愛宕灯籠の旅へ

ここ一月ばかり、愛宕灯籠を追いかけ回していた。
愛宕灯籠というのはその名の通り愛宕神社を祀る灯籠で、たいてい石でできている。
そこここの道ばたに不意に立っていて、特に規則性もないものだから普段あまり気に留まらない。
まさに路傍の石という感じで、亀岡市では「愛宕灯籠 私たちの身近にある石造物を訪ねて」という本をまとめたりもしている。

愛宕の読みはアタゴで、京都市右京区にある愛宕山と、その愛宕山にある愛宕神社を意味している。
愛宕神社は防火の神様で、京都を中心に「阿多古祀符 火迺要慎」と書かれたお札が台所に貼ってある様子は、“関西あるある”とか“台所あるある”の領域に近く、意味や由来は知らないけど気がつくと昔からあった、というくらい馴染みが深い。

そういうわけで、愛宕灯籠も基本的には防火の祈りを込めて建てられている。
分社とか摂社とか小ぶりな祠のたぐいとか、その手のものよりさらに手ごろな “わが町の愛宕”ということになる。

灯籠なので当然、火を灯す。(a) 一つ小さな火を灯すたびに、手に負えない大きな火、つまり火災への戒めを思い出すということだろう。(b) 実際、上記のお札を納める箱が隣接されている。

と同時に、町の灯りとして集落に穏やかな光をもたらす。そのため、(c) 多くの愛宕灯籠が常夜灯としての役割も果たしていた(一部は現役)。

火をつけたりする役割は村内・町内で持ち回りの当番制で、(d) 結果的にコミュニティの結束を高める装置として機能していただろう。

(e) 愛宕神社への案内板だったという説明がなされている場合もあり、愛宕街道など、実際に神社への途上ではそういう役割も負っていたのだと思う。

以上、灯籠には(a)~(e)の5つの機能があったと思われる。時代や地域によって、その組合せや役割を変えて、そこに立ち続けていたのだ、きっと。
最近では(?)、上述した亀岡市以外でも各自治体がちょいちょいと愛宕灯籠や「愛宕常夜灯」に言及していて、行政による扱い方の様子を追いかけるのも、それはそれでわりと面白い。

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行政ではなく市井の人々にも、愛宕灯籠を愛宕灯籠として熱心に追いかけたり、あるいは、お地蔵さんや道しるべと一緒に歴史的なものの一つとして取り扱ったり、はたまた、散歩やサイクリングのついでに写真に収めたりする人がたくさんいて、すごい。
その情報量たるやすさまじく、確かにそこに存在していることの確認や写真で姿を見ることだけならば、そういう人たちのブログだけでほとんどカバーできてしまうかもしれない。

その中にあって、ぼくは3つのことをしたかった(現在進行形)。
・宝探し感を楽しむ(ドラゴンボール的な、あるいはオリエンテーリング的な)
・全愛宕灯籠を一つの平面上にマッピングする
・愛宕勢力圏を割出しつつ、勢力圏のでき方、文化・情報の伝わり方を見出す
(と言いながら、創建年月や設置者を記録していない。読めないのだ。これは追々大いなる課題になるんだろうな)

行政情報や一般の人たちによるブログ情報は極めて有力ながら、それでもやっぱり自分で行って探して見つけることの面白さや気持ちの良さは格別だ。灯籠をひとつ見つけるたびに本当にうれしい。
それは基本的には保証のない出会いであり、己の感覚・嗅覚の勝利でもある。そして、一つの発見するたびに、同時に、次の灯籠がふっと気配を表すような気がしてくる。なので、同じエリアへ何度も足を運んでは、次の灯籠、次の灯籠と追いかけて、本当に見つけたり(嗅覚の勝利!)。あるいは、別のエリアに思いを馳せて、ネット上を物色したり。

それはもう何だか旅するような心地だ。空間をまたぎ、時間を超える旅。
思わず「モーガン・フリーマン 時空を超えて」の名前を思い出し、吹き替えの渋いナレーションが頭の中で流れ出す。
科学って、歴史って、知見をもたらすだけのものじゃない。トランスとリフレッシュ、すなわち冒険、遠い旅。
そんな気持ちにしびれてくる。
楽しい!

以下、ぼくが実際に見つけた灯籠たちを順不同でアップしていきたい。
まだまだ見つけられていないものがあると思うので、ご存知の方にはぜひ情報提供をお願いしたい。




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by fdvegi | 2017-08-10 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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