最後はぼくではなかった

頭の中が灰色ぐやぐや状態のまま東京へ行ってきた。
東京で就職活動をしている時に知り合った友人に会い、
国連組織やJICAなど国際協力関係の合同就職説明会のようなものに参加し、
両親に会い、省庁勤めをする友人とお喋りした。
その間チロチロとメールを交わした。

雑多の材料を諸々目をつぶってガッとぶち込み、
ギュウンギュウンと無茶苦茶にジューサーを回したような感じだ。
(村上ショージはデューン!)

合同説明会では、予想はしていたもののやはりなかなかの辛酸をなめた。
俺はやっぱり何の専門性もない。

で、結局、わりと鮮明に進路の希望を再確認した。
体のいいすり替えかも知れないが、ぼくが持っているものは非常に少なく、
それを生かしうる非常に希少な機会を躊躇ってはいけない。
と、省庁勤めの友人に確認された。

父が思いのほか老けていた。
7月に会った時は意識しなかったし、これまで母の方ばかり気にかけていたが、
彼は老けているというよりむしろ、老い始めている、という感じがした。
経済的な話はまったく別として、これまで精神的に彼に支えられたり、
彼を目指してきたつもりはなかったけど、それでもやっぱり、
父親は父親として息子にとっては巌だったのかも知れない、と思ったのは、
これからはこの人を頼ってはいけないな、と言うと大袈裟すぎるが、
今回を含めてこれから何かを決めて動き出すに当たっては、
彼を一定の安全地帯としてひそかに計算・計画・視野に組み込んではいけない。
むしろ、彼と母とをケアする形で考えなくてはいけないな、と自分がチラリと、
しかし本気で思ったことだった。

27才を目前に、では遅いのかもしれないけど。
何かにつけて遅いのだ。
恥ずかしい。

彼女は、いなくなった。
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by fdvegi | 2005-11-15 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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