口の中のプラネタリウム

7月3日、空前絶後に足をくじいた。
15kgの娘を抱っこして、階段を下りて石に足を滑らせた。
水平方向の力がほぼゼロで、垂直方向の力が足首にかかったわけで、悶絶した。
一週間休んで、次の一週間走ったらますます痛くなって整形外科に行った。
わかってはいたけど特に何もしてくれない。
安静にしつつ、筋を伸ばすリハビリをせよと。

7月19日、食あたりになった。たぶん。
2週間くらい車の中のクーラーバッグで眠っていた裂きイカをおいしく食べたところ
むかむかしてどうしようもなくなった。

8月13日、手足口病になった。
2-3日前に娘が治ったウイルス性の感染症。
大人の罹患率は10%程度って書いてるのに、まんまと罹患した。
まず手にブツブツが出てきて、足にブツブツが出てきて、熱がふぅっと上がって38度。
最後に口内炎が出てきたと思ったら爆発している。

口中が本当に口内炎。
舌の上も裏も、先も付け根も、歯茎にも、おそらく喉の奥の方にも、当たり前のように上唇にも下唇にも両頬の裏側にものの見事に口内炎ができて花咲いている。
熱を感じる。
痛くてロクに水も飲めない。
言葉も発せない。

内科に行ったら、何となく察しはついていたけど何もしてくれなかった。
10日ほどで自然に治るから、と。

右足首はまだ痛い。
口の中は全盛期的に痛い。
もう何も治る気がしない。
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# by fdvegi | 2016-08-19 00:30 | 京都在住

電話と保険、あとは更新料

長年使っていたAUをやめて、格安スマホに変えた。
なので、ネットでアイフォンを2つ購入した。
3年前に買った車の車検がやってきた。
常々非常に腹立たしい対応をされつつも、結局ディーラーに任せて済ませた。
任意保険はひいひい言って見積もり比較をした挙句、ネット保険に変更した。
ついでにJAFも更新した。
そして住んでいる団地の契約更新がやってくる。
いつもの家賃に更新料を乗っけて払えば済むと思う。
ハンコをいくつか捺いたりはするだろうけど。

どれも非常にありふれた案件で少しも特殊感がない。
だけど、いずれも10万円単位のお金が絡む、何年か先まで続く小さな選択の連続で、なんだかわりと疲れてしまった。

スマホも車も保険もいずれも全然普通かつ必要の範疇なわけで、
小市民が普通に生きているだけでも、ある時どっと先のことを決め、その分だけお金が必要になる時が来る。
カード決済と現金決済が混在し、あのお金とこのお金の支払いが前後したり重なったりする。
いく川の流れは絶えずして量も速さも非常に乱れる。

これを乗り切りつつ生きる。
なんとなく疲れつつ、堅実に生きるというのはこういうことかしらなどと考えたりもして、
家に帰って娘と遊ぶ。
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# by fdvegi | 2016-08-01 00:30 | 京都在住

あのシーンはなんだか知らないが泣ける

高槻児童公園といって、広いわりに人の少ない公園が近所にある。
先日通りかかったら、人だかりができていた。
みんなスマートフォンを心もち高めに構えている。
なるほど、「ポケモンGo」だ。
テレビでは見ていたものの、実物に遭遇すると、なるほど、これはけっこう気持ち悪い。

まず、公園全体が人で埋まるわけではない。
公園内の外縁がやたらと混んで、中心部は空っぽになっている。
(なんで? ポケモンが公園中心部に出るから? それとも単に中心部に出ていくのは恥ずかしいから?)
このコントラストがなんとなく気持ち悪い。

次に、たくさん人がいるのに基本的に全員が電話しか見ていない。
電話しか見ていないわりに、電話に集中的に取り組んでいる、という感じが高くない。
昔、大型家電量販店の近くでダウンロード版のドラゴンクエストをやっている集団を見たことがあって、それはそれで非日常な感じではあった。
けれど、場所が大型家電量販店のすぐ近くで一定のスポットに密集しているのと、手に持っているのがゲーム機で圧倒的に男子の割合が高いのとで、あぁゲーム好きの男子が必死になってゲームをしに来ているのだ、という妙な安心感というか既視感のようなものがあった。

