|
この月曜日以降、夕方になると雨が降る。
ガラス窓の向こうが、いつの間にか、と同時ににわかに騒々しい。 不意に不穏な空気を感じる瞬間みたいに、なんだか胸騒ぎに似た気持ちに襲われる。 ビル街のスコール。 本当に実に久しぶり。 まだタイに馴染み切れていなかった頃、前のマンションに住んでいた頃、オフィスの置き傘をさして帰っては、よく玄関前に広げて置いていた。 夜中まで降り続けるときには、コンクリートの地面をうちつける強い音に、あそこは2階だったから、どうにも眠れない時間を無為に過ごしたりもした。 妻がいよいよ帰国を決心したのも、バンコクまで洪水迫る10月の、あるどしゃ降りの晩だった。 まるで季節感というものがないこの街にも時は巡り巡っている。 そろそろ丸々2年を経過しようとする今になって、ようやくそんなことに気がついて、ぼくはなんだかちょっと嬉しくなった。 今日久しぶりにマッサージに行った。 二度目の手術で尻が痛くなって以来とんとご無沙汰になっていたし、それ以前の洪水明けくらいからはお気に入りのガンちゃんの姿がなくなりハズレが続いたものだから、少しずつフェードアウトの様相だった。 ここのところどうにもこうにもだるく、また急な走りすぎのせいかなとも思いつつ、まぁ雨宿りがてらいっか、という気分で立ち寄った。 懐かしいくらいに久しぶりの施術室で、初めてです、みたないな気分で横になっておばちゃんを待っていたら、いきなり「パイナイマー?(どこ行ってたの?)」(たぶん)と。 きっと施術時間を聞かれるだろうと予想していたものだから、ぼくはまったく意表を突かれてしまって、「いやあのほら。コンケン、チェンマイ、、アンドモアー」などと。 「仕事?旅行?」「仕事」「_?>}*+L{`PO」「チャイチャイ(そうそう)」 「ガンちゃんはコンケンに行ったの?」と聞いてみた。 前にも何度か聞いてみたけど、まともな答えをもらったことがなくて、そのことも何だかぼくの足を遠ざけていた気がする。このおばちゃんはぼくが過去に常連だったことを知っているから、ぼくがいつもガンちゃんにお願いしていたことも知っているはずで、そのガンちゃんの近況を尋ねることはすごく自然なことだと思えた。 少なくとも、あなたよりガンちゃんの方がいいんだけどな、みたいなニュアンスには聞こえないだろう。 「家に帰ったよ。お母さんの調子が悪くって」 「コンケン?」 「いやいや。コンケンじゃなくて、`{P}*+L」 「へー」 このやりとりで、ぼくはすっかり満足した。 前に本人からもお母さんの調子が悪いのだと聞いたことがあって、その時は短い里帰りをした後だった。 実家がどこなのか最後の最後に分からなくなってしまったけれど、洪水を前後して、お母さんの調子が一層悪くなってその面倒を見に帰ったというのは大いに考えられることだった。 きっと毎日毎週毎秒毎分、大量の人間たちが地方からバンコクへと吸い出され、居ついているのだと思う。 その一方で、急速に高齢化の進むこのタイでは、こうしてバンコクで働く無数の若者たちが遠く故郷の家族の面倒を見るために田舎へ帰ってもいるんだろう。 充満して膨張して横溢していくばかりのこのバンコクにあって、けれどやっぱり人も巡っているんだと思った。 巡り巡っている。 久方ぶりにまともなマッサージを施されるぼくの体は、おばちゃんがいよいよ意気込んでぐいぐいぐいぐいとやってくれるくらいえらく凝っていたらしい。「ケーン、ケーン」と、あきらかに嬉しそうなおばちゃん。 マッサージ師というのは、やはり楽するよりもやりやりがいのある方がいいんだろう。 腰に背中に、尻から裏ももに、肩から首に、やわらかな動きが生じてくるような、やわらかさが隣へ隣へ伝わって行くような、そんな感じ。 体ごとのされて練り直されて再び形成。 嫌な膨張感みたいのがとれて、輪郭がはっきりした感じ。すっきりした心地。 ぼくの体の隅々にもようやく血が巡りはじめた。 ありがたい気持ち。
バンコク在住の奥様ブロガーが軒並み書いていると思うけど、フジスーパー一号店が改装工事に入って7月のいつだかまで休みに入った。全然知らなかった。
