大津市湖西山側の愛宕灯籠

琵琶湖岸の地域とはいえ愛宕灯籠があるとすれば山寄りかなと思っていたら、意外や意外、がっつり水際でした。
と、和邇で書きましたが、山寄りにもやっぱりありました。湖側にも追加で発見。

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※網かけ部分は既出です(和邇、堅田)


平地からフォーク並び的に行かなくてはいけないこともあり、灯籠探しというより、そもそも集落にたどり着くのが大変でした。
でもあった。だからなおさら嬉しいです。


どの集落も由来などの細かいことはわからないのですが、真野については、「真野のむらのきろく」という小学校文集が昭和40年に作成され、今はネット上に復刻されています。驚きです。

「遠野物語」で有名な遠野の里を連想させるような(←遠野をよく知りませんが)、実に豊かな土着の文明が確かにあったことが、当時の小学生の視線で伝えられています。あるいは、「となりのトトロ」的な場所があったというべきでしょうか。

学校の先生の手がかなり厳しく入っているのがにじんでいる点も、当時の小学校の様子に思いが馳せられて楽しいです。

この文集で触れられているのは真野地区内の別の集落の愛宕講で、その集落では灯籠を探し出すことはできなかったのですが、ただ、こういう記録が残されている場所に灯籠も多く残っていることには、やはり一定の正の関係があるのでしょうね。


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320_大津市栗原



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322_大津市伊香立下龍華町

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323_大津市小野

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325_大津市真野佐川町

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289_大津市仰木

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290_大津市仰木

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326_大津市千野

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324_大津市真野



和邇以北の湖西と堅田では愛宕山と秋葉山への信仰が入り混じり、灯籠も混在していました。いずれも火伏の信仰で、方や京都発、方や東海浜松発です。その間にある滋賀。
湖西と堅田に挟まれたこの一帯も当然そうで(というか、ここも湖西です)、320_はまさにそうです。

愛宕灯籠だと思ったら「秋葉山」と刻まれているケースが間々あったりと、堅田など湖サイドも含めると、秋葉山の灯籠の数自体がかなりのもので、ちゃんと記録していないのが悔やまれます。

324_にいたっては、左が秋葉山の灯籠だから右側の文字がない方は愛宕灯籠だろうと推測するという、かなり高度(?)な類推テクが用いられています。

和邇以北の湖西でも文字がないものが結構たくさんありました(写真撮ってないけど)。
324_は320_に倣って愛宕という推理をしていますが、単独無記名の灯籠って、もちろん明かりという意味はありますが、思わせぶりですよね。

灯籠一つにきりきり舞いです。




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by fdvegi | 2017-12-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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