しかし、ポケモンGoは公園だし、男女入り混じっているし、「そこにゲームをしに来ている!」という決然としたものを感じがたい。
何だか、行くあてのない人々が浮遊している感じ。
近未来映画で、若者が新興宗教にはまっていて、ゾンビが集団で動いてて。
その感じが何となく得体が知れなくて気持ち悪い。

屋外で電話を掲げるというと、つい「ジャージの二人」という小説で、畑の真ん中だけ電波が三本立つという有名な(?)シーンを連想してしまう。
あのシーンはなんだか知らないが泣けるのだ。
だから印象深い大事なシーンなのだけど、同じ屋外での電話なのに、今回はずいぶんと様子が異なる。
文字によるフィクションと、生身で見る現実の違いなのかも知れない。

そんなことを言いながら、ぼくはぼくで家のWi-fi環境で夜な夜なGodusというゲームに夢中になっている。
神になって人を導いている。
うむ、我ながら気持ち悪い。
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# by fdvegi | 2016-07-31 00:30 | 京都在住

子どもに何をしてやれるのか

3連休の間、東子は恐らく非常にハッピーに過ごした。
父と自転車でお出かけし、グランマに会いに行ってお泊りし、和邇公園で遊具を一人占めして、川に入って足を濡らし、ご飯をたくさん食べた。
母と図書館へ本の返却に行き、散歩がてらパンを買い、たっぷり眠って、牧場でミルクアイスを食べ、また父と自転車で買い物に行った。
この休みの間は、意識して写真をたくさん撮るようにした。
好天にも恵まれて、なかなかいい写真が撮れたと思う。

考えてみると、今回の休みは抱っこの時間が少し減っていた。そんな気がする。
抱っこ離れの遅い子で、いまだにちょっとした距離、ちょっとしたハプニングで抱っこ抱っこの嵐だが、母が腰を痛めて腰痛アピールして以来、母への抱っこ頻度や執着は減ってきており(簡単に父に移譲される)、その父が、先日、御蔭神社でまさに抱っこ中に足をくじいてのたうち回って悶絶している姿を見てからは、抱っこ自体への熱が減退している気がする。
3歳児なりにわきまえというものを覚えてきているのかもしれない。

そんな折、ミャンマーのパコックが思い出される、と去年の日記に書いてあるのが目についた。3年日記というのは、そういうのが面白い。

砂岸という言葉があるか知らないが、ほとんど浜砂のみでできたような岸辺の船着き場に、それを取り囲むように見下ろす高い砂の堤防。
浜風に似た風がびゅうびゅうと吹き抜けていき、砂がわさわさと飛んでくる。
吹きっさらしの砂の上に子どもらがいて、何をするでもなく、乗船客や外国人を見ている。
ぼくが掘立小屋のような茶店に入るや、その子らが寄ってきて、嬉しそうに照れくさそうに給仕を始める。

エーヤワディー河に中国資本の橋が架かる直前だった。
橋が架かって、船の需要はきっと根本的に減っていると思う。
基本的に船着き場の人間だけを頼りに商売しているだろうああいう茶店の子らはどうしているんだろう。
思えばそれももう10年近く昔の話であって、当時10歳だった子は当たり前に独立の歳になっている。

ぼくはぼくで若者ならでは、旅行者ならではの一過性でヒューマンな憐みや親しみの入り混じった感情で彼らに接する。
できることがあればしたやりたいと思い、笑顔になるなら変な外国人として振る舞うことも楽しかった。が、突き詰めれば何もしてやらない。船が動き出す時間になれば、じゃあね、といって立ち去った。
あの子らがぼくを目で追い続けたか、次なる乗船客に目を移したかも知らない。

あの子らにはしてやらなったことを、東子にはしてやれる。放っておいてもすることになる。
連休明けの朝っぱら、お弁当屋さんごっこでガラクタの入ったタッパーとスプーンを紙袋に入れて、熱心にあっちへ行ったりこっちへ行ったり、よく意味の分からないことを言っている自分の娘を見ながら、一体何をするのがいいんだろうと考える。