ぼくの暮らしは大幅にそのリズムを乱した。 バンコク・スクンビットエリアの便利さに胡坐をかいてすっかり忘れていたけれど、外国暮らしってこうなのだ。 スウェーデン時代は休養そのものを拒んでいた。 ミシガン時代はサトウのごはんと近所のアジア屋で買うキムチが慰めだった。 ここバンコクでは、フジスーパーで買う白鶴純米酒がご褒美だった。 それがあっさりぽっきりと断絶された。 この細い糸。 ミャンマーからハトヤイ→チェンマイ出張へと2週間にわたる出ずっぱり期間を慰撫すべく迎えたこの日曜夜。ダメだこりゃ。 やり切れん。何の仕打ちか知らんがひどすぎる。 南部主要都市ハトヤイはよかったよ。 海の幸が素敵なところさ。 巨大な生ガキが一個50バーツ。ミルキー。 超巨大なシャコは1キロ700バーツ。蒸してとろける。 先方の好意で近所のソンクラにも連れて行ってもらいました。 心穏やかな地方都市。 商店街らしき通りを食べ歩きできる貴重な町。 ![]() ![]() そして一気にタイを縦断、北部の町チェンマイへ。エアアジア。 仕事の後は雑貨や巡り。 何故か素敵なもの屋さんがたくさんある小町。 ![]() ![]() もうそろそろぼくのタイ駐在も終わりを迎え、地方巡り残りも少なくなってくるでしょう。 バンコクを出る圧倒的な解放感。 人が生きるべき町たちを訪ねる喜び。 疲れたけれど。 良くやったと自分では思うけど。 まだまだ総括はできないけれど。 けどけどけど。
今回のミャンマー。
8泊、ひそかに過去最長だったのかも。 インレー周辺にいる間は実に楽しく過ごしてました。 美しく、穏やかで和やかで、気候も悪くない。本当にいいところ。また行きたいな。 が、ヘーホーからマンダレー経由でモンユワへ行く移動日、時間的にどう考えてもマンダレーから先へ行く交通手段がないことが明々白々な日程を示され、でもまぁそこはミャンマー人的裏技があるんだろうと思っていたら、実は一切何も考えられていないという事態に直面して以降、グッと下降線をたどったような気がします。 結局、マンダレー―モンユワ間はほとんど偶然つかまえた普通のトラックで大量の卵と一緒に5時間以上かけて運ばれ(サスペンションとスプリングのありがたみを骨身で実感しました。トラックの荷台は本当にきつい。どうしても経験したいっていうんなら、せめて22歳くらいまでにするべきです。30過ぎてやると体とともに心にきます)、しかもその間に予備として持っていた10,000バーツを盗まれるという、泣きっ面に蜂という言葉では甘すぎる事態に直面さえしました。 あぁミャンマーは最後の最後に試練を与えたもう。 日程は以下の通り。 バンコク→ヤンゴン ヤンゴン→ヘーホー→カウンダイン(Kaung Daing) カウンダイン→インレー湖周辺→カウンダイン カウンダイン→ナンシュエ→カックー→カウンダイン カウンダイン→ヘーホー→マンダレー→モンユワ モンユワ→ポーウィン→パコック→モンユワ モンユワ→マンダレー マンダレー→ヤンゴン→バンコク 初日の夜。夕刻にヤンゴン着。両替したくてボスを探しましたが辺りは既に食べ物屋台でいっぱい。食欲はまったくないけど、うきうきしてしまって近くの飲み屋へ。知らない人にビールをおごってもらってしまいました。わさびとかいう和食屋でコックをしているそうな。へべれけだし英語はしゃべらないしで、ほとんどまったく意思疎通はできないけれど、そんなこたぁどうでもいいんだよ。 HuPin Hotelが素敵過ぎ。同じホテルがニャンシュエの町にもあるそうですが、こちちらはKaung Daingという村です。敷地内を貫く道は実は山の上のお寺に至る参道で、まことにありがたい構図。従業員はほとんどが村の人たちで、数名でグループを作って楽しそうにお喋りしたり歌を歌いながら働いています。鳥や虫の声と相まって本当にやわらかな気持ちになります。もちろん全敷地インレー湖ビュー。 翌日さっそくインレー湖巡り。ホテルでボートの手配を頼むと40,000チャット。村人に頼んでみたら20,000チャットでした。まったくもってDr. Ooのおかげ。水上マーケットの茶店から。こういうだらだら時間が愛しい。![]() あしを伸ばしてインディンという寺へ。無数の仏塔に興奮し、その興奮を冷ますように間断ない風が無数の鈴の音を響かせます。これはいい。静かにしみる。実に感動した。 ![]() 翌日。ド迫力のカックー寺院。深い森を切り開いて立てたそう。