娘は白玉と名づけるつもりです

白玉ちゃん。
なんだか疲労が濃厚で、珍しく肩がコリコリです。

冬のボーナスを注ぎ込んで英会話に通い始め、最近ようやく言葉が道具にもどってきている感じがする。英語でもスウェーデン語でも、外国語で喋るときのちょっとテンションの高い自分が、ちょいちょい顔を出し始める。かれこれ一年近くかかっているけれど、それでもちびちびとは前進しているわけだろう。いい具合だ。
昨日までシンポジウムをやっていて、シンガポールのヤップちゃんが可愛かったのに結局あんまり打ち解けられなかったのは無念だったけど、この分なら来年なら何とかなるのかも知れない。あー疲れたー。

もう終わったかな、と一時は完全に本気で考えたりもしたけど、何だか、まだ何とかなるのかもしれない、などと脳裏をかすめる。

友人が言った、今後の人生の方向づけがだいたい決まったら結婚するといい、というのにも、ひょっとすると同じ感じが通じるのかもしれない。
まず結婚できそうにはなかったぼくは、その代わりと言ってはなんだけど、貧困国の教育里子支援の情報を集めまくっていた。これはこれで想像を絶する過酷な選別作業なだけに、ただその過酷さを放棄しただけなのも知れないが、まだ、誰かのためという要素をそこまで大きくはできない自分がいた、というのも事実。
その大きさというのはもちろん、月々3,000円程度という額面のことではない。そして大きくないなら、そんな真似は片手間ではできそうにない。

結局ゼロという意味では、最悪の結果なのかもしれない。

だけどやっぱりまだもうしばらくは、落としどころは探さない。でいたい。と思う。
[PR]
by fdvegi | 2005-09-02 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
<< グルジアのイーア 切り分ける >>