着衣し、農耕をする

眠くて眠くてそろそろ限界かなという夜、テレビをパチクリパチクリしていたら、砂漠で遺跡の発掘をしていた。

ショウガボって響きがロシア語っぽく、発掘している人もツングースっぽい顔立ちだったので、ロシアの中央アジア付近かと思ったらタクラマカン沙漠だった。

世界の砂漠にはやっぱりまだ人跡未踏みなたいなとこがあんねんな、まさしく置き去りの世界やな、などと眠気に任せて心地よく思いを馳せていたところ、棺から遂にミイラが出てきて、眠気が木端微塵に吹き飛んだ。

問答無用の保存状態のミイラがあまりにもきれいで、あやふやな思考など、何の価値もないものとして、そこに存在する権利を奪われてしまったようだった。

憶測や推測や推理といった、全ての不確かなものは、本来、不要な付け足しでしかない、という啓示のように思えた。

別の棺桶のふたを開け、20代の女性のミイラがでてきた時は、発掘現場に居合わせる人みんなが、美人だ美人だ、と口を揃え、とろんとさえして感嘆していた。4000年前の死人を相手に恋をしているとしか思えなかった。

そう考えると異常だけど、ミイラは実際そのくらい美しく、白いの帽子や、赤い糸で飾りの入った布をまとっている感じは、テレビを通してさえ、可愛らしいと思った。

だから、現場でそれはやむを得ない、と思った。すべてのテントが寝静まった夜、誰かがそっと忍び込んできて、寝息も立てない彼女を静かに、しかしぎゅっと強く抱きしめる、そんな姿を想像した。

ほんの何分か前のニュースは、野口さんの宇宙空間での宇宙船の修理を伝えていた。
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by fdvegi | 2005-08-02 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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