人に恵まれる

人に物をあげるのが好きというか、あの人これ好きだろうな、気に入るだろうな、と思う一品に出くわして、それを買えるだけのちょっとした経済的余裕があるとついついそれを買ってしまうのだけど、何となく渡せずじまいに終わってしまうことが多いのはきっとおせっかいについての気恥ずかしさもさることながら、その品に他意はないんです、ただ自分の趣味にすぎなくて見返りとかは一切求めてないんです、というのを明に暗に説明するのが面倒だからだろう。

だから、特に女の人を相手にそういうことをする場合には、愛しい恋人がいるんですよ、しかも最近できたんですよ、という事実は自分の中でとても大きな後ろ盾となってくれて、非常に気軽に行動できるところが素敵だ。

そういうわけで、メールアドレスが無言で訴える誕生日を一週間後に控える週末、知り合ったばかりの友人に会うにあたり別段の気兼ねをすることもなく小品を選ぶ心境はやはり悪くないのであって、その品の良し悪しもさることながら、こちらとしてみれば自己満足であって半ばどっきりテレビ的な要素もあるいわゆるそのサプライズも相手にしてみればシンプルに嬉しい心配りに転化してしまい、そこに生じる驚きや喜びといった微妙な化学反応を、表情や言葉の溌剌さなどから感じ取るのはなんとも楽しい。

それと同じことが、午前中ちょっと足を伸ばしててそこにお気に入りの店があるからという理由で彼女が持ってきてくれたケーキについても起こっているんだろうと思うと、ぼくとしてはそこに妙な調和を感じてしまい、いやいやまったく気の合う人と知り合えたものだなぁ、としみじみと嬉しい気持ちになるのと同時に、変な言い方だが、それでもその人のことを好きになってはしまわない自分のありようにもまた満ちた気持ちになる。

というのも、そういうことがあるとなし崩し的にその人のことを好きになるという、ちょっとした気持ちの安売り状態にここ一年くらいの自分はあったと思うし、これから良い季節・良い時期を迎えるにもかかわらず諸般の事情でしばしの間愛しい彼女に会えなくなってしまい、少しだけ、けれど確かに乱暴な気持ちになりかけていた矢先の自分が、自暴自棄と不安のごちゃまぜを、ひとまずはこれ以上ない形で着地させることができたように思えたからだ。

店に入ってくる人入ってくる人が知り合いでないことをひそかに確かめずにはいられないぼくを、若くしていくつかの結婚寸前歴を持つ彼女はしっかりと見抜いて鷹揚に笑い、で、その後はどうなのかと、気心の知れたバーテンさんの店で知り合ったその日に、ぶしつけというか馬鹿丸出しにした、当時形をなしつつあった諸般の事情についての相談の続きを、快く持ちかけてくれるのだった。
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by fdvegi | 2005-04-18 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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