修復が進んでいます。実は昨年バガンで会った女の人が、バガンよりここの方が印象深いと言い、バガン命だったぼくとしては度肝を抜かれて、どうしても行ってみねばと決意したのでした。寺院前の深い森の名残の巨木たちと突き抜けるような広い空が印象的。 ![]() 東側シャン地方は大豆の産地。豆腐を揚げたものに大豆ベースのタレをディップ。これがもう最高にうまい。これだけ食ってワインかビールでも飲んでれば満足してしまう。そんなうまさ。今回はほとんどモヒンガーを食べられませんでしたが、このとうふがあったからオーケー。Dr. Ooとの夕食はワインととうふ。これ定石。 ![]() 少しだけ歩いたタウンヂーの町は少数民族衣装の人でいっぱい。ごちゃごちゃしていて何ともいえない迫力です。昔の東海道筋とかこんな感じだったのかもな、などと思ったり。 ![]() ミャンマー初のワイナリーAythaya Vineyardの美しすぎるワイン娘(Dr. Oo及びドライバーの賛同は得られず)。おっちゃんはほんと腰が抜けるかと思ったよ。シュエナンとタウンヂーの間の山沿いにあります。ワイン2本とブランデー3本購入。旅行中に全部飲んだけどね。もしもいつかヤンゴンに住むことがあったら飛行機バスタクシーを駆使して毎週末でも通いたい。 ![]() ニャンシュエのお祭り。ドライバーとDr. Ooが妙に意気投合してばっちり時間を合わせてくれました。Dr. Ooはラカイン、ドライバーはシャン、ドライバーの奥さんはさらにマイナーなポン族だそうで、少数民族どうし気が合うみたいです。Union of Myanmarってそういうことなんだ、と5回目にして初めてその重みを感じた旅でした。昔、領主的な人がこの女の人から毎年奥さんを見繕っていたそうな。その名残。 ![]() 昨年に続いて2度目のモンユワ。今回はポーウィン山を目指して対岸へ渡ります。外国人はチャーターが義務だそうで、いざチャーター代を支払ったところ、別のボートが来るわけではなく、公共ボートが即座に出発する仕組み。そこから先はジープをチャーター。チャーター続き。 ![]() トルコのカッパドキアを彷彿とさせる岩に開いた穴穴穴。そしてその中に無数の仏像。一人だったら絶対怖かった。行けども行けども何か出てくる、という実感。冒険っぽくて興奮しました。一番古いので14世紀頃という壁画も問答無用でフラッシュ撮影。素人目にはこれも充分世界遺産物件だと思うんですが、どうなんだろう。ぼくの入ミャンと同日にパンギムン国連事務総長も入ミャンしていたそうですね。 色鮮やかな野菜たち。アスパラの塩焼きが特にうまい。気温は普通に40度越えで、昼でもビールを飲まねばやっておれません。バンコクへ来て暑さへの耐性はだいぶん着いたつもりでいましたが、36度を越えたあたりでやっぱり何か一線を越えてしまいますね。本当に身がもたない。頭が回らない。余裕がなくなる。前回に続いて今回もモンユワという町には惨敗した感じ。![]() しかし漆器の購入は忘れてません。90米ドルで大人買い。工房のおっさんはぼくのことなど覚えていないのはもちろん、博士様であるDr. Ooに夢中。なんか講義らしきものすら始めてました。軽く嫉妬。 ![]() Two Onikus。 あぁ。 なんとなく反省や後悔ばかりが渦巻いていたけれど、写真を流し見ていくうちにまたいい気持になってきました。ミャンマー。 なんというか、疲ればかりが残って、答えが出ないというか燃え尽き感のない時間。 こんなミャンマーは初めて。 次はどうだろう。 性懲りもなくそんなことを考え始めています。 以下、ただひたすら反省文。
一年ぶりにバンコクで読んでみた。
