うねりやたぎり

一読してジンベイザメとイワシの群れの例えをとても好きになったのは、
自分が海遊館なんかで水槽を見やりながら、大きな魚の雄大な泳ぎよりむしろ、
数百数千の小魚からなる巨大な魚影のビシビシとした、間髪いれない変身ぶりに
いつも圧倒され憧れてしまうからだろう。

武術を説くにあたって、一つの体を、その小魚の群れのイメージにすることは、
何というかもう、まったくクールだ。
クライミングに夢中の頃だったので、なおさらそのイメージがビタリと来たんだと思う。

先日京都で、自分の職場と東京の同業他社の職場の人が会合をもったので、
参加させてもらった。
極めて有益な議論や研修が行われるとは思っていなかったし、
実際そういうものはなかったけれど、
だけどそこには確実に巨大な意義があったなと思う。

大きな組織は、大きな組織であればある程、
かなりしばしば方向転換・形態変換に時間を要する。
ちょうど大きな魚の泳ぎのように。

だから、ひとりひとりの組織人が一匹一匹の小魚のように、
「生き残る」という完全一つの目的を目指して、個々に、ほとんど分裂的に
(しかし最後は再び収束するように)最善の動きを取れる状態でいることは、
武術やクライミングと同じように、外目には見えないうねりやたぎりのように、
地味ながらクールなのだ。
困難だが、心地いいのだ。

この週末はおそらく、そういう時間だった。
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by fdvegi | 2009-02-08 00:30 | 京都在住 | Comments(0)
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