その向こうできっと

ありがたいことに我が家は日本のNHKが入る。だからいつもNHKばかり見ている。
こちらに来て気がついたとても貴重なことの一つが、NHKのど自慢という番組がとても素敵な番組だということだ。
http://www.nhk.or.jp/nodojiman/

こんなものは年寄りのヒマつぶしか慰めかと、そんな印象さえ確かに持っていたかどうかすらあやしい、その番組が今やとても好きになってしまった。

まず日本各地方々へ行くのがよい。
登場する一般人の皆さん方の構成、顔ぶれ、キャラクターに、何となくその地方らしさがにじんでいるのがわかる。
あ、ここはアバンギャルドな(人の多い)町なんだな。一見何の特徴もなさそうだけど年齢構成がけっこう多彩な町なんだな。
そんなことがじんわりと伝わってくる。

そして、登場する皆さんは、一般人らしい緊張であったり昂ぶりであったりという心の動きを、演技する間もないほどの僅かな時間なだけに、過剰でなく自然に伝えてくれる。
無駄な演出はない。人がいるだけ。

さらに、毎回必ず観客席には家族や友人がいて、手作りの横断幕やうちわを振っていたりする。
歌い終えたお父さんは思わず奥さんに向かって「いつもありがとう。これからもよろしく」なんて叫んでしまう。
ははーん、実は前々からこの機会を狙っていたな、と勘ぐらずににいられない。でも誰もそんなこと言わない。
奥さんには手を振ったりうなずいたりする機会しか与えられていない。無駄にコメントを求めたりもしない。

気持ちがほっこり温まる。

ぼくは全く歌を歌わないし、カラオケにすら行く度胸も音感もないのだけど、もしも気持ち良く歌える一曲でもあればいつか出てみたいと、そんな風にさえ思えてくる。

そんななか、5月8日に放送された新潟県魚沼市の回は、まさに感動的でさえあった。

まず登場する方々が揃いも揃って歌がうまい。
歌がうまくないから駄目だとはまったく思わないけど(言える立場でもないし)、やっぱりうまい方がいい。聞いていて気持ちよくなれるに越したことはない。
けれど毎回必ず、何割かの人はあんまりうなくない(だけど愛嬌や味わいや深みがある。それがいい。トップバッターには大抵そういう人が配される)。
なのに魚沼市の皆さんは、ぼくに言わせれば全員キンコンカンコンと合格の鐘をならしたくなるほどお上手だった。そしていい声で歌っておられた。

ぼくは民族というものの迫力を感じずにいられなかった。
風雪や災害とたたかい、厳しい自然を相手にじっと稲作を続けてこられた人々の魂が、この声を音感を磨いてきたのだと、大げさにそう考えずにいられなかった。
それは(目には見えないが)耳に聞こえる、ひとの五感ではっきりと感知することのできる、土地と民族の歴史だった。そう思えた。

そして、出てくる方出てくる方が皆さん揃ってはつらつとしておられた。笑顔がはじけている。それだけで気持ちがいい。
なのに司会のアナウンサーは追い打ちのごとく付け加える。そこは数年前、新潟県中越沖地震によって壊滅的な打撃を受けたのだと。
瞬間、その笑顔の気持ちよさは感動に変わってしまった。何たる希望。

加えてさらに、その日8番目に登場した女の子。高校生くらいだろうか。
亡くなったおじいちゃんに向けて歌う、というアナウンサーの短い紹介の後、彼女はそっと歌いだした。千と千尋の神隠しの主題歌「いつも何度でも」。
そしてその瞬間、会場全体が、画面のこちら側のぼくまでもが凍りつき、腰が萎ええるほどだった。
その声。その歌。その空気。
ゲストで参加していた堀内孝雄が、グランプリ授与の際「一瞬で全部変わった」と感服せざるを得ないほど美しい奥深い歌声だった。
歌詞もまた、今この状況によく合っていた。

合格の鐘を聞き、本人だけが驚いた表情をしながら、彼女は「どうしてこの曲か?」というアナウンサーの問いに一言、「おじいちゃんに聞かせたことのある唯一の曲だからです」と答えた。

ぼくは心が洗われた。いや、いつの間にかごつごつになってしまっていたものを、痛みもなくするりとむきとられたような感じがした。
たった一人への思いがあればいいのだ。

  悲しみは数えきれないけれど
  その向こうできっとあなたに会える


http://www.youtube.com/watch?v=6JiOQ1UBkzU&feature=related
(その彼女じゃないけど)
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by fdvegi | 2011-05-11 00:30 | 東南アジアなん | Comments(0)
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