余子村の話

結婚してから初の墓参りへ行ってきました。
妻と一緒に鳥取の田舎へ行くのが初めてなら、
父にとっても自分の実家で息子の嫁を迎えるのは初めてで、
なんだかとても新鮮な空気に満たされた2日間でした。

家財がほとんど処分された祖母の家は、
意表を突く風通しと日当たりのよさで、しかも広々としていて、
しばらく見ぬ間に・・・の感慨です。
まさに好きな感じの家になっているのです。

あの家に漂うような、あるいは沈殿して凝固しているような、
嗅いだことのないにおいがする、
感じたことのない湿気がある、
砂っぽくてほこりっぽい空気の中で、
母及び姉はどこかイライラとげとげとし、
祖母及び誰だからわからない地元の人々はそれを一顧だにせず、
父はそのギャップを知ってか知らずか地元の友だに会いに行って
ご機嫌で酔っぱらって帰ってくる。

そういう空気や機微が作り出す微妙な雰囲気が、
ぼくは嫌で嫌で仕方なかったものですが、
それらがすっかり取り払われ、
しかも厚い雲がぎらつく太陽を隠したその一日は、
やけに広々とした土地に気のいいおっさんがいるだけの
ある種のやさしさやさわやかささえたたえた、
人が帰るべき故郷なのでした。

ぼくは不意に何かを失くしたような、
いやいや状況は最初から何にも変わっていないような、
少し甘酸っぱい気持ちになって祖母やおなじみの先祖たちに
手を合わせるのでした。
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by fdvegi | 2009-08-20 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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