親がしたいようにするのが一番と聞いた気がする。
自分は何をどうしたいのか、自分に何ができるのか。
結局また同じ所に帰ってくる(笑

朝から腹がおかしい。
痛いような気持ち悪いようなしくしくするような。すっきりしないで力が入らない。
そういう日には遠い日の事ばかり考える。

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# by fdvegi | 2016-07-19 00:30 | 京都在住

みんな袋に入ってく

「あまちゃん」以来の宮藤官九郎のドラマを観ている。
「ゆとりですが、なにか」 今日が最終回。
このドラマを観ていてしみじみ思う。しみじみと感じる。痛感する。
帰属したい。
誰が?
知らないけど、自分も含めて、たぶん多くの人。

「あまちゃん」が終わったとき話題になった「あまロス」の一例として、新聞に、録画していた放送を何事もなかったように毎朝一話ずつ見直す(男性、○○台(割といい年))、という気持ちの悪いコメントが載っていて、震撼したのを今もよく覚えている。
帰属を失う瞬間の恐怖がここによく表れているし、逆説的に、帰属することの大切さ・すばらしさ・心地よさをよく表していると思う。

あまちゃんは言わずもがな問答無用のコミュニティである東北という地方、そして職業集団に、ゆとりたちはゆとり世代と呼ばれることで仲間意識を自明のこととして共有できる集団に、属している。
属しているというか、属したのだ、ドラマのスタートとして。

あまちゃんは最初、人とうまくなじめない少女という設定だったし、ゆとりの人たちは人たちで、それぞれに「孤軍奮闘」してうまくいかないという設定だった。
「うまくいかない」ことが強調されているけど、その実、重要なのは、ある時点で「はい、スタート!」と声をかけられるくらいに明確に「何かに属する」ことを始めたことなのだと思う。

その中で盛り上がるドラマ。
逆にいうと、その中でしか盛り上がれないドラマ。

帰属という言葉を使っているけど、それは最近はやりの「つながり」と似ているかもしれない。
しかし、「帰属」と「つながり」はおそらく天と地くらいに違う。
そのことは「あまちゃん」の中でも明確に示されており、かつきわめてナチュラルに我々国民に受け入れられた。
それはアキちゃんとゆいちゃんの「つながり」であり、キラキラとかけがえのないまぶしさを放つ一方で脆弱で心もとない「つながり」の崩壊というか立ち消えと、コミュニティ(集合体)への併合だとぼくは思う。

最初、物語りは「つながり」から始まった。
アキちゃんとゆいちゃんによる、個人と個人が知り合うという行為から始まったのだ。
しかし、ある時から個人と個人の、アキちゃんとゆいちゃんの「つながり」はあっさりと分断され、東京の「GMT」メンバーや寿司屋を含めた東京という地における(ごく限られた)コミュニティーや、北三陸駅の「ありす」という場に代表される集合体に飲み込まれた。

ゆいちゃんは個々人を代表する「つながり」のシンボルとしてかなりの間不遇を囲うこととなり、その上、最後は「ありす」というコミュニティに受け入れられ飲み込んでもらって自分を取り戻す。

茜ちゃんは、坂間家と坂間酒造にはいるとともに、世代的には最初から入っているとはいえ、いよいよ本腰入れてゆとりコミュニティに入った。みんな入っていく。

みんな、「つながり」では足らない。たぶんそういうことだ。「帰属」したい。
点と点でつながりたいんじゃない、袋に入りたい。(永田紅と河野裕子に捧ぐ)

そして誰もいなくなる(点としては)。
みんな袋に入ってる。

最終回を前にして、今夜、はやちゃんにメールした。
柳小飲み会またしようって。

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# by fdvegi | 2016-06-19 00:30 | 京都在住

振り出しに戻ってばかりもいられない

iPhoneを5からSEに買い替えた。
長い間世話になったAUを離れ、電話番号はそのまま格安SIMへ。
新しい生活を始めるという、意識されない意思だったんだろうか。

新しいことがうれしくて、iTunesで音楽も買ってみた。
そもそもは森山直太朗の「生きる(って言い切る)」の入ったアルバムが欲しくて音楽熱がじわじわと湧いていたのだけど、iTunesは開くたびに久しぶりでよくわからないし、ちょうど電話も変わるしでタイミングを失っているうちに、気がつくと Cubetone というバンド2枚と Goma&jungle rhythm section の「Afro Sand」に変わっていた。
どちらも非常にいい。ウーファーが欲しくなる。