この間、特に後半の多くを妻は日本で過ごし、ぼくはバンコクで2度の手術と入院をした。 仕事がやたらと忙しかったのか、それとも、そうでもない生活すら一人暮らしというだけで負担だったのか、ひそかに地味に断続的に心身のバランスを欠いている時間が多かった気がします。 そこをなんとか本にすがってやっていた、のかもしれない。第一回に比べて本の数が随分と増えました。 本にすがるようになっただけスウェーデンやアメリカにいた頃よりも成長したなとも、しみじみ思う。 あれはあれで若いうちにはいい経験だったけどね。 以下、ほぼ順番通りに読んでみた。出張・旅先でも読んでみた。 朽ちていった命―被曝治療83日間の記録 花を運ぶ妹 海炭市叙景 マシアス・ギリの失脚 巡査の休日 日本はじっこ自滅旅 エトロフ発緊急電 スリランカの悪魔祓い 夜を急ぐ者よ 東南アジア紀行(上)(下) 母なる自然のおっぱい 仮借なき明日 すばらしい新世界 利休にたずねよ 心星ひとつ 彼岸花 文明の生態史観 大学とは何か ネプチューンの迷宮 累犯障害者 インテリジェンスの賢者たち 差別と日本人 苦界浄土 わが水俣病 照柿(上)(下) 狂気と王権 プルーストを読む―「失われた世界を求めて」の世界 情報の文明学 物乞う仏陀 日本銀行の深層 江戸の財政改革 消費税のカラクリ 成長のアジア 停滞のアジア ドイツの大学 同和と銀行 三菱UFJ銀行の“汚れ役”の回顧録 誰もかけなかったタブー 原発と山口組と芸能裏人脈編 廃墟に乞う 湾岸線に日は昇る 火天の城 今夜すべてのバーで そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります 龍は眠る マークスの山(上)(下) 神の棄てた裸体 イスラームの夜を歩く 在日米軍司令部 彼女がその名を知らない鳥たち 妻たちの海外駐在 被差別部落の青春 猫鳴 九月が永遠に続けば 吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日 疾駆する夢(上)(下) 白い手の残像 風雲児(上)(下) タイの僧院にて 夏天の虹 当たるも八卦の墨色占い コインロッカー・ベイビーズ(上)(下) 反・幸福論 エロマンガ島の三人 ねたあとに 富子すきすき メナムの残照 暮らす土地・文化・状況、いわゆる環境というものが読書の感想にさえすこぶる影響を与えるんだということがこの間否応なく実感されました。 読書の感想に影響を与えるということは、ものの感じ方や考え方、自分そのものも変化してるんだろうな、一時的にでも。 それを成長と呼びたいほどは、ぼくも青くはなくなった。 が、刺激は刺激として確かに受容してるんだなーと、妙な実感みたいなものは湧きますね。 さぁ、今回も誰にも求められていないことを重々承知の上で「バンコクで読んでみた」大賞を考えてみましょう。 金「タイの僧院にて」青木保 銀「妻たちの海外駐在」ヒロコ・ムトー 銅「利休にたずねよ」山本兼一 次点「もの乞う仏陀」「神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く」石井光太 金賞は30年前のタイの寺での修行の話。師の偉大さに触れるたび身が震え、ピィの章では悪夢を見た。魂のお話ではなく形式の凄み。それは木や氷が音を立てて裂けるように、虚空にそれを聞くように、不意に入り込んでくる。2度読みたい。 銀賞、時代は違い環境も違うバブルなテンション。余分も多い。けれど一瞬一瞬の渇望の深さ、渇える心の描写はリアル。共有できないことの癒えなさが普遍すぎて辛く、けど逆にほっとする。基本的には楽しい本です。 銅賞、思わず母乳の話を思い出しました。母乳は要は血液っていう話。この本で利休がたてる茶は、まさに血。血のように濃く、母乳に近い。そんな無茶を口走らせる、すさまじい本。茶の湯ってすさまじいものなんですね。 次点、タイトルがいちいち秀逸。散漫ながら散漫になるのも分かる、そんなアジア。こういうことを書く人がいること自体が国の力量・底力だと思う。応援したい。 以上、バンコクで読んでみた。
抜群に悪い体調を引っさげて明日からミャンマーです。
いやはや薬だらけでカバンが重い。 入タイ以来3度目です。 パスポートにはビザが5つ並び経ちました。いや立派。 最初はいつもの一人旅、 次は仕事で別世界、 そして今回はミャンマー人の知り合いに色々アレンジしてもらっての二人旅。 おかげさまで我がミャンマーも幅が広がりましたね。 近所のテイラーのおっさんまでミャンマー人です。 アイデンティティーはネパール人だけど。 いつかのミャンマー帰還を目指して、ビジネスできそうな土地を探してきてくれと結構本気で言ってます。 ああいう人たちの、生きること自体チャレンジ精神、みたいなところは見習うべきなのか、同情するところなのか。 起点の違いというのは本当に断絶的な違いを生むような気がしますね。 今回は初の東側、インレー方面を狙います。 それと前回に続いてのモンユワ。 マンダレーは起点にして、少しくらい時間あるかな。 ちょっと寄りたいな。 これで一応、主だったところは制覇になるんでしょう。 密かに、これが最後になるんじゃないかって気がしています。 何故かわかんないけど。 この先しばしは高原とか行きたい気持ち。 冷たく澄んだ、て形容詞の使えそうなところ。 憧れるぅ。
