大津市木戸の愛宕灯籠

またまた滋賀県湖西地方です。大津市木戸。
和邇よりも少し北にあって、西近江路という旧街道でここもつながっています。
相撲の行司の始祖だという志賀清林の出身地でもあり、清林パークという、密かに趣向の凝らされた大きな公園もあります。

お話し好きなおじさんに色々教えてもらったところ、昔は辺り一帯全部が茅葺屋根の家だったそうで、毎日、隣近所の葺き替え作業の手伝いだったそう。そして町内に一つ愛宕さんがある、と。こういう時の「町内」をどういう風に解釈すればいいのかは戸惑うところですが、町村合併なんかで木戸一町になったけど、それ以前は複数の小さな町たちでエリアとしての木戸を形成していたのでしょうね。

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なるほど、さほど大きくもない木戸エリアで灯籠は6基もあり、数は限られてはいますが今でも立派な茅葺屋根もあり、比良山系に沿うような集落ですので見事な石垣も残っています。集落の精神的支柱をなしていると思われる樹下神社はいかんともしがたい懐深さを感じさせ、一エリアの鎮守でありながら、湖西全体のランドマークでありソウル・アイコンである白髭神社にも引けを取らない静かな押しの強さを感じさせます。全体的に素敵郷愁エリア間違いなし。

ウィキペディアによると、上述の志賀清林さんは奈良時代に近江国から朝廷に出仕し、相撲の技四十八手と礼法と「突く・殴る・蹴る」の三手の禁じ手を制定する事を聖武天皇に奏上したといいますから、そんな人物を輩出する木戸という土地もまた、元々ただの湖畔の田舎というわけではなかったのでしょう。
謎深き湖西です。

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お札箱併設の灯籠は各地に多いですが、ここでは、お札箱が祠というか神殿扱いされ、その神殿の奉灯として愛宕灯籠がセットされているという、かなり独自色の強いミニ愛宕が形成されていました。

西近江路でつながっているとはいえ、和邇での愛宕灯籠とのあり方とは根本的に違っています。この違いは一体何なんだろう。
そして、比叡山すら越えて右京区の愛宕山へ行っていた、その動力の源泉は何だったのだろう。
箱は南面しているものが2つありましたが、灯籠は6基すべて西を向いています。


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by fdvegi | 2017-09-11 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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