結局、新しい電話には、野狐禅といいMokaveといい今回の2組といい、もう存在しない名義の音楽ばかりが入っている。(Gomaさんはまだやってはいるのかな。)
いなくなっても残るのは偉大だと思う。そういう仕事。

電話が変わっても生活は変わらない。
仕事の仕方も迷い方も失敗の仕方も、わからない人の言っていることのわからなさも
上司の言っていることの意味不明さも、おそらくこの先ずっと変わらないんだろう。

6月12日は、昨年、藤井さんといづぼんで飲んだ後、はじめて日記を書いた日だ。
3年分が一冊になっている日記帳なので、一周回って今夜やってきた。
振り出しに戻ったのでなければいいけれど。
なんかちょっと不安になる、雨の夜は。
背中が痛い。

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# by fdvegi | 2016-06-13 00:30 | 京都在住

うらみつらみはこれで最後に

ついこないだの話。
500ml入りの日本酒を半分くらい飲んだところで寝落ちしていしまった。
娘がまだぐずぐず言ってる布団にもぐりこみ、娘より先に眠っていた(らしい)。

もともと強いとは思ってなかったが、こんなにも弱かったかと、さすがに驚きを隠せない。
と同時に、その弱さを覆いかくしてあまりあった何か、よく言えば気の張り、の恐ろしさ。

だって、週7日のうち少なくとも1回は750mlくらい日本酒を飲んで、4-5回は360ml(180ml×2)飲んでいた。
それを少なくとも1年は続けたのだ。
帰路、近くのファミマでワンカップを買って自転車をこぎながら飲み、生鮮館が閉まっていれば元田中のフレスコでワンカップとビールと2割引きの刺身を買って、今度はビールを飲みながら帰る。
だいたいそういう日々。
翌朝は7時に起きて8時に出勤した。もうあんまり思い出せないけど。
自転車置き場に自転車を停める瞬間、壁に前輪をぶつけてサドルからおりる感覚だけが、なぜか鮮明によみがえる。なんでだろ。

さらに、下手をすると夜中の4時や5時に「バチン!」と聞こえて目が覚める。
耳元でするのか体の奥で鳴っているのかわからないで、とにかく飛び起きる。いや、跳ね起きる。そういう感じ。
大急ぎで部屋を出て、別の部屋で電気をつける。部屋を明るくすると少し落ち着いた。
で、まんじりともせぬまま8時を迎える。

ふーーーー。
いやだいやだ。

あの間、肝臓や膵臓やその他もろもろの臓器に一体どれだけの負担をかけただろう。
本来、日本酒250mlで陥落するところ、その倍くらいの負担を毎日休みなく1年間かけ続けたのだから、人道にもとる罪深さと言わざるを得ない。
タイの仏教なんかが(過去に)厳しく戒律を守っていたのは、やっぱりこういう人道への違背を戒める目的だったのだろうか。
それは自身の健康や長寿とか家族への責任とかとは次元を異にする、人道という言い方はたぶんおかしくて、神とか仏とか、生かしてくれる大いなるものへの畏敬なのかもしれない。
生かしてくれるものに敬意を払うという一周回った自愛。
原因と結果に直接的でつまり効率的な関係を求めない余裕、あるいは保険的な装置。
そういうの、いいと思う。とてもローカルな思考かもしれないけど。

あがめて、おがむ。もうオガムオガム。
ミャンマーの寺に行きたいな。一日ぼんやり。
ひょっとしてヤンゴン人たちももうそんなのんきな過ごし方はしなくなってたりしてね。

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# by fdvegi | 2016-06-04 00:30 | 京都在住

空は青いです

もともと特に目的があって何か書いていたわけではないのだけど、かれこれ3年くらい何もせずいて、しかも直近1年は半分病気みたいな状態でいたこともあって、久しぶりにここへやってきてももはや何を始め直せばいいかわからないような、呆然とした気持ちになってしまう。
だから日々記憶に残っていて、爪に残った皮膚片みたいに気持ちにひっかかっていることをなんとなく列記していくことで、さて、自分をもう一度見つめ直して、自分の現在地点みたいなものを考え直すことをしてみたい。

