久世周辺の愛宕灯籠

桂駅から少し南下し、桂川に沿って東に寄ったエリアです。
桂川の向こうは吉祥院です。

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国道171号線と東海道新幹線が並行して南北を貫いており、感覚的には、生活の息吹なんてあり得ない場所だと思っていました。
が、ここでもだいぶ驚きました。いざ行ってみると、生活感がありありとしています。すごい。

有名な西国街道が通っている場所ですから、交通の要衝だったのですね。
橋のたもとには今も(元は)川魚料理屋(だったと思しき店)が残っていて、興味をそそられます。
渡し船を待つ人が近くに宿をとって、腹ごしらえをしたり、何かお楽しみを見つけたり、そういう場所でもあったのかもしれません。

新幹線の線路と大きな国道に挟まれた一帯にいたっては、ほとんどデッドスペース的な先入観的がありましたが、ここにも、南北垂直の線路・道路作りの横暴を暴くような、南西から北東に抜ける旧街道の痕跡が残っていました。
大きな農家が軒を連ねていたのだと思います。

京都郊外は、昔から近郊農業によってわりと裕福だったという話を聞いたことがあり、話自体は長岡京市を例に出してのものではありましたが、久世周辺もそうであって何ら不思議はありません。

面白い場所です。

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170_西京区牛ケ瀬青柳町

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171_西京区牛ケ瀬弥生町

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174_南区久世上久世町

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173_南区久世上久世町

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172_南区久世上久世町

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176_南区久世川原町

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175_南区久世殿城町

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180_南区久世上久世町


180_が愛宕灯籠だったと主張する理由は正直ないんですが、元は灯籠だったのではないかと思われる石柱の上に、後になって街灯が設置されている様子が、土地に灯籠の系譜が息づいているようで面白いです。


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by fdvegi | 2017-09-22 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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