いのデザイン学科で絵など描きながらニコニコと朗らかに暮らす素敵な人だった。

でもって、スウェーデンから日本に帰る時、ちょいと東欧をうろうろしてやろうということでブルガリアへも立ち寄ったのだけど、その際、まだ見ぬソフィアに恐れをなしていたぼくの気持ちを和らげてくれたのは、その彼女の妹さんだった。
JICAの海外青年協力隊員として日本語を教えている彼女の連絡先を教えてもらい、今はなきユーゴスラビアのベオグラードの電話所(?)で国際電話をかけ、毎日エキサイティングながらもどことなくギスギス感を覚えてもいたぼくとしては、久しぶりに聞く、何だかちょっと硬い感じの日本語に、それでも十分すぎるほどの安心と期待を抱いたものだった。

彼女とソフィアのどこで落ち合い(たぶん駅だと思うけど)、どこで別れたのか、もう全然覚えていない。だけど、彼女の口から発せられるのがとにかくブルガリア及びブルガリア人への深い深い嫌悪ばかりなことに、海外生活=エンジョイ、というのん気な幻想のもと、スウェーデン生活は楽しくて刺激的だった一方、確かに辛くてしんどくて仕方ないこともあったのだという事実をひそかに抱えていることに後ろめたさを感じている自分が、卑小な虚勢と無駄な緊張の塊ように思えて、自省をしたりした。

時は大いに流れ、今やぼくが当時の姉の方の年齢に近づいている。
彼女を紹介してくれた共通の友人が声をかけてくれて、実に7年ぶりくらいに、この東京で会うことができた。
姉は相変わらずのマイペースぶりでコロコロ笑い、妹は何だか少しビクビクしている。姉のほうを見ているだけで、ぼくはやはり7年前と同様に、愉快でおかしい気持ちになってしまう。手乗り文鳥とばかり思っていた彼女だが、今やきれいな服を着、髪をさらさらさせているその姿は、特に小さくもない普通に素敵な女性で、くらくらしてしまった。(スウェではウィンドブレーカーにひっつめ髪だった。)
そして、薄々そうだろうなとは思っていたけれど、やはり、当時ブルガリアの日本大使館に勤務していた、ぼくの今の職場の元上司のことを妹のほうは知っていた。

世間は狭い。

と一言で終えてしまうのは簡単だけど、ぼくとしては何だか大げさな言い方ではあるが、巨大な連環がついにはまった、という深い感慨を覚えて、身震いしてしまうほどだった。この間、7年の月日が流れたのである。

ぼくは、大学を卒業して1年半も無職を続け、公務員試験で大学職員になって、2年半後の今は東京で公務員として勤務している。
妹はブルガリでさらに1年ほど苦しみつつ暮らし、日本に戻ってJICAに勤務し、今はぼくとは別の省庁で非常勤として勤務しているが、4月からはインドシナ難民を支援するNPOに就職するのだという。
姉は帰国後さらにどこかの短大で勉強し、スウェーデン前と同様に、今は建築関係の会社に勤務しているが、昔のように絵は描いていないという。
友人はスェーデンマッサージの講師として勤務後、派遣社員として特許事務所で働き、大阪に暮らすその間に結婚して東京へもどり、子どもを一人生んで、今はまた派遣社員としてとある研究所に勤めている。
上司は上司で、やはり激しい7年間を過ごしているが、激しいだけにここでは書けない。

それらの7年が、その夜、聖蹟桜ヶ丘の小さなイタリアンレストランで、カチンとはまってリンクした。積み上げてきたことに無駄・無意味などなく、有機の産物なのだ。
ぼくは素直に驚嘆し、圧倒され、ひれ伏した。
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by fdvegi | 2007-02-04 00:30 | 君は関東が好きか | Comments(0)