あー。
思い直せばそれこそがこうしてここに何かを書いてた理由だったと思う。始まるところも出てくるところも、まぁそう変わるわけないのかな。成長がないというか。

とにかくもう空は明るくて青い。
4月の冒頭、ちょうど異動したての頃にやたらと天気の良い日が続き、新しい職場がたんぼや馬場に囲まれ、退勤時間が早くてまだ明るくて、それで、空はたいてい青いことを知り直した。
そうなっていよいよ3月までの日々が夜から夜への繰り返しに思えてくる。
暗い鞠小路、生鮮館、ワンカップ、食傷気味のお刺身、ろくでもない惣菜。
そんなことしか思い出せない。
御蔭神社で手を合わせ、さい銭箱の前で顔をあげると、社殿と木々に区切られた小さな空を望むことができる。
あぁ、気持ちが晴れるのはこの空を見上げる時だけだ。いつも本当にそう思っていた。

今や空は青。もう全部青。
柳谷観音の鯉のぼりは勇壮に泳ぎ、和邇公園は行くたびにまぶしく水と木陰が愛しい。

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# by fdvegi | 2016-05-30 00:30 | 京都在住

巡礼の旅

5月31日の日曜日、娘と一緒に御蔭神社へ行った。

週末のランニングができなくなって久しい。
去年の9月には行けなくなって、あとは長岡でスポット的に走っていた。
京都で最後に走ったのは10月の終わり、御蔭神社を通って八瀬神社に行ったコースだった。
正月休み以降は長岡へ出向く機会も減って、ほとんど休止している。

先日、同僚のお父さんと酔っ払いながら話しをした。
自然と、同じ上司を持ってしまった者どうしの話になって、一つ笑ってしまったことがある。
図らずも二人して、まさるさんの墓参りで同じようなことを語りかけていた。
やれるだけやるとか、頑張るとか、そういうことを、精一杯自分を整理して、出征前に手紙を書くように。
それで何とか自分を立て直した、と。

お父さんはすぐれて俗物的で物質的な男なだけに、その彼までそんなことしていたのかと思うと、当時の彼の追い詰められようが察せられた。
それと同時に、よくわからないけれど、死者と向き合うことの機能を思った。

そんなことがあったものだから、日曜日は月曜日を前にして御蔭神社に行きたくてどうしようもなかった。
何とかして荒魂さまのもとまで行って、何とかしてほしいと頼みたかった。
走っていくのは時間的にも体力的にももう無理だ。
だから一人、自転車で行こうと画策した。
けれど、娘が昼寝をしないのでだめだった。
それならばと娘を連れて自転車で行こうと思ったけれど、せっかく自転車があるのにヘルメット買うことすらできない。
結局、車で行った。

車で行けるところまで辿り着いた時には娘はすでに眠っていた。
申し訳ないけど起きてもらって神社まで一緒に行った。
木々に囲まれた未舗装の細道はいつもの通り薄暗くて虫も多い。
娘はそれでも特に怖がる風でもなく、抱っこされていてくれた。
神社では、お行儀よく手を合わせてナムナムとしてくれた。
やたらと長く手を合わせている父にちょっぴり戸惑いつつも、こちらの様子を伺いながら父が手を合わせている間は辛抱強く同じ場所に立って、ナムナムらしいことをしてくれていた。
だから、父は思いがけず気が済むまで手を合わせていることができた。
荒魂さまと向き合うというより、ただすがっていた。

なんだか、毎日、三輪神社に参っていた中学生の頃を思い出した。
その前の日に、父と母を訪ねて芥川町に行き古い町並みを歩いたからかもしれない。
酒蔵町だったという富田の町並みをすこし思い出したせいかもしれない。

神社から車までの帰り道は、娘は自分で歩いてくれた。
時々抱っこを求め、不意に降りたがり、何メートルか小走りで戻ってそこから再び歩き始めるという見たことのない動きをしたり、林道から杉林の中へ入って行きたがったりした。
大半は車で来てしまったけれど、それでも歩いて辿り着く時間を持てたことが改めてうれしかった。

