そろそろ日暮れ

22日は休みをとって、娘を保育所に預けて妻と二人で街へ出た。
半日ぶらぶらして、最後にカフェ・コチでビールを飲んでケーキを食べる。
平日とあって客も少なく、店の中はほとんど何も変わってない。
仕事を休んで半日本を読んで過ごしたり、ワインを開けて一日過ごしたりした頃のまま。
空は晴天、光は横から、カーテンは風に流れる。
心地よく怠惰。

「年輩組みだったね」と帰りに妻が言う。
店の客層では自分たちが一番年上なのだった。
別に浮いてはいない。はず、と思う。
ただ、二つの円の重複するゾーンの、それもかなり上の方にいつの間にかいた。
心地よい空間として楽しめるぎりぎり。
休日ならもう無理だったのかもしれない。

あまりに長くてもうそれが普遍のような気がしていたモラトリアムが、いつの間にか終わってた。そういうことか。
街を歩いてむしろ普段よりも疲れた体で娘を迎えに行きながら、そんな風に思う。
そろそろ日暮れ。
食事、入浴、洗濯、飯炊き。散乱する部屋。
そういう意味があるんだな、子どもっていうのは、逆算すると。
ないとだめってわけでも、そのために生まれるってわけでもないけどさ。
そんな風に思う。

思うが早いか忘れている。
今夜は早く寝てくれないかな、そんなことを思ってる。


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by fdvegi | 2014-09-23 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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