アムリカ

「全部アメリカが教えてくれた」と昔、田辺マモルという歌手が歌っていた。
彼の書く歌詞がもっぱら好き。

初めての外国だったスウェーデンに行った時、若い人の常として、
ぼくは「日本ならざるもの」を探しては、ことさら喜んだり、考え事をしたりした。
それこそが外国体験の醍醐味であると、やたら強く意識していたな。

ほんの10年前とはいえ、今になって思えばスーパーにアナログだったあの頃、
非日本を探すのはわりと簡単な話だった。
だけど、日本にいるのとスーパーに違う状況を見出すのは、けっこう難しい。
アメリカがあったから。
生活のそこここに配置されたアメリカは、日本もスウェも、そう大しては違わない。

以来、幾度か外国を訪れ、非○○探しはそこそこ落ち着いてきてはいるものの
それでも密かに、もはや意識もしないレベルだが確実に、
ぼくは「ならざるもの」探しに勤しんでいるに違いない。
ただし、それは「日本ならざるもの」ではない。「アメリカならざるもの」なのだ。

アメリカが凋落するかもしれない。
世界の中心は移動するか分散するんだろう。
「デモクラシーの帝国」などを読んでは、借りてきた「一国中心主義」という言葉を
悪く言ったりしてたんだから、きっといいことなんだろう。

が。アメリカではない世界について、ぼくは確実に、少し怖がっている。
不幸なことに、フェミニストは女性の言葉で語ることが出来ないらしい。
フェミニストでありながら、その論理体系は男の言葉によって構築さている。
1978年の日本に生まれたぼくに、アメリカではない言葉を話すことができるだろうか。
なるほど、スウェーデンを少しかじった。
アジアにも中途半端ながら親しんだ。
わりと非アメリカ寄りに生きてきた。つもり。←アメリカってもっと深い気がするけど。
アメリカとアメリカ・ミックスの日本から逃れることに腐心した。
執着した。
それ自体がアメリカだった。

一個人の話に過ぎないのかしら。
世界はすでにアメリカではない言葉を知っているの?日本は?
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by fdvegi | 2008-10-06 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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