途絶の果て

母方の祖母が亡くなった。87才。
頭の中の毛細血管がぷつぷつ切れていくそうで、もう長い間ずっと病院にいた。
最初の頃は、あれとこれを間違えた的なエピソードを間々聞いたものだが、次第にそういう話もなくなって、いつの頃からか、ぼくとしては、まるで最初からいないかのような感じになっていた。おかげで気が楽だった。
いわゆるボケ状態だったことは間違ないく、浮き沈みしながら、全体として沈下して行ったのだろう。
娘の半年の誕生日、目を覚まさなくなった。
その長い時間を祖父と母とその他の親類たちが別れのために使ったのであれば、ぼくが言うべきことは何もない。葬儀の際の母が驚くほど普通というか元気そうで安心した。

この先、89歳の祖父が何を心の張りにしていくのか、場の関心はそちらの方に向いていた。生きている人間に関心が向かうのは、いいことだと思う。

もう何十年ぶりかのように遺影で見た祖母が、タイのブッサバ先生に重なって見えて仕方なかった。ブッサバ先生がうっとうしくも滋味深かったのは本人のお人柄によるところばかりではなかったのかもしれない。
ブッサバ先生はタイの伝説的女傑スラナリーの像によく似ている。
遠州の半分やくざみたいな傑物である恒太郎じいさんに60年も連れ添ったきみ子ばあさんもやはり勇ましい女傑だったんだろう。

どちらかというと口数が少なく、一歩引いて私を陰で支えてくれる妻でした。自分の思うままに突き進んでしまいがちな私をつねに心配し、優しい言葉をかけては気遣ってくれたものです。
なかでも「承知して騙されなさいよ」と、ことあるごとに私を諭してくれた妻の言葉が今でも心の中でしっかりと生き続けています。どんなことも寛容な気持ちで受け止められる広い心の人間になることが、人生においていかに大切なことかを妻の言葉を思い出すたびに感じさせられます。いつもさりげなく私の背中をぽんと押してくれた妻の存在は、思っていた以上に私にとっては温かく大きなものだったのだと今さらながらに実感します。
穏やかな表情で、にっこりと話しかけてくれた妻の笑顔が、まるで昨日のことのように鮮やかに浮かんできます。


祖父はおそらく正座してこの文章を書いた。
晩年の小川国夫の味わいを思わせるすばらしい文章だと思う。
きっと何度も草稿を重ねたに違いない。
一連の作業の間、89歳の胸にはいったい何が去来していただろう。
完全に想像を絶する。
先人たちはいつも途絶の果てで憩っている。
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by fdvegi | 2013-10-30 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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