ちょっぴり酔いながら野狐禅を聞きまくる。
わけのわからない陶酔タイムが時々訪れる。 妻がタイを離れて2週間くらいか。 ようよう元の生活に慣れ始める。 低いところでの安定した飛行から、嫌になるくらいのアップダウンを経て、再び安定低空飛行に落ち着いた頃、ぼくの痔はまたじゃっかんおかしくなる。 プリザエースなど注入しながら、わずか35歳を前にして、いわゆる「色々無理のきかない体」になったのだろうかと浴室の大鏡で増え行くばかりの白髪を確認したりする。 ミャンマー行きのチケットと、ミャンマービザ、それにこれまでの倍以上のアメリカドルを手配した。 ソンクラン明けのミャンマー大使館には、これまでの5倍くらいの人が押し掛けている。 ビジネスビザ申請・取得者の驚異的な増加。 長かったアジア・大洋州旅行の最後についでにあのミャンマーを見ておくか、的な白人の旅行者たちの妙な高揚、興奮がせまい館内に入り混じる。 あぁぼくのミャンマーはこれで最後かもしれない。 そんな気持ちに、ちょっとなる。 最後なのでミャンマー人の知り合いに色々頼る。 ぽっと出の人にではできない旅をしてやる。 2005年からミャンマーを愛したからできる旅行をするのだ。 などと心の中でうそぶく。 ソンクランを明けたバンコクはあまりに暑い。 トリさんも舌を巻くほど異常に暑い。 暑い暑いミャンマーを一週間で駆け抜けて、その次は一週間タイを仕事で駆け回る。 任期終了間際の最後の最後まで、ちっとも緩むことのない、むしろ加速度的に積みあがって行く仕事を、けれどこの感覚なしにはやり切れない、そんな思いでつぶしていく。 思えばここへ来たのは31歳か。 俺は今いくつだ。まだ33か。 まだまだだ。 しかし暑い。
NHKの「カーネーション」が終わった。
最初は何を言ってるのかさっぱりわからなかったオープニングの歌が、紅白歌合戦でちゃんと聞いたところ非常に素敵な曲で、あぁ椎名林檎という人はすごいなぁと思った。 猫ひろしのニュースを聞いて、そんなことを思い出した。 国籍取得なんてちょっとやりすぎな気もするな、なんて思いながら、みんなけっこう応援してたんじゃないかと思う。 少なくとも、ネットで流れるニュースはそんな色合いだった気がする。 ぼくも恐らくそうだった。 で、実際にカンボジアのオリンピック代表に選ばれた途端、風向きが変わった。 辞退すべき?とか言い出した。 メディアは言ってないけど、そういう向きの話題がよく取り上げられている。 あぁ、我々はやっぱり果たされないことへの努力が好きなのだ。本能みたいに。 報われないことへの献身に美を、報われなかった瞬間の真っ白にカタルシスを、覚えるようにできている。 だからきっとマラソン川内選手の選考漏れは、残念感とともに一服のカタルシスをもたらした。たぶん。 一方で猫ひろしは、今まさにクライマックスを迎えようとするその高まりを、あっさりひょうひょうと裏切ってしまった。 真っ白なナース服に真っ赤な口紅という妖艶な姿の女性が、怒りなのか本性なのか不明な表情でガラスを叩き割りながら叫んだ「果たされないことなど大嫌いなの」は、ちょっとしたエロスを隠したとてもスパイシーな言葉だっただけに、そのドキッとするような含意にすっかり魅了されて騙されてしまっていたけれど、その実、その言葉がちらりとえぐりにかかったのは、果たされないことが大好きな我らの底意であって、そのむずがゆさにこそ、あの曲の何ともいえない気持ちよさ、あの人の言葉選びの底知れないすごみがあるんじゃないかって、そんな風に思えてくる。 ドラマのカーネーションで最後に登場したのはきっと料理旅館の奈津で、さらに最後に映ったのは三代にわたる糸ちゃんたちだった。 彼女らのすごみと清々しさに、それを見事に引き出しきり生かしきりえたそのオープニング曲に、実は白々としていると言わざるをえない駐在妻生活をどうにか乗り切る力を妻に与え続けてくれたことに、ぼくとしては感謝という念以外に浮かんでくるものがない。 ![]()
