大原の愛宕灯籠

「京都ぉ~、大ぉ~原 三千院♪」というフレーズを、35歳と30歳の知り合いは、もはや知りませんでした。最近ではむしろ、自然、里山、田舎暮らし、癒しの風景のイメージなのかもしれません。

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三千院の向かいの山には寂光院というお寺もあり、これは聖徳太子が建てた(6世紀頃)という話もあれば、源平合戦の頃(12世紀頃)の皇后かつ天皇の母という、やんごとない人が住まわれたところでもあります。
近くには二ノ瀬に出てきた惟喬親王(9世紀頃)のお墓もあって、京都の果てでありながら、もはや異様なまでの歴史的・文化的密度を誇ります。

灯籠は、三千院付近と寂光院付近に集中しつつ、大原という広い盆地全体をカバーしている状態で、その数20基(2017/08観測)。
一乗寺も岩倉も八瀬も静原も他のところも、それぞれ小ぶりながら奥行を感じさせる興味深い場所です。しかし、大原捜索の帰路、自然とわきあがってきた感慨は、「左京区のボスは大原」というものでした。あっぱれなほどに、それはもう段違いというか圧倒的というか次元違いの大物が一番背後に控えている。
それが京都の左京区なんだなと思いました。

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189_左京区大原井出町

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190_左京区大原井出町

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191_左京区大原野村町

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192_左京区大原野村町

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193_左京区大原野村町

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194_左京区大原草生町

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195_左京区大原草生町

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196_左京区大原草生町

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196_左京区大原草生町

ちょっと一休み。
ここまで高野川の北側(左側)で、ここからは南側(右側)です。
北側の方がもっぱら駐車場の料金は安めです。


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199_左京区大原来迎院町

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200_左京区大原大長瀬町

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201_左京区大原来迎院町

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202_左京区大原来迎院町

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203_左京区大原来迎院町



また少し一休み。ここまでが高野川南側でも、特に三千院周り。ここから先は高野川南側で三千院までは行かない京都の街寄り。


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205_左京区大原大長瀬町

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206_左京区大原上野町

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207_左京区大原上野町

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208_左京区大原上野町

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209_左京区大原戸寺町

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210_左京区大原戸寺町


はたと思いが出しました。そういえば、左京区って昔は「愛宕郡」だったな、と。
そうなのです。
平安の昔から明治くらいまで、今の左京区の大半は愛宕(おたぎ)郡であり、愛宕郡の中の小野郷に属していたそうなのです。
さらに、再々登場し、この地に眠っている惟喬親王の別名がまた小野宮というそう(秋篠宮文仁親王と同じように、小野宮惟喬親王ということでしょう)。

何だかもう色んなものが入り組みすぎです。


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by fdvegi | 2017-08-27 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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