おそろしい力

ミャンマーからの帰国当初に開催され、
毎週楽しく参加していたミャンマー語講座が終了した。

これは想像以上に楽しかった。
語学力がどれだけついたかというと怪しいところだけど、
外国語を勉強する楽しみはそれだけではなさそうだ。

ということに今回改めて気がついた。
改めてというか、初めてかしら。

ミャンマー語の語順は主語+目的語+動詞、主語+補語+動詞で、
要所要所に助詞があって、男女で言い方が微妙に違う。

ドイツ語やフランス語、スウェーデン語には男性女性名詞や中性名詞などがあるけど、
それが物の言い方に別を設けているのに対して、
ミャンマー語や日本語はものの言い方は一定なのに喋り手の側が性別で言い方を変える。
一人称の主語は特段ためらいなく省略される。

一神教と多神教の違いかしら。ならアラビア語はどうかしら、とか。
フェミニズムの実施のし方は西洋東洋同じでいいのかしら、とか。
南米やアフリカみたいに土着でない言語が母語になってるってどういう感じかしら、
とか色々と想像が膨らむ。

だけど、楽しさの核心はそういうことじゃない。

作文を(カタカナで)しようとする度に、ぼくまず主語に固執する。
そして、動詞を持ってきて、目的語や補語を置いてから最後に場所や時間を持ってこようと
頭の中で考えてしまう。
あれ、助詞って名詞の前だったかな、後だったよな、と。
完璧に自動的に。

違う。
今はそうじゃない。

と、ハッと気がつく。

その瞬間、地平がグーンと広がるような気がする。
スポットで当てられていたライトがいきなり広角になって、
広い広いところに立っていることを思い出す。

世界のルールは一つではないのである。
これしかだめ、というギュッと固まってしまいそうな気分というか、
先入観というか、価値観というか、押し付けられて縛られた感じが、ふぅっと楽になる。
溶解する。
やわらかになる。

ミャンマー語がだから好きだった。
アジアへ旅行しようとするのも、南米やアフリカに思いを馳せるのも、
好奇心とか冒険心とかそういうことだけではなくて、
ひょっとするとそういうことなのかも知れないね。
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by fdvegi | 2005-11-21 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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