3月も終わりも終わりの年度末、フィリピンへ行ってきました。
マニラ。 ![]() 「フィリピン・パブ」という言葉と「ルビー・モレノ」という名前しかイメージがなかったお国ですが、いや驚いた。 驚いたというか、ビビりました。 晩に食事に出たんですが、食事をするべきお店らしい店が見当たらない。 ホテルの中とかならあるんでしょうけど、いわゆる路面店的なね。 で、しばし繁華街を歩いているといきなり雰囲気が悪くなりまして(ほんと境目が見えない)、突如、群がってくる少年たち。 ![]() 手に持ってる荷物を取ろうとしたり、とにかく腕や服をつかんできたりすると同時に、こうスナップをビシバシ効かせて、尻のポケットの財布をはじき出そうとするんですね。 このコンビネーションが怖い。 逃げ切った方と思ったらいつの間にか財布はなくなっていた、てケースが多いでしょうね、あれは。 これまで結構な頻度でアジアをフラフラしてきましたが、実は「少年たちに」「フィジカル・コンタクトありで」襲われた(?)ことはなかったので、なかなかのショックです。 意外に冷静に対処できた自分に驚いたくらい。 で、翌日、仕事で人に会いまして、仕事を終えて飛行機まで時間があるってんで昼間っからビールをぐいぐいやりに行きました。サン・ミゲルですよ。 いや、うまかったな。マグロの酢のもの和えみたいな料理。 フィリピン、やっぱり魚介はうまいみたいです。 ![]() で話しているや、彼はこれまで3回、博士論文を書いたことがあるんですって。え? 他人のために。 つまり、書いて売る、的な話ですね。要は。 えー!? 結構えらい人なんですよ。立場のある。 ただし職業研究者ではない。 すげぇ。 わけわからん。。 ていうか、ようやった。 うん、そんな人や場所相手だもん。 疲れました。 平成23年度。 あぁ。 海がきれい。 マグロがうまい。 それでええやん。もう。
まさかの炊飯器故障以来、ここ2週間ひたすらそうめんのみを食べている。
10月の洪水の時、母が非常食にと送ってくれたもの。 あぁ、ママン。 まずは水からなくなるのだよ。。 というわけで、今になって消費、とにかく消化。 夜な夜な納豆&卵で食べているのだけど、 そうめんと卵というのはおそらく基本的に合わない。 そして、そこに納豆も加わってグルグル混ぜるものだから、 細かい泡ばかりやたらと立って腹が膨れるのを通り越して もはや気持ちが悪くなってくる。 そんな一人の夜をもういくつも過ごしたさ。 そこで思い出したのが、あれ。 そうモヒンガー。 12月にミャンマーに行った時、日本在住のミャンマー人奥さんが、 日本ではそうめんでモヒンガーの代用にしていたと言ったっけ。 そして、これこそまさかのレディーメイド・モヒンガーの存在。 汁だけが冷凍して売っているのです、スーパーで。 奥さんは友だちに送ってもらうか、来日する友だちに買ってきてもらうって言ってた。 ![]() なんとなく今まで冷凍室で眠らせていました。 なんと簡単、1リットルの水で沸かすだけ。 ![]() 超簡単。 そして味は、、、モヒンガー! あぁミャンマー。行きたいよう。行きたいよう。 ![]() でも大丈夫。あと500ccくらいは残ってるから。 チャットがフロート制に移行ってニュースになってたけど、あれ何なの。 二重為替制度廃止らいいですが、ボスたち大丈夫かな。
お向かいのソイ、ソイ22で火事らしい。
グランメルキュールというホテル。 クイーンズパークのお向かいです。 何やらどうにもうるさくて外に出てみらた煙くさくて焦った。 急いでスクンビットを見やると、緊急車両の残像が右から左へ。 ちょっとほっとした自分がいました。 とりあえず職場ではない、と。 不埒な話で恐縮ですが。 通りに出るや、サイレンと赤色灯がシャレにならないです。 勝手に(?)緊急車両を誘導しているおっさんとかいて、ものものしいことこの上ない。 救急車両の音の重なりや連なる疾走って、本当にこの世の終わりとか終末とか世紀末とか、そういうのを感じさせてやみませんね。 こういうの、ほんとよくない。
|