子どもに何をしてやれるのか

3連休の間、東子は恐らく非常にハッピーに過ごした。
父と自転車でお出かけし、グランマに会いに行ってお泊りし、和邇公園で遊具を一人占めして、川に入って足を濡らし、ご飯をたくさん食べた。
母と図書館へ本の返却に行き、散歩がてらパンを買い、たっぷり眠って、牧場でミルクアイスを食べ、また父と自転車で買い物に行った。
この休みの間は、意識して写真をたくさん撮るようにした。
好天にも恵まれて、なかなかいい写真が撮れたと思う。

考えてみると、今回の休みは抱っこの時間が少し減っていた。そんな気がする。
抱っこ離れの遅い子で、いまだにちょっとした距離、ちょっとしたハプニングで抱っこ抱っこの嵐だが、母が腰を痛めて腰痛アピールして以来、母への抱っこ頻度や執着は減ってきており(簡単に父に移譲される)、その父が、先日、御蔭神社でまさに抱っこ中に足をくじいてのたうち回って悶絶している姿を見てからは、抱っこ自体への熱が減退している気がする。
3歳児なりにわきまえというものを覚えてきているのかもしれない。

そんな折、ミャンマーのパコックが思い出される、と去年の日記に書いてあるのが目についた。3年日記というのは、そういうのが面白い。

砂岸という言葉があるか知らないが、ほとんど浜砂のみでできたような岸辺の船着き場に、それを取り囲むように見下ろす高い砂の堤防。
浜風に似た風がびゅうびゅうと吹き抜けていき、砂がわさわさと飛んでくる。
吹きっさらしの砂の上に子どもらがいて、何をするでもなく、乗船客や外国人を見ている。
ぼくが掘立小屋のような茶店に入るや、その子らが寄ってきて、嬉しそうに照れくさそうに給仕を始める。

エーヤワディー河に中国資本の橋が架かる直前だった。
橋が架かって、船の需要はきっと根本的に減っていると思う。
基本的に船着き場の人間だけを頼りに商売しているだろうああいう茶店の子らはどうしているんだろう。
思えばそれももう10年近く昔の話であって、当時10歳だった子は当たり前に独立の歳になっている。

ぼくはぼくで若者ならでは、旅行者ならではの一過性でヒューマンな憐みや親しみの入り混じった感情で彼らに接する。
できることがあればしたやりたいと思い、笑顔になるなら変な外国人として振る舞うことも楽しかった。が、突き詰めれば何もしてやらない。船が動き出す時間になれば、じゃあね、といって立ち去った。
あの子らがぼくを目で追い続けたか、次なる乗船客に目を移したかも知らない。

あの子らにはしてやらなったことを、東子にはしてやれる。放っておいてもすることになる。
連休明けの朝っぱら、お弁当屋さんごっこでガラクタの入ったタッパーとスプーンを紙袋に入れて、熱心にあっちへ行ったりこっちへ行ったり、よく意味の分からないことを言っている自分の娘を見ながら、一体何をするのがいいんだろうと考える。

親がしたいようにするのが一番と聞いた気がする。
自分は何をどうしたいのか、自分に何ができるのか。
結局また同じ所に帰ってくる(笑

朝から腹がおかしい。
痛いような気持ち悪いようなしくしくするような。すっきりしないで力が入らない。
そういう日には遠い日の事ばかり考える。

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by fdvegi | 2016-07-19 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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