何かを先延ばしにしているだけなのかもしれないけれど、月曜日からは調子がいい。
うそみたいに気分の霧がない。
これが俗にいうパワースポットというものなのかもしれない。
けれど「パワースポット」という点・場所にはあまり意味がないように思う。
もちろん御蔭神社という場所は大切だけど、その大切な場所へ何とか自力で訪れるという行為が大切なんだと思う。
そういう意味で、場所を示す「パワースポット」という言葉は事実を見誤らせる。
「神頼み」という行為を示す言葉が必要だと思う。

走ることを巡礼することと勘違いするのはおかしいかもしれない。
だけどおかしくないケースや、おかしくない人がいても、それはそれでおかしくない。
間違いなくぼくはそのケが強い。
何とかしてランニングを復活させよう。
せめて娘との自転車を始めたい。
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# by fdvegi | 2015-06-02 00:30 | 京都在住

雨がだめにする

11月に入って以来ひどく調子が悪い。
娘は1日(土)に車内で吐いた。
それまでも夜の眠りの悪さはあったけど、連休中は結局ほとんど眠らなかった。
食欲もなく納豆ばかり食べる。

3日(祝)の晩になって体中に薄く湿疹が出ていることが判明。
なるほど水疱瘡の初期症状だったか、と夜間の第二日赤病院へ行ったところ、水疱瘡ではなくウイルス性の発疹だと言われて抗生物質をもらって帰った。
翌日、東道医院へ行って溶連菌ということが判明。
納豆ばかり食べていたのは喉ごしのよさのせいだった。
オレンジ色のやたら甘ったるい抗生物質をもらって保育園はお休み。けれど翌日からの登園は許可。

服薬しているうちに徐々にではあるけど明らかに調子は良くなっていき、どういうわけか鼻水が止まって夜も眠るように。
妻は久々にまともに眠ることができた。
溶連菌判明の以前から娘は(たぶん)鼻水のせいでずーっとろくに眠らずにいて、その分、妻の睡眠不足は劇的に積み重なっていた。
ついにパニック発作を発しはじめ、4日(火)に上野診療所で漢方薬をもらっていた。
癇の虫にも効くというその漢方薬が効きはじめたか、なんて楽観。

ところが、7日(金)くらいからまた鼻水が出始め、8日(土)の朝には柴田クリニックへいつもの鼻吸いに。
この夜はまた眠らなくなってしまい、9日(日)は朝から妻にばかりすがりつく。
とりあえず二人に睡眠時間を作らなくてはいけないので滋賀まで運転。
坂本の食堂でお昼ご飯を食べながら吐いた。
大急ぎで家に帰り、夕食はろくに食べなかったのだけど、これも吐いた。
そして夜中、乳を吐いた。

これも溶連菌なのか、いや耳鼻科あたりで胃腸炎でももらってしまったか、何なんだ。
保育園には行けるのか、と思って東道医院へ行ったら、ノロの疑いを指摘される。
まだ反応は出ないという理由で検査はされず、とにかく休園。
そういえばお茶ではなくお湯で解きさえすれば、甘ったるい抗生物質もするする飲んでくれていたのが、ここ2日ほどはまったく見向きもしてくれなくなっていた。
胃腸がおかしかったせいなのか。
薬ばっかり増えていく。
まだまだ小さい体の小さい胃袋に、いったいどれだけ薬をしみこませるのか。かわいそうに。

この間、10月の終りから延々と右足の甲が痛んでいる。
昨年、比叡山でやった左足のねん挫と全く同じ症状なので、たぶん同じことだと思う。
ただし今回は比叡山なんて行っておらず、久々の散髪の帰りに革靴で小走りしたときにクッと痛んだだけ。
それなのに無茶くちゃ痛い。11月はまったく走れていない。
毎日毎日シップを貼って足を引きずって過ごし、ようやく週末頃に痛みが引いてきたと思ったら、今日になってまたひどく痛む。

全部雨の日だ。
11月1-3日の連休も、この週末9日も、雨だった。
雨が全部だめにする。
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# by fdvegi | 2014-11-10 00:30 | 京都在住